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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第五章 しれん
155/269

155.闇への序章 その2

 ここにいるモデルのほとんどが彼よりキャリアも長く、たとえ年下であってもこの世界では先輩ということになる。

 さっき、佐山が残した捨て台詞の矛先は明らかに遥に向いていた。

 佐山拓というこの男は遥よりひとつ年下であるにもかかわらず、中学生の時からこの仕事をしているため、今ここにいるモデル達の中でも最も経験も豊富で、モデルという枠からも今まさに抜け出そうとしている注目の人物でもある。


 ところが今月末に発売になる十二月創刊の新雑誌に彗星のごとくデビューする遥にその地位を奪われかねないと危惧した佐山は、常日頃から遥のことを疎ましく思っていたようだ。

 先日まで遥が数々のミスを連発した時もあからさまに挑発的な態度を取り、二人の関係は悪化の一途をたどっていた。

 今夜の暴言もある意味想定の範囲内ではあるのだが……。


 この新刊雑誌の男性モデルの柱の一人が抜けた今、撮影の続行は難しい。

 徐々に現場がざわつき始める中、また一人、別の意味で青ざめた顔をした人物が遥のそばにやってきて耳打ちする。


「堂野君、大変よ」

「牧田さん、どうしたんですか? 」


 ただならぬ牧田の様子に、瞬く間に現実に引き戻された。


「今すぐ、事務所にもどらなきゃ。どうせ佐山君はちょっとやそっとで機嫌直らないだろうから、抜けさせてもらいましょう」


 牧田は編集チーフとカメラマンに事情を説明した後、遥を伴って撮影所から車で十分ほどの事務所にもどるためスタジオの駐車場に向った。

 途中で控え室から出てきた佐山と、タイミング悪く出くわしてしまった。


「あれ? どこかお出かけですか」


 会釈だけして黙って通り過ぎようとする遥に佐山が絡んでくる。


「ちょっと、堂野さんとやら……。あんた、遅れてきた挙句、もう帰るって? 」

「えっ? 」

「はん、ますますやってらんねえよな。おたくナニサマのつもり? ったく城川大生かなんか知らねえけど、雪見しぐれのバックがなきゃ何にもできねえくせに、デカイ面してるんじゃねーぜ。江本、こいつがいなくなるんなら俺、今から撮影続けてもいいんだけど。何なら、俺のページ増やしてくれるよう頼んでもらえない? 」


 言いたい放題の佐山に苦笑いで応える彼のマネージャーの江本は、やや同情的な眼差しで牧田と遥にぺこっと頭を下げ、佐山と共にその場を立ち去った。


 遥は今まで何を言われようが、それこそ世に言うところのイジメを受けようが相手にせず、知らぬフリを通してきたのだが、今夜ばかりは黙っていられなかった。

 (こぶし)を堅く握り締め、佐山の後を追いかけようと一歩踏み出したところで牧田に腕を掴まれ行く手を阻まれる。


「離してください。このままじゃあ俺の気持ちが治まらない……」


 遥は、牧田の手を離そうと腕を上げるが彼女の力は緩むことは無かった。

 合気道経験者だという彼女のプロフィールは真実だったようだ。


「堂野君。今夜は黙ってこのまま事務所に戻ってちょうだい」

「俺だって、我慢出来ることと出来ないことがあります。あそこまで言われて、黙っていろと? 」

「堂野君、あなたの気持ちはわかる。でも、今夜は……。車の中で言おうと思ったのだけど、その……」

「何ですか? 」


 こんな理不尽な侮辱より優先されることが他にあるのだろうか。

 怒りに肩を震わせながら、遥は牧田の答えを待った。


「あのね、堂野君。今朝の心配が現実になったの。撮られたって」

「撮られた? 」

「そう。昨日から今朝にかけて、あなたが柊さんと一緒のところ、密着されてたらしいわよ。事務所に証拠写真も挙がってるって。だから、ね? 今夜はこれ以上、騒動は起こさないで。お願い」


 柊と一緒のところを撮られていた……らしい。

 いったい何を撮られたというのだろう。

 病院にいる祖母の見舞いだろうか? 


 ならば別にいいじゃないか。

 柊も遥と同様、孫に順ずる親族なので誰からもとがめられることはないはずだ。

 それとも別の場面を撮られたのだろうか。

 遥は昨日から今朝にかけての自分の行動を思い出していた。

 別段、撮られて困るようなことはしていない、つもりだったが。


 あるとすれば、新幹線の中で柊と寄り添うようにして座っていたことくらいしか思い当たらない。

 怪しい人は周りにはいなかったはずだ。

 いや、それともマンションから二人で出るところを撮られたのだろうか? 


 たった今、佐山へ抱いていた怒りも瞬時にどこかへ消え去り、まだ見てもいないのに、撮られた数々の画像がさまざまなアングルではっきりと脳裏に描き出される。


 駐車場では満月に近い白い月が、遥の頭上で冷たい光を放っていた。

 静まり返ったビルの谷間で、牧田が操作した遠隔キーの電子音が、ピピッとあたりにこだまする。

 車の中では、重苦しい沈黙が二人を取り巻いた。

 事務所までのほんのわずかな時間が永遠にも思える。


 今朝夢の中で見た霧の森が再び彼に襲いかかり、暗闇の世界へと(いざな)われていくのだった。



いっぱい拍手クリックしていただき、感謝です。

これからも頑張りますね。

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