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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第五章 しれん
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170.プライベートタイム その1

 外はまだ薄暗い。

 遥はベッドの上で大きく伸びをしたあとすぐに起き上がり、邪念を捨てるように(かぶり)を振った。


 夕べあれだけ飲んだのに、頭痛も胸のあたりのムカつきも全く感じない。

 マスターが作ってくれたスペシャルドリンクが効いたのかもしれない。

 牧田の緊急連絡で予定よりも三時間以上も早くたたき起こされた遥は、さすがに睡眠不足は隠せない。

 身体は起きていても、自然と閉じようとする瞼との戦いは続く。

 ペチペチと頬を叩き、暖房の切れたひんやりした室内の空気をおもいっきり肺の奥まで吸い込んだ。


 まずシャワーを浴び、いつものように朝のルーティーンを一つずつこなしていった。

 ところが洗面所の鏡に映る自分の姿に、改めて愕然とするのだ。

 遥自身はあまり自覚していなかったが、以前はその辺の女性よりよほどキメが細かいと賞賛された肌も、今朝は全く色が冴えず、つい先日もメイク中に肌の荒れとくすみを指摘されたばかりだった。


 男性であっても、撮影前はある程度のメイクは必須だ。

 慣れないうちは、異物で覆われるようなベタベタした不快さにかなり嫌悪感を露わにしていた遥だったが、今では自分からドーランの色番を指定することも珍しくない。


 鏡に映し出される目の下のクマもカサカサの唇も、モデルとしては致命傷になりかねないほど進行していた。

 ある意味これは、彼自身が巻き起こした不摂生の賜物であるとも言える。

 自己管理も仕事のうちだと、牧田から日頃口がすっぱくなるほど言われているにもかかわらず、柊との一件以来、乱れきった生活だったことは否めない。

 極度の睡眠不足と偏った食生活の代償は、遥の頬のこけ具合を見れば誰の目にも明らかだった。


 朝一番の牧田の叱咤は、もう避けようが無い。

 今から何をやっても手遅れなのはわかっているが、以前柊に勧められた無香料無着色のリーズナブルな女性用の化粧水を多めに手に取り、顔面に叩きつけてみる。


 どうせ今日も嫌というほど整髪料を付けられるのだ。

 髪は大雑把にドライヤーを当てた後、何も付けずにそのままの状態で放置した。


 髪の色は明るめのレッド系ブラウン。

 この仕事をしていなければカラーリングをしようなどと思いつきもしなかった。

 プライベートではこの髪の色をいまだ受け入れられず、変装とは違った意味でも外出には帽子が手放せない。

 あれは確か、祖母の見舞いのため実家に戻った時だった。

 遥の髪を目の当たりにした柊の父親が、何か汚い物でも見るような苦々しい表情をして、何も言わず目を逸らしたことを思い出す。


 カットは、事務所から紹介してもらったヘアーサロンに、少なくとも月に一度は通っている。

 世間ではカリスマ美容師と称されるヘアスタイリストが、遥の担当として髪を形作ってくれる。

 撮影中にもハサミを入れられることがあるので、何もしなくてもそれなりにスタイリングは保てる。

 けれどその髪型は遥自身も決して納得していたものではなかった。


 大き目のバッグを持ちニット帽をかぶり、玄関ドアの前で立ち止まった。

 昨日の段階では、本日の仕事開始予定時刻までに成田に行くことも可能だった。

 柊のことは忘れようと、あれほど飲んだにもかかわらず、ベッドに入っても彼女のことばかり考えていた。

 彼女に直接会わなくてもいい。

 せめて一目だけでも彼女の姿を見て、きっぱりとけじめをつけようと思っていた。

 こんな早朝から仕事が入ってしまった今となっては、もうそれすらも叶わない。

 遥は喉元に何かが込み上げてくるのを押しとどめ、急ぎ足で家を出た。



 牧田の車はすでにいつもの場所に停車していた。

 まだ詳しく仕事内容は聞いていないのだが、こんな朝早くからいったいどんな仕事が舞い込んできたというのだろう。

 けれど、人通りの多い時間帯を避けるとなれば、どうしても撮影は早朝か深夜になってしまう。

 何も文句も言わず、おとなしく事務所の方針に従う自分自身に、大人になったものだと自負している遥だったが、それ以上に突然の予定の変更にも動じず、きっちりと仕事をこなす牧田は、超人以外の何者でもない。

 小さい子どもを抱えながら、遥以上に仕事の拘束時間が長い牧田に、頭が下がる思いだ。

 彼女に対する尊敬の気持ちが、ますます遥の中で大きくなっていく。


「おはようございます、牧田さん」


 いつもこうやって自分を支えてくれる牧田には、たとえそれが彼女の仕事というあたりまえのことであったとしても感謝せずにはいられない。

 遥は車に乗り込むと、昼であれ夜であれ、おはようございますのあいさつにありがとうの気持ちをこめて、できるだけ自分から声をかけるように心がけているのだが……。


「堂野君、おはよう。夕べはどこか出かけてた? あなたの部屋の固定電話にもかけたんだけど留守だったみたいね」

「ああ、ちょっと……」

「まあ、あなたもいろいろストレスもたまるだろうから、出かけるなとは言わないけど。誰か他の女性と一緒だったとかは、言わないでよ」


 頼むからそれだけはやめて、という牧田の願いが、ダイレクトに遥に伝わってくる。


「それは、ないですから。もうこりごりですよ。誰とも一緒に出かけたりしません。……で、今朝はこんなに早くに、何があるんですか? 」


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