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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第五章 しれん
177/269

177.帰るなんて言わないで その2

「で、今夜はいったいどのようなご用件で……」


 しぐれのペースに巻き込まれないようビジネスライクに接するよう努める。


「堂野君、あのね……。あなたに聞いて欲しいことがあって」

「ヤツのこと? 」


 遥は大きくため息をつくと、さも面倒臭そうにそう言った。

 たとえ大河内大輔が、目の前の女優の彼氏であるとしても、容赦はしない。

 しぐれには申し訳ないと思いながらも、いまだに大河内には素直に向き合えないのだ。


「相変わらずね、堂野君。でもまあ、あなたの考えてる通りかも。そうよ、大輔のことよ」


 首をすくめておどけているフリをしていても、寂しそうな目だけはごまかせない。


「それで? 」


 遥は腕を組みなおしてしぐれに訊ねる。


「彼のことを相談できるのは、あなたしかいないの」

「そんなこと言われても。俺、あいつの事は、何も知りませんよ」

「それでもいいの。あのね、あなたとあたしの関係は、幸い、自然消滅ってことになってるけど、だからと言って今すぐ大輔とのことを公にする気はないし。もしそうなったら、またあなたに迷惑かけちゃいそうだしね」


 遥はなんで迷惑なのかと不思議そうにしぐれを伺い見た。


「ふふ……。そんな顔しないでよ。だって、あなたと大輔は同級生でしょ? 旧知の二人が彼女を……つまり、あたしを取り合ったとか、心無い誹謗中傷が巻き起こらないとも限らないわ」


 もうモデルの仕事も引退しているのだ。

 自分のことなど今更話題になるわけがないと高をくくっていた遥だったが、しぐれの言うことにも一理あると、ふと柊の顔を思い浮かべながら考えを巡らす。

 もし大河内としぐれの関係が表面化することがあれば、遥と大河内を底辺とする三角形の頂点にはしぐれだけでなく、柊も同じように存在するということにマスコミが気付くのではないかと懸念したのだ。

 すでに身を引いている柊までもが中傷の対象になり得るのかと思うと、やはり心穏やかではいられない。

 ここは秘密裏に、大河内と付き合いを続けているしぐれの力にならざるを得ないと判断した遥は、長居をするつもりはなかったのだが、しぶしぶ勧められたソファに腰を下ろした。


「で、なんの相談でしょうか? 言っときますけど、俺、恋愛経験なんて全くと言っていいほど何もありませんから、役に立ちませんよ……」


 遥はイタリア製のたっぷりしたソファに身を沈めながら顎に手を掛け、しぐれに前もって予防線を張った。

 彼女の話を聞くことはできても、恋愛指南は自分には無理だと。


「堂野君ったら、よく言うわ。かつては、彼女と同棲までしてた人が言う台詞とは、とても思えないわね」

「しぐれさん……。それっていつの話ですか? 俺のことはどうでもいいですから、早く本題に入ってくださいよ」


 柊のことは、別れてから一年くらいたった頃に本田を通してしぐれにそれとなく伝えられていた。

 そして、遥がまだ柊を思っていることにも、しぐれは気付いているようだ。


「雄太郎が責任感じるって言ってたわよ、あなたと柊さんのこと……。まさかここまで根が深いとは思って無かったって。すぐに元の鞘に収まるって信じてたみたい」

「いい加減にしてくださいよ。そんな話するなら、俺、もう帰りますよ」


 そう言って、腰を上げかけた遥の肩を押さえつけるようにして、しぐれが引き止める。


「ご、ごめんなさい。あたしったら、調子に乗りすぎちゃったわね。お願いだから帰るなんて言わないで……」


 なかなか本心を語ろうとしないしぐれに、遥は何か危うい空気を感じ取っていた。


 信じたくはないが、大河内としぐれが別れるとでも言うのだろうか。

 一連の流れからみて、そう考えるのが妥当なように思える。

 それは遥にとって、もっとも恐れていることに他ならない。

 大河内は大学を卒業した後、すぐに商社に就職した。

 それもあろうことか、TY商社に勤めているという。

 柊がロサンゼルスで世話になっている真木裕太が在籍する会社だ。


 裕太の妻は柊の母親の従姉妹で、裕太は遥の母親の親戚筋でもある。

 遥にとっても全くの他人の家ではない。


 大河内がすべてを知った上でTY商社に勤めているだろうことは、おおよその見当がつく。

 つまり、なんらかの形で、この先大河内が柊と接点を持つ可能性があるということだ。

 もし、しぐれと大河内がうまくいってないとすれば……。

 大河内が、柊への思いを再燃させることもあり得る。

 あるいは、もうすでに柊と接触しているかもしれないのだ。


 だが、まだしぐれからそうと知らされたわけではない。

 遥は祈るような気持ちでしぐれの次の言葉を待った。



 どれくらい沈黙が続いたのだろう。

 さっきまでの勢いは瞬く間になりを潜め、しぐれは唇をかみ締めて何度も膝の前で組んだ指をもどかしそうに動かしながら、あたりに視線を泳がせていた。

 そしてとうとう意を決したように口を開いた。


「別れようって……。大輔に別れようって言われたの」

「あ……」


 やはり予想通りの結果が待ち受けていた。最悪だ。


「この秋、あたしの仕事が忙しかったのは認める。でも、それはお互い様だったはず。大輔だって、やれ研修だ出張だって、東京にいないことが、多かったんだもの……」

「すれ違い、ですか? 」


 形こそ違うが、自分と柊もそうやって自由に会えないことがそもそもの別れの原因であったと、苦々しく思い起こしていた。


「そうよ。すれ違いもいいところ。あたしが会いたいって思うときには、彼はいないし。彼が連絡をくれた時は、あたしが撮影中でホテルに缶詰。地方のロケ地に今すぐ来てって、無理を言ったこともあった」


 まるで自分たちと一緒じゃないかと、柊との過去がまざまざとよみがえる。


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