160.友と先輩と その1
藤村が告げた番号は篠川夢美の実家の電話番号だった。
藤村なら彼女の携帯番号を知っているのではないかと、ほんの少し期待していたのだが、やはり彼は知らなかった。
二人は付き合っていたわけではなく、藤村の一方的な片想いだったのだから当然の結果といえば当然なのだが。
携帯越しではあるものの、藤村は遥の尋常でない落胆ぶりを察したのか、いつものテンションはなりを潜め、神妙に遥の話しに聞き入っているようだった。
これまで柊との男女間の悩みを藤村に相談したことはない。今回が初めてだ。
藤村に柊のことを訊かれ、遥がしぶしぶ答える。
そして冷やかされて……というのが今までのスタンスだった。
もちろん、藤村が柊の行き先など知るわけもなく、そうか、困ったな、どうしたんだろうな……の三言が永久にリピートされる。
これ以上藤村と話していても無駄だと悟った遥は、礼を述べて電話を切ろうとした。
すると、すかさず藤村が吠え立てた。
『お、おい! 堂野。ちょっと待った! 』
「なんだ? 」
『おまえ、一番大事な奴のこと、お忘れでは? 』
「えっ? 」
『ほら、やっぱり……。蔵城といえば、あいつだよ。あいつ! 』
自信満々に声を張り上げる藤村に眉をひそめる。
篠川夢美以外にそんな人物がいただろうか。
そして、柳田沙代……以外に?
そこで遥ははっと気付いた。
柳田にはすでに連絡済みであることを藤村にまだ言ってなかったことに。
「ああ……。もしかして、柳田か? 」
『そう。柳田に訊いてみろよ。あいつならきっと知ってる』
「……と、俺も思った。もう訊いたよ。でも……」
『なんだ、訊いたのか。それで? まあ、俺に電話してきたってことは、いい答えは、もらえなかったってことだよな? 』
「そうだ。だめだった。何も知らないと言ってた」
『え──? でもさ、なんであいつが知らないんだよ。そんなはずないだろ? 』
「本当に何も知らないみたいだった。それで柳田が、篠川に聞いてみればと言ってくれたんだ」
『そっか。でも、柳田が何も知らないなんて、不自然だな。あいつら、この前も二人で一緒に長野まで来てくれたし、何だって情報交換してるみたいだったしな。やっぱ、柳田が何か隠してるんじゃ……』
「いや、そんなことは」
『ない、ってか? いやいやいや、実は蔵城のことをかくまってたりして。今ごろ柳田と二人で、どっか旅行にでも行ってるんじゃないのか? じゃあ、俺が柳田に電話してみるよ。そして吐かせる』
「だから、柳田は関係ないって」
『おまえも、そーとー頑固だな。俺が聞きだすから。柳田のことは俺にまかしとけって』
「いや、だから、柳田は」
『蔵城の居所をつかんだらすぐにおまえに連絡するから、心配するな。じゃあ……』
「柳田は明日、日本を発つそうだ」
藤村が電話を切る直前にとっておきの切り札を使った。
『え? 何? 何言ってるんだ? 』
「シカゴに留学するらしい。だから……」
『な、な、なんだって? それ、ホントか? うそだろ。そんなの聞いてねえし。やっべー。堂野わりぃ。また改めて、おまえの話し聞くから。じゃあな……』
留学のことを知らなかった藤村が、いまだかつて無いほどの慌てようで、一方的に電話を切った。
追いかけられている時は逃げようとするのに、いざ逃げられるとその相手の大切さに気付く。
あれほど夢美一筋で柳田には見向きもしなかった藤村が、少しずつベクトルの指す方向を変えつつあるのを、遥はそれとなく察知していたのだ。
もしかしたら柳田にとっては遥のこの一言は余計なことだったのかもしれない。
藤村にはあえて何も知らせず、後で、実は今アメリカにいますなどとまるでドッキリカメラみたいに驚かせようとしていたのかもしれない。
でも藤村の心のありかが今はどこにあるのかを知ってしまった以上、遥にはそれを彼に伝える義務があると思ったのだ。
今現に、最愛の相手に何も知らされず突然自分の前から姿を消した彼女、柊を思えばこそ、遥はより一層柳田のことを藤村に知らせるべきだと確信したのだ。
このあと藤村は、きっとすぐにでも柳田に連絡を取るのだろう。
なんで、シカゴになんか行くんだよ、行かないでくれ! と騒ぎ立てている様子が、もうすでに遥の脳内にはっきりと映し出されていた。
引き続き篠川夢美の実家に電話をかけたが、結局誰も出ることは無かった。
柊の居所はまだわからないままだ。
今すぐにでも実家のある西行きの列車に飛び乗って、柊を追いかけて行きたいのをグッとこらえ、ジーンズのポケットに入れた携帯の受信をしきりに気にしながら大学に向った。




