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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第五章 しれん
159/269

159.消えた光 その2

『もしもし? あら、はる君? はる君でしょ? やだ、私よ、おばちゃんよ。柊じゃなくてごめんなさいね。で、いったいどうしたの? 』


 てっきり彼女自身だと思ったのに違った。

 こんなに声が似てるなんて、今日まで気が付かなかった自分が情けない。

 もしかして、実家にもいないのだろうか。


「あっ……。おばちゃん、おはようございます。あの、柊は? 」

『え? 柊? なんだか知らないけど、大学の仲間と研修旅行に行くって言ってたわよ。昨日突然帰ってきて、夜中に出かけたんだけど。あの子、はる君に言ってなかったの? 』


 遥の読みどおり、柊は昨日のうちに実家にもどっているのだ。

 でも研修旅行のことは初耳だ。


「あ、ああ。聞いてないよ。もし柊の行き先がわかったら、俺の携帯に連絡して」

『わかった。でも変ね。大学に問い合わせれば、行き先がわかるんじゃないの? 』

「そうだけど……」

『何かあったの? そういえば、なんか柊の様子が変だったのよね。顔色も悪くて、言葉数も少なくて。綾子さんたちも来てくれたんだけど、柊は何も言わないのよ。はる君、あなた何か知ってるんじゃ……』

「実は、柊が……」

『何? 柊がどうしたの? 』

「別れるって。俺と別れるって、メールでそう言ってきた。電話しても出てくれない。だからきっと、どこかに身を隠してるんだと思う」

『ど、どういうこと? あなたたち、けんかでもしたの? 』

「ちがう。けんかなんかじゃないんだ。とにかく居場所がわかったら連絡して欲しい」

『わかったわ。このあと、あの子に電話して聞いてみるから』

「おばちゃん、俺たち、いつもゴタゴタしててごめん。柊を傷つけてばかりで……ごめん」

『何言ってるのよ。いつものはる君らしくないじゃない。あの子ならすぐに帰ってくるわ。心配いらないって。じゃあ柊に連絡取れたらはる君に知らせるから。元気出しなさいよ。大丈夫だからね』

「うん、ありがとう……。じゃあ。あっ、おじちゃんにも、よろしく伝えて下さい」

『わかった。何も気にすることないからね。じゃあ、また』


 柊の母親との電話を切った後、続けて牧田にも電話をかけた。


「あっ、もしもし、牧田さんですか? 」

『はい。牧田です。堂野君、どうしたの? 』

「あ、その……。今少し、いいですか? 」

『ゴメン! 今保育園なの。何かな? 今じゃなきゃだめ? 』

「いえ……」

『この後、上の子の小学校のPTAの会合もあるの。悪いけど、そういうことなんで。二時ごろこっちから電話する。──ママ、水筒はー? あっ、これよ……ってちょっと待ってね、ママは今お電話なの』

「…………」

『あら、聞こえちゃった? ほんとにゴメンね。何せ二週間ぶりの休暇だからいろいろ用事もたまっちゃって。もうてんてこ舞いよ。じゃあね、ごめんね』


 遥は一方的に切られた電話の後、携帯をじっと眺めて、ベッドの上にそれをおもいっきり投げつけた。 

 牧田が働きながら三人の子どもを育て、夫の研究まで支えているのはちゃんと理解しているのだ。

 でもいくら頭でわかっていても、今のこの状況を作り出した元凶の鍵を握る彼女に邪険にされたようで、苛立ちと怒りで腹の中が煮えくり返っていた。


 柊はいったいどこに消えてしまったのだろう。

 英会話か翻訳か知らないが、どうしてこのタイミングでそんな話になるのだろう。

 研修旅行のことも全く何も聞かされていなかった。

 昨日の今日で、海外へ行くのはどう考えても無理だろう。

 じゃあどこだ。どこにいる?


 まるで暗闇の中を手探りで歩いていくような言いようの無い不安と恐怖で、身も心も押しつぶされそうになっていた。

 行けども行けども、出口は見つからない。

 また元の場所へ戻ってしまう。

 堂々巡りのまま思考回路が完全に止まったかと思われた時、かすかな光が射すのが見えた。


 柳田沙代。


 高校の同級生で、柊と仲の良かった彼女の存在を思い出したのだ。

 たとえ一緒にいなくても、柳田なら何か知っているに違いない。

 遥は迷うことなく柳田沙代に電話をかけた。


『はーーい。堂野、久しぶりじゃん。ところで何? 』


 いつもの明るい声が遥の耳に届く。

 あまりにも無防備なその声に、不安がよぎった。


「柳田、突然電話して悪い。あの、あれがまた世話になってるんじゃないかと思って……」

『あれ? なんなのよ、あれって! 』

「いや、だからその、うちのが……」

『はあ? 』

「あの、ひいらぎが……」

『柊って……。あんたたちもしかして、またけんか? あんた、また浮気でもしたの? 何やってんのよ! ほんとに、もうっ! 』

「あ、いや、そうじゃなくて。それに俺、浮気なんて、一度もしたことないし……」

『はいはい、わかりました。でもさ、あたしは今、それどころじゃないんだ。……って、ちょっとちょっと! 柊、東京に帰ってきてんの? おばあちゃんの看病で実家にいるんじゃないの? 』


 遥の心に灯った希望の光が今また闇に包まれる。

 この様子だと彼女のことは何も知らないようだ。


「あいつ、一昨日の晩、東京にもどったんだ。で、消えた……」

『消えたって……。何のんきなこと言ってんの? 早く探しに行きなよ! 実家は? バイト先は? 他に行きそうな所は? 』

「わからない……。てっきり、柳田が何か知ってるかと思ってた」

『ほんっと、腹が立つよ。情けないね……。あんだけ頭が切れて優等生のあんたが、柊のことになると、からっきしダメになるんだから。でもね、あたし明日シカゴに行くの。その準備でもうてんやわんやなの。悪いけどあんたたちの痴話げんかに付き合ってらんないんだ! 』

「シカゴ? それって、あのシカゴか? 」

『んもう、そうに決まってるでしょ! 』

「ゴメン。悪かった。本当にあいつから何も連絡なかった? 」

『ないって。天に誓ってないって言える。嘘ついてどうすんのよ。今から柊に電話してみるよ。何かわかったらあんたに伝えるから』

「あっ、いいよ。忙しい時にごめんな。気をつけて行けよ。柳田がシカゴに行くこと、藤村は知ってるのか? 」

『……まだ言ってない。てか、そんなことどうでもいいから早く柊を探しなよ! そうだ。夢美ちゃんじゃないかな? 彼女に聞いてみれば? 』

「あ……。そうだな。そうするよ。いろいろありがとな。向こうに着いたら、またメールでも送ってくれ」

『うん、わかった。そうする。じゃあ、柊のこと頼んだわよ。柊にはあんたしかいないんだから、絶対、何があっても離しちゃだめだからね。モデルの仕事なんかより、柊のことを第一に考えてね! 』


 遥はため息と共に、携帯を耳から離した。

 柳田の最後の言葉が、遥の胸にずしりと響く。

 何があっても彼女を離さない。彼女のことを第一に考える。

 本当にそのとおりだと思った。そうしていれば、このようなことにはならなかったはずだ。


 実家でもなく、柳田のところでもない。

 望みがすべて絶たれたと思ったところに救いの手が差し伸べられた。

 篠川夢美に聞いてみろと。


 でも遥は自分の無力さに完全に打ちのめされていた。

 柳田に言われるまで、篠川のことなど全く考えていなかったことに。

 こんなにも柊のことを何も知らなかった自分自身に、あきれ返るばかりだった。


 いつもそばにいて、それがあたりまえで。

 小さい頃から何でもわかり合えていると思っていたのは、自分の思い上がりにすぎなかったのだ。

 彼女が人生に行き詰った時、逃げ込む先のこともわからない。

 今まで彼女の何を見ていたのだろう。


 遥は自分の頭を掻きむしり、ベッドの上に何度もこぶしを振り下ろした。

 そして、篠原夢美の電話番号を聞くために、藤村に電話をかけた。


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