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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第六章 うんめい その2
198/269

198.うそと愛の狭間で その1

柊視点になります。

 誰かが玄関のドアをノックしている。

 そう、これは聞き覚えのあるノックだ。


 わたしは急いで玄関に駆け寄り、ドアを開けた。

 そこにはいつもどおりの大河内が、昨日やって来た時と同じ笑顔を浮かべてそこに立っていた。

 彼は確か、夜にもう一度来ると言っていたはずなのだけど。

 まだ昼を過ぎたばかりなのに、どうしたのだろう。


「い、いらっしゃい……。あの、今朝は送っていけなくて、ごめんなさい」


 やっとの思いでそう言って、大河内を出迎える。

 やっぱり気まずさは消せない。


「そんなこと、気にするなよ。僕の方こそ、君の気持ちを考えずに悪かったと思ってる。はい、これ……」


 大河内がわたしの前に差し出したのは、目を疑うほど大きな花束だった。

 わたしはため息と共にそれを受け取り、両腕にかかるずっしりとした重みに思わず酔いしれる。

 ピンクの薔薇とカスミソウの花束だ。

 昔、ピアノの発表会で演奏した時、無理やり会場に連れてこられて、ふてくされている遥から花束をもらったことを思い出した。

 それは小さなミニブーケだった。

 綾子おばさんの手作りで、ピンクの薔薇がかわいく配置された、心のこもったブーケだった。


 今わたしが抱きかかえているこの花束が、大河内のわたしへの想いをそのまま表しているのだとすれば、少し重すぎやしないだろうか。

 昨夜の不甲斐ないわたしの態度を思えば、嬉しいはずの花束も、切ないほど虚しく感じるだけだ。


 大き目の白い花瓶を玄関脇のクローゼットの奥から探し出し、リボンをほどいて生けてみた。

 生け花もアレンジメントも習ったことがないわたしには結構難しい。

 ああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返した挙句、自己流の限界を感じ、途中であきらめてしまった。


 綾子おばさんがフラワーアレンジメントをする時の過程を必死で思い出してみたけれど、見るのとするのは大違いということに改めて気付くばかりで、花を前におろおろしてしまう。

 こんなことなら、綾子おばさんに習っておけばよかったと後悔する。

 それにしても、いったい何本あるのだろう。

 五十本くらいだろうか、いや、もっとあるかもしれない。


「ははは……。大変そうだね。ちょっと貸してごらん」


 花バサミを手にした大河内が、バケツの中でどんどん枝を切りそろえ、花瓶に生けていく。

 あっという間にかたち良く生けられ、花姿も申し分なく仕上がった。


「すごい……。大河内君ったら、何でもできるんだね」

「たまたまさ。母が華道家元で長年稽古をやってるから、見よう見まねで生けてみただけ。この花器には、少し枝が長すぎたみたいだね。これくらいまで短くすると、ちょうどバランスがいいと思うんだけど」

「ホントだね。いい感じ。大河内君がいてくれて、よかった」

「君に喜んでもらえて、嬉しいよ」

「大河内君、ありがと。でも、見よう見まねで出来るって、やっぱすごいよ。わたしなんて、子どもの頃からずっと見てたけど、出来ないし……」

「おいおい、そんなに落ち込まなくても。大丈夫。慣れれば柊だって出来るから。そうか、柊のお母さんも、生け花をやるんだね」

「お母さん? いや、それは……」


 遥の母親である綾子おばさん……なのだけど。なぜか言い出せなかった。

 彼を前にして、遥を思い起こさせる話はどうしても避けたかった。


「ええ? 違うの? 」


 大河内が不思議そうに訊く。


「あ、いや、その、親戚のおばさんが……」

「なんだ、そうだったんだ。柊には、いっぱい親戚がいるみたいだからね。ここの真木部長もそうだし」

「う、うん。……あのう、大河内君」

「なんだい? 」


 変に思われなかっただろうか。彼はさっきと変わらず、笑顔のままだ。

 ここは早く話題を変える方がいい。


「わたしね、こんなに大きな花束もらったの、生まれて初めてなの。わたしにはもったいないくらいで……」


 素直に感謝の気持ちを伝える。


「そんなことないよ。僕の思う柊のイメージは、ピンクの薔薇なんだ。中学の時から、ずっとそう思ってきた。ここは日本と違って花も豊富だし、お手ごろ価格だからね。ははは……心配いらないよ。柊が心を開いてくれるためなら、何だってするよ」


 すると突然、彼はわたしを抱きしめて、頬に口づけた。

 そんな風に優しくされると、昨夜とは打って変わって、徐々に心が解きほぐれていくのがわかる。


 今朝、大河内が帰った後、数時間ほど眠った。

 そのせいかすっかり元気を取り戻し、遅めの朝食もとることができた。

 掃除にまでは手が回らなかったので、彼の予想外に早い訪問に焦りはしたけど、変わりない笑顔に再び会えてホッとする自分がいたのも事実だ。


 花瓶をテレビの横にある台の上に置き、それが一番よく見える位置にあるソファに彼と横に並んで座った。

 すると彼がわたしの手を取り、ゆっくりと話し始めた。


「柊……。実は夕べあのまま、無理やりにでも君を抱いてしまおうと、何度も思ったんだ」

「大河内君……」


 話を聞いたとたん、夕べの彼の粗い息遣いがよみがえり、緊張が走った。


「でも、出来なかった……。柊の涙のせいかとも思ったけど、ふふふ……。それだけじゃなかったんだ。このままじゃ、フェアとは言えないからね。君に言っておかなければならないことがあるんだ……」


 真剣なまなざしでわたしを見つめながら、大河内が何かを告げようとしている。

 いったい、何があるというのだろうか。

 わたしが泣いたこと以外に、夕べの行動を思いとどまらせるほどのことって、いったい……。


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