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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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17.怪我の功名 その2

「でもあいつ、そうとう落ち込んでるよ。さっきまで、柊のアパートにいたみたい。ねえ、柊。いい加減、あいつと一緒に住んでもいいんじゃない? そうすればこんな騒動も事前に防げるんだし。雑誌のモデルの仕事とかもやるんでしょ? そしたら、また騒がれて、変な女にストーカーされるかもしれないしさ。そばにいてやりなよ。ね、柊」


 やなっぺの提案に、よったんと沢木さんも、そうだそうだと言わんばかりにわたしに訴えかけるような目を向ける。

 昨日はやなっぺの言うように、これからはずっと彼のそばにいようと決めてマンションに足を踏み入れたのだ。

 遥の潔白が証明された今、もう何も迷うことはない。

 わたしはやなっぺに向かって、そうするよと深く頷いた。


「あいつから離れちゃだめだよ。あんたたちは、高校の時から、二人でひとつなんだからさ」


 二人でひとつだなんて……。

 わたしは親友にそんな風に見られていたのかと思うだけで、顔から火が出そうになるほど恥ずかしい気持になった。


「なあなあ。柊さんとカレシが一緒に住むってことは、同棲するねんなあ? まじめそうな顔して、ごっつい行動派やん。もしかして、二人の付き合いは親も公認なん? 」


 よったんがここぞとばかりに目を輝かせて訊ねる。

 確かに大学内で、あの人同棲してるんだって……などと噂を耳にすれば、へえ、まだ学生なのにすごいなあと単純に驚くだろう。

 ところが、わたしがやろうとしていることは、その人と全く同じことなのだ。

 でも、わたしにとっての同棲は、そんなにたやすいことではない。

 いくら遥が相手であっても、未知の領域はとんでもなく不安で怖い。

 そんなに簡単に実行できるとも思っていない。


 それに、親にだっていつかは知られてしまう。

 とんでもなくぶ厚くて高い壁が、常にわたしたちの前に立ちふさがっているのだ。


「えっと……。まだ親には遥と付き合ってることは言ってないんだ。内緒なの」


 わたしはよったんにそう答えた。

 すると隣でずっと神妙に話を聞いていた沢木さんが突然顔をあげ、驚いた顔をして、パチパチと瞬きを繰り返した。


「内緒? そっか、秘密なんだ。でもさ、それって、なんだかドキドキしちゃうし。許されざる恋ってやつだよね? それで? それでどうするの? 」


 沢木さんったら……。

 許されざる恋とか、そこまで大袈裟なものじゃないんだけど。

 どちらかが結婚しているわけでもないし、別に付き合っている相手がいるわけでもない。


「遥の家族とは親戚同士だし、付き合ってるってこと、なかなか言い出しにくくて。それに、皆も知ってのとおり、彼は朝日万葉堂の跡取り息子だから、ひとりっ子のわたしとの縁談は、あまり喜ばしい話じゃないんだ……」

「なんか難しいこと言ってるうっ。でも要は柊ちゃん、それって玉の輿じゃないのぉ? 朝日万葉堂って、めっちゃ有名だしぃ」


 屈託のない笑顔を振りまきながら沢木さんがそんなことを言っているけれど、朝日万葉堂の彼の祖父母とはずっと親戚づきあいをしてきたわけだから、玉の輿などという実感はまるでない。


「おい、沢木! あんたはほんまに目出度い人間やなぁ。ここは柊さんがひとりっ子ってとこが大いに重要なところなんや」

「へ? なんで? なんであたしがおめでたいのぉ? 」


 沢木さんがよったんに不思議そうなまなざしで詰め寄る。


「それはな。つまり、その一見まじめそうで地味なお嬢さんの柊さんは、実はごっつい資産家の娘さんなんとちがうか? そやから、東京でお菓子売ってる場合やあらへんねん。もしかして、堂野君の方が逆玉ってこともありえるんちゃうかなあ。うちの言うてること、(ちご)てる? 」


 このよったんという人。全く持って油断ならない。

 物事の真髄をきっぱりと言い当てる鋭い感性の持ち主だ。

 追い討ちをかけるようにやなっぺが話を続けた。


「当たりーー。よったんの言うとおり! この子の肩に蔵城家代々のしがらみが全て圧し掛かってるの。何度か家におじゃまさせてもらったけど、家はでかい、庭もでかい。蔵城家の敷地は、五万分の一の地図にしっかり書き込めるくらい広い。昔でいうところの大地主の娘だよ。その広大な敷地を、柊のお父さんと堂野のおばあさんが引き継いで守っているんだよね? 」


 そ、そこまでおっしゃらなくても……。

 でも、そのとおりです。


 ただ資産家といっても、うちの場合、有価証券とか金銀財宝がざくざくあるっていうのとは違って、あるのは全て土地と山ばかり。

 動産ではないので、お金が有り余っている資産家さんとは全くわけが違う。

 その土地を生かし、アパートやマンションを経営して資産運用……なんてものもごく一部のみでほとんどやっていない。

 市から都市計画案を持ち込まれても、父は軽はずみな返事は一切しない。

 市からの度重なる要請で家の南側の土地を売ったのだが、ニュータウンとして開発された後、当初の約束事があまり守られなかったことを根に持っているのだ。

 二度と土地は売らないと言い切った父の決意は、その辺にころがっている岩よりも、ずっと固く重い。


 土地を手放さないとなると、逆に現状を維持するために費用がかさみ、自由になるお金は全くないし、両親もわたしもかなり切り詰めた生活を強いられているのは隠しようのない現実だ。

 おまけに、この土地をすべてわたしが引き継いだ時には、相続税というのを払う必要があるらしい。

 それも莫大な金額になる可能性があるとも言われた。

 その時には、かなりの土地を手放さなくてはならないだろうと、つい最近、父が教えてくれたばかりだ。

 そんなことも知らず、沢木さんが拍手までして喜んでいる。


「すんごーい! そんなに広いんだ。ねえねえ、今度、ひいらぎちゃんの家に遊びに行きたいな。よろしくぅ」

「あ、そ、そうだね。いつでもどうぞ。両親も、遥のおばあちゃんも、きっと喜ぶよ」


 もちろん、社交辞令ではない。

 部屋はいっぱい余っているし、遥のおばあちゃんは、人が訪れてくれるのを誰よりも楽しみにしている。

 来てくれるのは一向にかまわないのだけど、おしゃれな洋風の部屋があるわけでもなく、沢木さんの想像している家とは大きくかけ離れているだろうことは予想できる。


 この人たちと話をしているうちに、すっかり穏やかな心を取り戻したわたしは、もう昨日のことなんて、全て忘れてしまったと思えるほど、気分が軽くなっていた。

 ねえ、遥。どうやら、この騒動がきっかけで、わたしに新しい友達がいっきに二人も増えたみたいだよ。

 これぞまさしく、怪我の功名ってことではないだろうか。 

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