18.恋の遍歴 その1
やなっぺの飲みっぷりは豪快だ。
胡坐をかいて、片手を腰にあて、ぐびぐびと喉を鳴らしてそれはそれはおいしそうに缶チューハイを飲む。
もうハタチを過ぎているのに小柄で童顔なやなっぺは、つい数日前に居酒屋で未成年の疑いをかけられ、悔しい思いをしたと言って嘆いていた。
よったんは騒がず焦らず淡々と、いつの間にかやなっぺを上回る勢いで飲んでいる。
アルコールは全くダメなわたしと、美容のためにアルコール断ちをしている沢木さんは、ジュースとミネラルウォーターで仲間に加わる。
宴もたけなわといったところだろうか。
すっかり初対面の二人と打ち解けたわたしは、いつの間にか沢木さんの恋愛談義に聞き入っていた。
彼女は来るもの拒まずのタイプらしく、中一の時に初めて彼氏が出来て以来、先月まで、のべ十八人の男性と付き合った経験があるという。
嘘のような本当の話、みたいだ。
今はフリーなんだけどぉ……とがっかりした声を出し、彼氏募集中であることを何度もアピールしていた。
沢木さん曰く、一ヶ月以上彼氏がいないのは、十二才の時以来初めてのことらしい。
世の中にはすごい人がいるものだと、ある意味尊敬の眼差しで沢木さんを眺める。
「で、ひいらぎちゃんは、堂野君で何人目? 」
かわいらしいえくぼのできる色白の沢木さんをため息混じりに見ていたら、突然そんな質問が降って来た。
つまり、今までに何人の人と付き合ったのかと訊かれているのだろう。
それはもちろん……。
答えるまでもない寂しい回答しか用意できないが、やっぱり言わなければならないのだろうか。
沢木さんの十八分の一。
わたしは目を逸らしながら「……ひとり。遥だけだよ」と力なく言った。
「えええーーーっ! ひ、 ひいらぎちゃん、堂野君としか付き合ったことないのお? うっそー。信じらんない……」
沢木さんの驚きようは尋常じゃなかった。
心の底から驚愕しているのが手に取るようにわかる。
わたしって、そんなに受け入れてもらえないのかな。ちょっとばかりショックだ。
けれどこれが真実なのだから仕方ない。
本当なんだもの。嘘をついても見栄を張ってもしょうがない。
生きた化石とも言われかねない、この身持ちのよさ。
美人でもないし、男性に対して気の利いた言葉ひとつかけることが出来ないわたしの場合、次々と簡単に相手を見つけられる技は残念ながら持ち合わせていなかったってことだ。
どれだけ記憶を辿ってみても、華やかな話といえば、中学の時の大河内くらいしか思い浮かばない。
それだって、告白されたわけじゃない。
そうなるだろうと思われる寸前で、部屋に押し入ってきた遥に阻止され、大河内の本当の気持を聞かないまま今に至るのだ。
高校の時は、同級生と先輩の合計二人に付き合って欲しいと言われた。
遥には悪いと思ったが、初めての出来事にちょっぴり嬉しかったのも事実だ。
ああ、世の中の若者はこうやって青春を謳歌しているのだと、心浮き立つこともあった。
もちろん遥がいるので付き合うことは出来ないと断ったのは当然の結果だが。
ところが……。
あっ、そうなんだ、じゃあいいや、と信じられないくらいあっさりと引き下がった二人。
あの時、彼らが本気だったのかどうかは、今さら確かめようもない。
わたしの青春は、誰が何と言おうと、見事に遥一色なのだ。
大河内は中学の同級生で、超イケメンの人気者だった。
彼とは中二の時に同じクラスになったのを機に、気の合う仲のいい友人として、学校でよく話をした相手だ。
その彼が今、東京に出てきている。
一浪して都内の公立大に入学したのだ。
先日バイトしているバーガーショップに、客として突然わたしの前に姿を現した。
もちろんすぐに彼だとわかり、相変わらずの端正な顔立ちに目の前がチカチカして、視線のやり場に困ったのだけど。
彼もわたしがその店で働いていることは全く知らなかったようで、かなり驚いていた。
バイトが終わった後、待っていてくれた彼と少しだけ話しをして、お互いの近況を伝え合ったあとすぐに別れた……なんてこともあった。
でもなぜか後ろめたくて、遥にはまだそのことは言っていない。
ただ偶然会って、ほんの少し話しただけで、何も悪いことはしていないのだけど。
遥の大河内への確執は相当な物だったので、怖くて言えないというのが本心だったりする。
彼はこの春、わたしの通っている大学も受けたらしいけど、不合格だったので公立大学の教育系の学部に入ったと言っていた。
何でも卒なくこなして、オールマイティーな大河内君が不合格だなんて、全く信じられなかった。
もちろん難関な学部を狙っていたみたいなので、同じ大学と言っても、わたしとは比べようがない。
でも、違う大学で良かったと胸を撫で下ろしているわたしがいる。
だって一緒の大学なんてことになっていたら、当然、遥が黙っていない。
わたしから一時たりとも目を離さなくなりそうだ。
遥にかまってもらえるのは嬉しい反面、とんでもなく窮屈な生活をしいられるところだったのだ。
大河内には悪いけど、彼が不合格でよかったと本当にそう思う。
わたしが遥一人としか付き合ったことがないという情けない話で盛り上がっていると、やなっぺが突然割り込んできて右手を真っ直ぐに挙げ、選手宣誓のような宣言を始めた。
「みなさん! 柊で驚いてはなりませぬ! あたしをお忘れではありませんか? 今まで二十年。彼氏いない歴とも重なる二十年を生きてまいりましたやなっぺであります! 何を隠そう、今まで彼氏なんぞはいたためしがございませんっ! 」
真っ赤な顔をして、熱弁を振るうやなっぺに、うそー! ありえない! と、沢木さんたちが叫ぶ。
やなっぺは男友達が結構多くて、いつも出かける相手は男性なのに、そういえばその人たちの誰が本命か、という話は聞いたことがない。
「あんた、ホンマに誰とも付きおうてへんの? 」
「もちろん! 」
「へえ、知らんかったわ。男友達はたくさんおるみたいやのに、意外やなあ。高校時代とかも誰もおらへんかったんか? 」
よったんはやなっぺの方を向きながらも、視線だけはわたしを捉え、何かを訴えているように見えた。
それは明らかに、高校時代の同級生であるわたしにやなっぺの過去を暴露せよと、無言の圧力をかけている目のようだ。
「こらこら、よったん。柊に聞こうったって、ない袖は振れないからね。高校生の時だって、誰もいないって! ないない! 絶対にいないよ! 」
やなっぺから先制攻撃されたわたしは、口をつぐむしかなかった。