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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第五章 しれん
154/269

154.闇への序章 その1

 遥は牧田と共に旭川空港に降り立った。

 待ち構えていたマイクロバスに乗り込み美瑛(びえい)町に向かう。

 空港から美瑛までは思ったより近く、三十分そこそこで目的地に着いた。

 初夏の頃、ラベンダーが一面に咲いていたという広い丘を見渡し、思いのほか冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 東京より一足早く秋が深まっているこの美瑛で、すでにスタンバイしていたスタッフと合流し、撮影が始まった。

 ラベンダーの丘から望む大雪山は例年九月下旬になると初冠雪を迎える。

 今年はその時期が少し遅く、遥の学業との兼ね合いはもちろんのこと、雪を待っての撮影となったため、撮影が決まったのが前日という急なものだった。


 時間の許せる限りカメラの前に立ち、旭川を出発したのは夜の八時半頃。

 十時過ぎに羽田に到着した遥とスタッフ一行は、そのまま都内の撮影スタジオに向った。

 そこで他のモデル達も合流し、二十五時(午前一時)には撮影終了予定となっていたのだが……。


 スタジオに着くや否やマネージャーの牧田の携帯が鳴った。

 ちょっとごめんなさいと言って、牧田は遥のそばを離れ、神妙な顔つきで、口元に手を添え話し始める。


 牧田は撮影が始まった遥のことが気になるのだろう。

 時折り彼の方を見て、また背を向ける。

 そして徐々に彼女の顔色が変わっていったように見えたのは気のせいだろうか。


 その間もどんどん撮影は進み、モデル達は何種類もの衣装に着替えさせられ、カメラマンや編集者のイメージに応え、次々とポーズを取る。

 スタッフも連日連夜の撮影のせいか疲れが見え隠れし、モデル達への注文もあれこれ厳しさを増していく。


「お前達、それでもプロか! はあ? 毎月変わり映えのしない雑誌を見せられる読者の身にもなってみろ! 」

「もっと新鮮さを意識して。昨日より今日。今日より明日。毎回進化してるんだよ。それくらい自分で考えろ」

「もっとさっさと動け! もたもたすんな! 」


 編集チーフからモデルにもスタイリストにも容赦なく喝が入る。


「笑顔作りゃいいってもんじゃないぞ。心から楽しめ! 」


 ここは撮影スタジオだ。

 カメラマンを前にこの無機質な空間でどうやって心から楽しんで笑顔になれというのだろう。

 こうなったらもうどうにでもなれとばかりに、遥は理性の仮面をぬぎ捨てて、様々な表情を浮かべポーズを取っていった。

 もちろん見よう見まねだ。

 そんなこと、実生活ではやったこともなければ見たこともない。


 幸い牧田はまだ電話中なので、知り合いに見られているわけでもなく、プライドも何もかなぐり捨てて、遥はカメラマンと向き合った。


「そうそう、その調子。堂野君、今日はなかなかいいね。ああ、いいよ、そうそう、いいね……」


 リズミカルにシャッターを切り続けるカメラマンの声に気を良くしたのか、さっきまで荒れていた編集チーフにも安堵の様子が見て取れる。

 カメラマンの脇で腕を組み立っているチーフは、満足げに頷きながら遥の動きに見入っていた。


 柊に会えたおかげだろうか。

 遥は自分でも驚くくらい自由な気持ちになり、リラックスしてカメラに向き合えるようになっていた。

 さっきまでの野外撮影に比べれば、このスタジオ内は温かく申し分ない環境だ。


 最初の頃はポーズを取ったり、常にカメラに向って笑顔を向けることが異常なまでに恥ずかしく、とてもじゃないがこの先モデル業を続けるのは無理だと思うことも多かった。

 ところが、スタッフが一丸となって、ファッション雑誌というモノ作りをしている言いようの無い高揚感や連帯感が、次第に遥にとって心地よいものになっていったのだ。


「こら! そこの青い服。ちょっとCMに起用されたからっていい気になんなよ! 勝手な行動するな。自分を出すのも大事だが、今は周りとのバランスを考えろ」


 編集チーフに名指しされたのは、遥の隣でポーズを作る青い服の男、佐山拓(さやまたく)だった。

 たちまち不機嫌さを露わにして、ちっ、と舌打ちする。


「誰かさんのために、こんな時間まで待っててやったのによ。なんで俺が、そんな言われ方されるんだよ。やってらんねえー。それに俺、ちゃんと佐山って名前あるんですけど。青い服とか呼ぶの、やめてもらえません? 」

「なんだって……」


 編集チーフのこめかみに血管が浮き出ている。

 怒りが沸点に達する寸前だった。


「……俺、もう帰るわ」

「おい、待て! どういうことだ」


 佐山はチーフが引き止めるのも聞かず、スタスタとスタジオから出て行った。

 カメラマンを始めスタッフたちの表情がゆがみ、一瞬にして現場の空気が凍りつく。


「拓さん! 待ってください! 」


 佐山の若手マネージャーが、彼の後を追うようにしてあわてて走り去る。

 一連の流れに、遥は何も行動を起せなかった。

 ただじっと、彼らのやり取りを見ているだけだった。


 こんな状況にも慣れているのだろうか。

 残されたモデル達は、またどうせいつものわがままだと口々に言い、気にも留めない。

 ふいに訪れた小休止に、それぞれが自由に時間をやり過ごす。

 そばの椅子に腰掛ける者、身の置き所がわからず意味も無く歩き回る者、スタイリストと言葉を交わす者。


 けれどどの顔にも、さっきの佐山と同じ不満が多かれ少なかれ浮かんでいるのは遥にもわかった。

 こんな状態で、誰と話せばいいのだろう。

 誰にも相手にされず孤独感に包まれた遥は、ポーズを取って撮影していたその場で、ただ茫然と立ちすくんでいた。


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