158.消えた光 その1
瞼の向こう側が異様なまでに明るく眩しい。
遥は光と反対方向に顔を向けてゆっくりと目を開けた。
そうだった。昨夜はカーテンも閉めず、服もそのままでベッドに転がったのだ。
窓からは太陽の光が惜しげもなく降り注ぎ、遥の頭も背中も、そして足の先までもが心地のよいぬくもりに包まれていた。
さっきよく知っている着信音を聴いたような気がしたが、やはり夢だったのだろうか。
再びうとうとと眠りに落ちてしまいそうになった瞬間、はっとして飛び起き、枕元に転がっている携帯をつかんだ。
寝ている場合ではない。夕べ何度も柊と連絡を取ろうと試みたことが鮮明に蘇る。
大学に行く前に、何としてでも柊の声を聞きたかった。
本当なら外の公衆電話からかけるべきなのだろうけど、もうこれ以上待てない。
今すぐ彼女と話したかった。
大丈夫。携帯の管理さえ怠らなければ外部に漏れることはない。
メールの内容も見られて困るようなものはとっくに削除済みだ。
誰にも疑われない自信がある。
遥は都合よく自分に言い聞かせ、柊に電話をかけようと携帯を覗いた。
「あっ……」
着信を知らせる画面が目に飛び込む。
送信者は柊だ。さっきのメロディーは彼女からのメールを知らせる着信音だったのだ。
すぐにメール画面を表示させる。
From 柊
Sub 堂野遥様へ
連絡事項です。PCアドレスの方へメールを送信しました。
とにかく一秒でも早く見たくて猛スピードで開けた柊からのメールは、たったそれだけの短いものだった。
牧田の指示を受けて、携帯でのやり取りは必要最小限にとどめたと言う事だろうか。
とにもかくにも、柊から連絡が来たのだ。
遥は息をつくまもなく、ノートパソコンの電源をオンにしてインターネットに接続した。
あった。受信ボックスに柊のメールが届いていた。
あれほど待ち望んだ彼女からの連絡なのに、なぜか読むのをためらってしまう。
怖いのだ。どうしたというのだろう。
けれどこのままでは先へは進めない。
メールも会うことも禁止された今、何とかして彼女と会える手立てを考えなくてはいけない。
彼女だって不安なはずだ。
遥は大きく息を吸ったあと目をつぶり、気持ちを落ち着けて、マウスをクリックした。
遥へ
わたしたち、生まれた時からずっと一緒だったよね。
何の疑いもなく、これからもずっと一緒に居られると本当にそう思ってた。
でもね、お互いのこれからの人生のためにも、一度別々の道を行くのはどうだろうって、考えた。
昨日、牧田さんから写真撮られたことを聞いたよ。
十二月いっぱいは、遥と会えないことも。
けどね、きっとその後も同じことの繰り返しになると思うの。
わたしといることは、遥の仕事や将来の邪魔でしかない。
悲しいけど、事実だよね。
わたしね、前からやってみたかったことがあるんだ。
それはね、英会話の習得と英文翻訳。遥も知ってるよね。
その夢を叶えるのは、今しかないと思ってる。
遥は大学とモデルの仕事、そして将来の仕事に対する夢もちゃんと持ってるのに
私は何も将来のことを考えていなかった。
遥と一緒にいることしか考えてなかった。
牧田さんも、やなっぺも、夢ちゃんも。
そして大学で出会った仲間たちも。
みんな自分の夢を持って、前向きに生きてる。
わたしもそろそろ目覚めなきゃいけないと思った。
どうかわたしの最後の我がままを聞いて欲しい。
わたしたち、別れるべきだと思う。
いや、別れたいの。
電話で遥の声を聞くと、また気持ちが揺らいでしまうから。
こうやってメールで伝えている。
遥、ごめんね。いろいろ迷惑かけて、本当にごめんね。
そして。
今までありがとう。
柊
文の途中から身体中からさっと血の気が引いていくのがわかった。
何かの間違いではないだろうかと繰り返しメールの文字をたどる。
柊が本心で言っているとは思えない。
こんなメールですべてが終わりになるなんて、到底信じられるわけがない。
とにかく本人と話をするのが先だ。
柊の携帯に電話をかけてみた。
しかし夕べと同じ状況で、彼女が出ることはなかった。
着信拒否だ。
ならば次はあそこだ。
携帯に登録してある柊の実家の電話番号を選び出し、通話ボタンを押した。
「もしもし……」
遥は逸る気持ちを抑え、携帯の向こう側に意識を集中させた。
『はい、もしもし。蔵城でございます』
「柊? 柊か? 俺だ」




