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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第五章 しれん
188/269

188.哀しみとの決別 その2

「大河内は……。生徒はもちろん、教師からも信頼されてて、二期続けて生徒会長も務め上げた。中二の頃から俺は、目標を大河内一人に定めて、部活も勉強も、絶対あいつを打ち負かしてやるって息巻いていた。けど、容姿だけはどうしようもなかった……」

「ふふふ。見かけによらず、堂野君って負けず嫌いなのね。もっと穏やかな人かなって思ってた。でもね、あたしもかなり、負けず嫌いな性格なの。あたしたちって、案外似たもの同士なのかもしれないわね」


 妖艶(ようえん)とでも言うのだろうか。

 まさしくその表現がしっくりくる艶のある笑みを浮かべたしぐれが、遥の指に口びるを寄せ、ひとつひとつ、ついばむように口づけた。

 遥ははっとしてその手を引く。

 指先には、まだ彼女のしっとりとした吐息の感覚が鮮やかに残っていた。


「どうして? 」


 しぐれが哀しそうな目をして遥に訊いた。


「あ、いや。……ごめん」


 遥はしぐれの思いを踏みにじってしまったことを詫びる。

 けれど、その先に進む覚悟が自分にはまだ備わっていないことがわかっているだけに、彼女の誘惑ともとれるモーションに乗ることはできなかった。

 その場の雰囲気に流されて関係を持つようなことだけは絶対に避けたかった。


「あたしのこと、嫌い? 」


 しぐれが声を震わせて訊ねる。

 遥は彼女をじっと見た。その目を。その口元を。

 決して彼女が嫌いなわけではなかった。


「いや、そんなことは……」


 彼女を愛している? いや、それも違う。

 でも、しぐれを愛することができれば、何かが変わるのかもしれない。


「じゃあ、逃げないで。あたし、あなたが……」


 遥はその先の言葉を待たずに、しぐれを抱き寄せていた。

 そして見つめ合うや否や、今度はしぐれが拒絶するように遥を手で押しのけるのだ。


「しぐれさん? 」


 しぐれのあまりの変わり身の早さに、いったい何が起こったのか、理解に苦しむ。


「堂野君、ご、ごめんなさい。あたし、どうしたんだろ……」


 しぐれは自分自身の両腕を抱え、不安そうに視線を彷徨わせる。


「しぐれさん……」 

「堂野君。あたし、なんであなたを、突き放しちゃったんだろ……。今夜は、あなたに抱かれてもいいって、そう思っていたわ。あなたに、そうして欲しかった。なのに、どうして? なんでこんな風になってしまうの? 」


 しぐれが遥に詰め寄る。


「俺にはわかりません。でもそれが、しぐれさんの本当の気持ちなんじゃ……」

「そんなことない。こんなに優しくしてもらってるのに、なんで、素直に飛び込んでいけないんだろ。あなたがいなくなるなんて、もう考えられないの。そばにいて欲しいって、心からそう思っているのに。本当にごめんなさい。あたしなんか、この世から消えて、いなくなってしまえばいいのにね」


 しぐれの涙が頬に添えられた遥の指先を濡らす。

 遥は彼女の涙をそっとぬぐうと静かにベッドに寝かせた。


「しぐれさん、今夜はもう休みましょう。疲れているんですよ。きっと」

「堂野君……」

「さあ、もう何もしゃべらないで。眠れなくてもいいから、目をつぶって、身体を休ませてください。お願いです。消えていなくなってしまいたいなんて、言わないでください」

「……はるかさん。ありがとう。どこにもいかないでね。ずっと、そばにいて。お願い……」


 ベッドに横たわったしぐれが、遥の手を両手で抱きかかえるようにして、懇願する。


「いますよ。ずっとそばにいるから……」

「ほんと? 本当に、ずっと? 」

「ああ、ずっとです」

「よかった。でも……」

「でも? 」

「あ、ううん、いいの」


 しぐれが枕の上で、首を小さく左右に振った。


「不安なんですか? 俺がどこかに行ってしまいそうで? 」

「ごめんなさい。あなたを信じないわけじゃないけど。でも、あたしの幸せは、いつもあっという間に目の前を通り過ぎてしまうの。気がつけば、もう手の届かないところに行ってしまう。だから……」

「そうだ、しぐれさん。俺たち……結婚しませんか? 」

「結婚? あたしとあなたが? 」

「そうです。そうすれば、哀しい過去とは永遠に決別できる」

「忘れられるの? 嫌なことも、辛いことも、全部? 」

「多分……」

「そうね。ずっと一緒に、いられるのね。そして、幸せになれる。あたしたちが……結婚すれば……」


 しぐれの声がぷつりと途切れる。

 するとしばらくして、規則正しい寝息が聞こえてきた。

 遥がどこにも行かないとわかり、やっと安心して眠ることができたのだろうか。


 彼女の寝顔を見届けた遥は、すでに白み始めている窓の外に目をやり、ため息をひとつつく。

 そして、彼女の部屋から静かに出て行った。


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