173.信じてる その2
「いいえ、戻らないわ。今日を逃すと、次はないのよ。なんとしても決着つけてもらいますから。そして、わだかまりを無くして、仕事に真正面から取り組んでもらいたいの」
いつの間にかビル群は姿を潜め、あたりにはのどかな景色が広がり始める。
幕張を過ぎて尚も東へ、そして徐々に北よりに進路を変えてひたすら東関東自動車道を走っていくのだ。
上空を飛び交う飛行機も何機か視界に入り、成田が近いことを知る。
言い出したら聞かない牧田の性格を熟知している遥は、とにかく今は彼女の思うようにするのが得策とばかりに、むすっとしたまま腕を組み、様子を伺っていた。
「堂野君。柊さん、十一時のシカゴ往きの便だったわね?」
遥がだんまりを決め込んでいるのを知りながらも、牧田が努めて明るく訊ねてくる。
「……はい」
遥は、いつにも増して無愛想に頷いた。
「大丈夫かしら。なんだか雲行きが怪しくなってきたわね。車が詰まってきたし、だんだんスピードが落ちてる。まさか事故じゃないでしょうね」
牧田の声が次第に勢いを失くす。
「このまま渋滞に巻き込まれるなら、もう間に合わない。行っても無駄ですよ」
「何言ってるの? まだ事故と決まったわけじゃないし、電光掲示板にも事故報告は表示されてない。まだ、チャンスはあるわ。このまま行ってしまいましょう。堂野君、免許証持ってる? 用意しててね。あそこ、見送り客にもセキュリティーチェックが厳しいから」
いくら彼女に会いたくないと言ってみたところで、遥の本心は牧田にすべて見抜かれているのだろう。 これ以上何を言っても、牧田の意志を変えるのは無理だと悟った。
そして、遥もついに腹をくくった。
「牧田さん。もし……。もしも俺があいつを見たとたん、急に心変わりして、仕事なんてどうでもよくなって。柊と二人でどこかに消えてしまったら、とか思いませんか? 」
まさか自分がそんなことを口走るなんて思ってもみなかった。
今さら彼女と会っても、何も変らないと言ったばかりのその口で、続いて出た言葉だとは到底思えない。
心のどこかで、まだそう思っている自分がいるのだろうか。
柊とやり直せると?
そんなリスクを負ってまで成田に向かおうとする牧田の行動力にも驚きを隠せない。
「信じてるわ」
「牧田さん……」
牧田の一言に、言葉を失くす。
「堂野君、あなたを信じてる。成田に連れてこようと思ったその時から覚悟は出来てるの。この後に起こること、全てあたしが責任持つつもりよ。堂野君がそうしたいと思うのなら、二人で逃げて。だって、それはあなたがもう限界ってことでしょ? そんな状況のあなたを、仕事に縛り付けておく権利は、あたしにはないから」
牧田はそう言って、少しでも車間が空いた隙間に車をもぐりこませ、車線変更を繰り返す。
幸い事故はなく、落下物が走行の妨げになっていたため渋滞を招いていたようだ。
通常より幾分時間がかかりながらも、空港にたどり着く。
空港入り口の第二ゲートをくぐり、空いている駐車スペースを求めて、二人の乗った車は立体駐車場をぐるぐると駆け上って行った。
「あたしはここで待ってるから。堂野君、ここはいいから、早く行きなさい! 」
空きスペースを見つけて車を停めたとたん、牧田が強い口調で言い放った。
「牧田さん、ありがとうございます。俺、行ってきます。そして、彼女とちゃんと向き合って、今後のことを話してきます」
「健闘を祈っているわ。時間が無いから、早くっ! 」
遥は牧田に頭を下げて、大急ぎで第二ターミナルに向った。
本当に柊はここにいるのだろうか。
時計を見れば、もう搭乗手続きが始まってもおかしくない時刻になっていた。
全速力で走りたいのをなんとか押さえ、行き交う人とぶつからないよう、可能な限りの速さで進んでいく。
ところが、通路の真ん中ではたと立ち止まる。
今更彼女に会ったところで、どうなるというのだろう。
またもやネガティブな感情が次々と押し寄せてきて、悪魔のささやきのごとく、遥を引き止めようとする。
柊が遥の前から姿を消して、すでに二ヶ月も経つのだ。
同じ国内にいながらも、一度も顔を見せなかった彼女が、果たして自分に心を開いてくれるのだろうかと不安になる。
彼女が自ら別れを選んだのだ。
理由がどうであれ、きっぱりと線引きをしたのは柊自身だ。
なのにこんな風に追いかける自分は未練がましいのではないか、などとこの期に及んでまで、遥の奥に潜んでいる意地とプライドが行く手を阻む。
直接声をかける勇気がなければ、遠くから彼女の姿を見るだけでもいい。
彼女の旅立ちを見届けるだけでもいいじゃないか。
そう考えてどうにか気持ちに折り合いをつける。
11月21日から一ヵ月に渡り、連続で更新してまいりましたが
ここまでで、ストックがなくなってしまいました。
今後は毎日の更新はできませんが、書きあがり次第掲載していきますので
時々お立ち寄りいただければと思います。
これまで読んでいただき、ありがとうございました。 2012、12、20