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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第五章 しれん
168/269

168.幻(まぼろし)のマルガリータ その1

 遥は大河内と一緒に本田邸に向かっていた。

 タクシーの後部座席によりによって大河内と並んで座る日が来るなんて、誰が想像しただろう。

 お互いに目を合わせることもないまま、本田邸の大きな門をくぐって玄関前に到着した。


 先日榎木山ホールに出向き、大河内に雪見しぐれが会いたがっていると告げた。

 ところが大河内は遥の言うことを全く信じようとしなかった。

 人気女優が一般人の自分に会いたいなどありえないし、冗談にもほどがあると言って取り合わないのだ。

 それに人の彼女であるしぐれとどうして個人的に会う必要があるのかと、遥に食って掛かった。

 つまり、しぐれには堂野遥という恋人がいるのに自分が会う意味がわからないと言っているのだ。

 蔵城を捨てるようなやつの頼みなど聞くに値しないとも言った。


 大河内は遥としぐれの交際の真相については何も知らないのだ。

 彼の拒絶もある意味当然のことといえるのだが、だからと言っておいそれと引き下がるわけにはいかない。

 遥は部屋に大河内以外の人物がいないのを確認したあと、実はしぐれとは付き合っていないこと、そして、しぐれが好きな人は大河内、おまえなんだとはっきりと告げた。

 遥の嘘偽りのない真剣な眼差しに、大河内も態度を軟化させていく。

 やっぱりそんな裏があったのかと、すぐに報道のからくりに納得した彼は、しぶしぶではあるものの、会うだけならと了承してくれた時、ほっと胸を撫で下ろした。


 大河内がしぐれと心を通わすことができれば、柊のことはあきらめてくれるのではないかと、かすかな希望を抱いていた。

 柊と別れたと言っても、彼女を嫌いになったわけでも将来の約束を反故にしたわけでもない。

 この隙に大河内が彼女にアプローチをかける危険性もはらんでいるだけに、目が離せないのだ。


 一時的にではあるにしろ、遥が柊との別れを決意したことを大河内に悟られる前に、なんとしても別の女性と親密になってもらう必要があったのだ。



 関係者全員の予定を合わせるのが予想外に難しく、その日遥は仕事の合間の数時間を縫って、大河内を本田邸に送り込むことに成功した、というわけだ。

 はじめはぎこちないしぐれと大河内だったが、遥が席を外す頃にはすっかり打ち解けていた。

 持ち前のとびきり上等な笑顔と紳士ぶりを炸裂した大河内に、しぐれがいとも簡単に堕ちていくだろうことは容易く想像できた。

 遥はその日以降、二人に同席することはなく、大河内とも関わることはなかった。

 しぐれからのメールと本田の報告で、それとなく二人の様子を知るという程度で月日が過ぎていった。


 ちょうどしぐれと大河内が会い始めた頃、例の青山での食事の記事が週刊誌を賑わしたが、今回は前と違って周囲の反応が静かだった。

 記事の内容にもさほど誇張があるわけでも無く、一週間も経てばもう誰もその話をしなくなるくらいあっさりしたものだった。

 付き合っているとわかっている人物の話などもう誰も興味を示さないのだろう。

 野菜や果物と一緒で、この世界でも旬が大切ということらしい。


 大学にも必要最低限は出席しながら、遥は着々と仕事をこなしていった。

 自らも納得するまで、何度も撮り直しに応じるのはもちろんのこと、カメラマンやスタイリスト達の現場の話を聞いたり、彼らと深く話し込んだりすることも珍しくなかった。

 とにかく遥の日常はどんなわずかなすき間も仕事と勉強で埋め尽くされていった。

 初めのころは彼が仕事に打ち込む様子を好意的に見守っていた牧田も、あまりにもストイックすぎる姿勢に苦言を呈するようになっていた。

 わずかばかりのプライベートな時間も、講義の遅れを取り戻すために睡眠を削って机に向っていることなど、牧田は持ち前の洞察力で察知していたようだ。


 そして、遥がどうしてそこまで身を粉にしてまで、時という空間を余すことなくすべて埋めていく必要があるのかという理由も知っているだけに、マネージャーとして堂野遥をどのように扱えばいいのか苦慮しているようにも見えた。



 明日はクリスマスイブという十二月二十三日の夜、最近顔を出すことが多くなったカクテルバーで、遥は琥珀色の液体が揺れるグラスを眺めていた。

 ブランデーが香るこのカクテルは、なぜか彼の心により一層寂しさを呼び込むのだ。

 いつもはスタッフのメンバーと一緒に連れ立って来ていたが、今夜は彼一人だ。

 初めは客で埋め尽くされていたカウンターも、日付が変わるころには遥と一組の男女を残すだけとなった。


 ジャズのスタンダードナンバーが店内に静かに響く中、遥は昨夜母親から届いたメールを読み返していた。

 小さな液晶画面には柊という固有名詞が幾度となく顔を出す。

 今まで必死の思いで脳裏からその名を消し去ろうと努力してきたことが、それを見たとたん、一瞬にして無駄になる。

 柊ちゃんが……。柊ちゃんは……。柊ちゃんと……。

 母親のメールは柊のことで埋め尽くされていた。


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