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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第五章 しれん
171/269

171.プライベートタイム その2

 牧田は遥の問いにすぐには答えず、車を発進させた後、ようやくのらりくらりと口を開き始める。


「んん……ちょっとね。まあ、いいじゃない。そうそう、午後のトークショーの台本がそこにあるから見ておいて」

「それは前からわかってます。だからこの早朝に、いったい、何があるんですか? まさか、口に出せないような、とんでもない仕事をしろ、とか言うんじゃないでしょうね? 」


 時折こうやって牧田から不意打ちを食らわされるので、今日もその一環だろうとさして気にもせず、手元の台本をパラパラとめくる。

 まだ新人の遥がメインで会話に加われるはずもなく、時折司会者に振られる話に返事をする程度の内容だ。

 トークショーの構成とプログラムの進行だけを押さえておけば問題はないだろうと思われた。


「堂野君……」


 ミラー越しに後部座席を伺うようにして、牧田が遥の名を呼んだ。


「何ですか? 」

「あなた、また痩せた? 」

「あっ、……ええ。少しね。まあこれくらい、いつものことですから。正月になったら、即戻りますよ」


 遥は牧田の言いたいことが手に取るようにわかるだけに、これ以上は追求されたくなかった。


「えっと……。今日の仕事、幕張ですよね」

「そうよ」

「去年あそこで、演劇サークルの仲間でフリマやって、結構売れましたよ。先輩にビンテージ物のジーンズや新品同様のTシャツをいっぱい持ってる人がいて、それを提供してくれたんです。結局そのあとの打ち上げで、売上金、全部飲み食いに消えちゃって。何のためにフリマやったのか……」

「堂野君、仕事に打ち込むのもいいけど、身体あっての仕事なんだから。無理しないでね。じゃないと、もたないわよ。それにあまり痩せすぎると、服のサイズも変わっちゃうし。スタイリストさんやメーカーさんに迷惑をかけてしまうってことにもなりかねない」


 牧田は遥のサークル話しに相槌を打つこともなく、すぐに話を元にもどした。


「ねえ、どうしてそこまで自分を追い込むの? そうまでしないと、彼女のこと、忘れられない? 」


 遥の眉がぴくっと吊り上った。


「牧田さん……。別に俺、そういうつもりじゃ」

「ない、なんて言わせないわよ。食事も満足にとらないで、お酒ばかり飲んで。この数ヶ月、ほとんど食事らしい食事、してないんじゃない? そのうちメイクでもごまかし切れなくなるわよ。はっきりと言わせてもらうけど、あなたは商品でもあるの。出版社にとってもアパレル業界にとってもね。雑誌も服飾品も、売上が伸びるかどうかは、あなたにかかってるの」

「……はい」


 そんなこと、言われなくてもわかっているよ、と心の中で叫びながらも、言い返せない自分がいた。

 確かに柊を失った悲しみを仕事や酒で紛らわそうとしていたのは事実なのだから。


 九号深川線から湾岸線に入り、より一層車はスピードを増す。

 遥は口をつぐんだまま、膝の上にある台本の表紙をぼんやりと見ていた。


 右前方から差し込む朝日が、ガラス越しにきらりと輝く。

 そのぬくもりだけは、いつもと変らずに遥の腕から胸のあたりを柔らかく覆い、凍りついた車内の空気をゆっくりと融かし始めたように思えた。

 尚も車は東方面へと進んでいき、幕張のパーキングまでやってきた。

 そして高速の降り口であるはずの湾岸千葉のインターもそのまま通り過ぎてしまった。


「牧田さん、行き過ぎましたよ。ここで降りるんじゃ……」

「ええ、そうね」

「ええそうね、じゃなくて。牧田さん、これ以上行ったら、行き過ぎですよ」


 遥は身を乗り出し、あわてて牧田にそう言った。


「そうね、確かに行きすぎかも。ふふふ……」


 牧田の不気味な笑いが、遥をますます混乱させる。

 いったい何が言いたいのか。そして、何をしているのか。


「牧田さん、俺をからかうのもいい加減にしてください。何なんです? 早朝からの電話といい、今の態度といい」

「わかったわ。じゃあ、あたしの言うこと、しっかり聞いてね」

「はい……。聞いてますけど」

「堂野君。今、あたしはまだ家にいることになってるの。だから、これはあなたのプライベートタイム。この車のガソリンは、あたしのカードで満タンにしておいたから、あなたの事務所にもあたしの会社にも一応は迷惑かけてない」


 遥は牧田の耳元で揺れるシルバーのリング型のピアスに気をとられながらも、後部座席からは見えない彼女の口元が、何か含みを持たせて遥をじらしているのが手に取るようにわかった。


「俺のプライベートタイム? 何ですか、それ。牧田さん、もったいぶらないで、早く言ってください」

「ホント、堂野君ってせっかちなんだから」

「いや、だから、幕張を通り過ぎたのはなぜかって、ずっと訊いてるんですけど。それと俺のプライベートと何の関係があるんですか? 」


 遥とは裏腹に、牧田のどこか軽やかな口調に違和感を覚える。

 そして遥は、ついにひとつの答えを導き出した。


「牧田さん。まさかとは思うけど。この車、成田に向ってるんじゃ……。違いますか? 」


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