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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第五章 しれん
150/269

150.霧の森 その1

今回より遥視点の展開になります。

おばあちゃんのお見舞いの後、柊と一緒に東京に戻ってきた翌日。

二人は最後の朝を迎えます。

 いつしか遥は森の中にいた。

 会いたくてたまらなかった柊をその胸に抱き、甘い果物を思わせるいつものシャンプーの香りを感じながら、改めて彼女の存在を確認する。


「もう離さない。絶対に。どこにも行くな。ずっと俺のそばにいるんだぞ……」


 そうやって(ささや)きながら髪を撫で、もう一度しっかり抱きしめようと腕に力を込める。

 ところが、さっきまでそこにあったぬくもりが跡形もなく消えていることに気付く。

 すでに腕の中には誰もいない。

 撫でていた髪も、抱きしめていた柔らかい身体も、何もかも突然姿を消し、そこから無くなっていた。


 目を開けるとそこは深い霧の森。

 ほんの数メートル先ですら(もや)がかかって見えない。


「ひいらぎ? どこに行ったんだ? なあ、ひいらぎ! 」


 立ち止まり、ぐるりとあたりを見回してみた。


「ひいらぎ、返事をしろよ。おい、どこにいるんだ! 」


 そこかしこに転がっているごつごつとした石に(つまず)き、四方八方から飛び出すイバラの枝に道をさえぎられて、挙句の果て、()(つくば)るようにして暗い霧の森から抜け出そうとするが、出口が見つからない。

 時折、靄の晴れたすき間からクリーム色に揺れ動く物体が見え隠れする。


 それは、光沢のある柔らかそうな布のようだった。

 誰かが身にまとっているドレスの裾がふわふわと揺れているように見える。

 そのドレスを着た女性は緩くウエーブのかかった長い髪を揺らしながら、こっちよ、こっちと手招きする。

 近付いたかと思えばすぐさま離れ、また、こっちよ、こっち、と遥を呼び寄せるのだ。


「柊か? 柊だよな? 待ってくれ! どうして俺から逃げるんだ。そっちは出口じゃない。もどるんだ。柊、こっちに戻って来い! 」


 声の限りに叫んでも彼女には届かない。

 手を伸ばし、ようやくドレスの裾に指先がたどりつく。

 ぎゅっとそれをつかむ。

 ところがつかんだはずの布が瞬く間に指をすり抜けて、ますます遠ざかっていく。


 そして力尽き、その場に倒れこんでしまった……。



「……はるか。遥ってば! 起きて! 」


 遠くの方で微かに聞こえる懐かしい声に、薄れかけていた意識がよみがえる。

 声をたよりにゆっくりと目を開けた。


 ありえないほどの汗を吸ったTシャツが、遥の上半身に重くまとわり付いている。

 目の前には、つい今しがたまで追い求めていた彼女の姿があった。


「えっ? ひいらぎ? なんでここに」


 遥は自分の今の状況がまだ呑み込めていなかった。

 確かにここは先日契約してまだ住み始めて間がないマンションだ。

 そして目の前には、なぜか、愛してやまない柊がいる。


「んもうっ! 遥ったら、何寝ぼけてるの? 夕べ一緒にこっちに戻ってきたでしょ。早くしないと、牧田さんが来ちゃうよ。仕事。仕事だよ! 」


 柊にまくし立てられて、やっと記憶が鮮明になってくる。

 夕べ一緒にここに戻って来て、お互いに手足を絡め抱き合って眠ったことを……。


 それにしてもなんという恐ろしい夢を見たのだろう。

 離れ離れでいる時ですら、あそこまで救いようの無い夢を見たことはなかった。


 遥は釈然としないまま、くそっ、と悪態をつき、自分の髪をくしゃくしゃとかき回す。

 憮然とした面持ちのまま、シャワーをあびにユニットバスへ向った。



 濡れた髪をタオルで拭きながら、慣れないキッチンで朝食の準備をする柊を時々盗み見るようにして目で追ってしまう。

 明るめのナチュラルブラウンのセミロングの髪は、程よいくせがついて無造作に軽やかな動きを作っていた。

 モデルの仕事を始めるまでは、彼女の髪のことなど、全く目に留まることなどなかった。

 今は違う。髪も、メイクも、身につけている衣服も。

 どれもが彼の心を捉えて離さない。


 他の男に触れさせるのはもちろん、見られることすら許せなくなる。

 自分だけの柊でいて欲しいのだ。


 白い首筋にまとわりつく後れ毛に目を奪われる。

 胸元にギャザーの寄ったクリーム色のワンピースに、スットッキングを履いていない素足がスッと伸びやかに覗き、ますます遥の心をかき乱していく。


 今から仕事に行かねばならないこの一日の始まりの大事な時に、目の前の柊の存在は、遥を混乱の境地に陥れるのに充分だった。

 無理やりそこから気を逸らせようと、冷蔵庫の中から一リットルパックの牛乳を取り出し、残り半分をそのままいっきに喉に流しこんだ。


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