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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第六章 うんめい その2
195/269

195.一条の光 その2

「俺に何か? 」

「あの……。お客さんだって。一階ロビーの受付に、お見えになってるそうよ。堂野さんっておっしゃる女性ですって。ご親戚の方じゃないかな? 」

「親戚? 誰だ。じいさんか? 」

「いや、だから、女性だってば。私は伝言を受けただけだから、詳しくはわからないけど。もし忙しいのなら、もう少し待つように言ってくるけど……」

「いや、大丈夫だ。じゃあちょっと行ってくるよ。悪いけど、飯田さんが戻ってきたら、ロビーに来客があって席はずしてるって言っといてくれる? 」

「うん、わかった。……堂野さんも、あまり無理しないでね。心配だわ」


 遥は、この同期の女性が自分を気にかけてくれているのを知っていたが、仕事以外の場で距離を縮めるつもりはなかった。

 彼女もそれをわかっていて、それでもこうやってさりげなく遥をフォローしてくれるのだ。

 同期の心遣いに感謝しながら、大急ぎで部屋から出て行く。


 自分に会いたいというのはいったいどこの誰なのか。

 東京近郊に住む堂野姓の親戚を片っ端から思い浮かべながら、階段を駆け下りた。



「遥! 」

「はる君! 」


 遥の予想を大幅に覆す結果がそこに待っていた。

 母親の綾子と柊の後見人になっている真木規子が視界に飛び込む。

 まるでテレビ局見学ツアーの客のように瞳を輝かせながら、にこやかに手を振る二人がこっちこっちと遥を呼ぶ。

 遥はそんな人騒がせな二人を、有無を言わせず、ロビー横のカフェテリアに引きずり込むようにして連れ込んだ。


「いったい、何だよ! ったく、突然来られると、こっちは迷惑なんだよ! ……あっ、規子姉さん、お久しぶりです。すみません、いきなりこんな恥ずかしいところをお見せして。母はこうやって、いつも急に俺のテリトリーに乗り込んでくるんです。昔から、母の突撃訪問にやられっぱなしで……」


 本当に困ったという表情で規子に説明する遥が面白かったのだろうか。

 規子は顔をくしゃっとして、ふふふと小さく笑った。


「もう、はる君ったら。子どもの頃と同じ顔して、一生懸命話してくれるんだもの。なんだかなつかしくて。それより何より、突然来ちゃって、本当にごめんなさいね」


 規子が申し訳なさそうに謝り、肩をすくめた。


「遥。仕事中に押しかけて、悪かったわ。でも、どうしても規子さんがあなたに会いたいって言うから……。マンションに電話しても出ないし、携帯は無視だし。こうするしかないでしょ? 」


 遥は私用の携帯を家に置きっぱなしにしたままだったことを思い出す。

 職場では仕事用に貸与されているものがあるので、それで事足りるのだ。

 その携帯の番号はまだ親には知らせてなかったので、綾子の言うことにも一理ある。


「はる君、実はね、昨日夫の仕事の関係で、日本に帰ってきたのよ。夫は今日は朝日万葉堂のおじさまのところに挨拶に行ってるわ。明日は仕事で、大阪よ」


 規子の夫である裕太は、遥の祖父の兄弟の息子の嫁の弟になる。

 つまり綾子のいとこの親戚ということだ。

 規子は柊の母親のいとこになるので、堂野家、蔵城家共に親戚関係にあって、これまた複雑に入り組んだ家系図を理解するのに、遥もかなりの月日が必要だったわけなのだが……。


「いや、その……。規子姉さんには、一度きちんと挨拶に伺おうと思っていたのですが。柊がずっと世話になって、本当に申し訳ありません。俺がふがいないばかりに……」

「あら、何もはる君が謝らなくてもいいのよ。そうじゃなくて、昨日綾子姉さんからとんでもないことを聞かされて、あたし、居ても立ってもいられなくなってね。あなた、あの女優さんと、婚約解消したって言うじゃない! 」


 声が大きい。

 いくら人が少ない店内であっても、従業員の耳が反応してしまう。


「姉さん、少し声のトーンを下げてもらってもいいですか? 」

「あ、ごめんなさい。そうよね、うっかりしていたわ」

「で、婚約のことですが。なんで知ってるんですか? お袋がしゃべったのか? 」


 遥は、規子に声を落とすように言っておきながら、自分の声がカフェテリア内に響き渡ってしまったことに気付きあわてる。

 急遽声をひそめ、怒りの矛先を母親に向けた。


「ち、ちがうわ。遥、誤解よ。私は誰にも言ってない。柊ちゃんが……。あの子が自分で知ったみたいよ。先月帰国した時、お兄さん達から聞いたんじゃないかしら。柊ちゃんは遥のことを全部知る権利があると思うの。違うかしら? 蔵城のお兄さんもお姉さんもきっとそう判断したのよ」


 遥は憮然とした面持ちで、母親の言い訳を聞いていた。


「で、はる君。あなたが今、柊のことをどう思ってるかは、あたしにはわからないけど。これだけは言えるの。柊は、はる君のこと忘れてないわ。いや、今でもずっとはる君を待ってるのよ。……でも」


 規子は言葉に詰まったように、突然黙り込んでしまった。


「でも? 何です。何があったんですか? もしかして、大河内ですか? 」

「ええ、まあ、そう言うことだけど……」

「それなら知ってますよ。あいつと付き合ってるんでしょ? 結婚も視野に入れて……。今年の正月、大河内本人から聞きましたから」


 今更、規子はいったい何を言いたいんだと、疑いの眼差しで遥は言った。


「結婚? ちょっと待って。変ねえ……。確かに大河内君と付き合い始めたみたいだけど。でも大河内君と正式に付き合いだしたのは、つい最近よ。先月、はる君が婚約したっていうのを聞いてから、彼女の心持ちが少しずつ変化し始めて。大河内君と仲良くすることで、はる君を必死で忘れようとしている姿が、いじらしくて……」


 ハンカチを片手に、規子が鼻をすすり始めた。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 規子姉さん、今なんて言いましたか? つい最近、柊が大河内と付き合い始めたって、それ、本当なんですか? 」


 遥はテーブルに身を乗り出して、規子に詰め寄った。

  

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