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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第四章 うんめい その1
149/269

149.振り子のように その3

 ああでもない、こうでもないと、百面相をしていたであろうわたしの手をそっと離すと、髪を撫でてゴメンと謝ってくれた。


「こんなこと女性である君に聞くなんて、ほんと、どうかしてたよ。デリカシーのカケラもないよね。その辺のダメな男と肩を並べるところだった。……そんなのは別にどうだっていいんだ。過去にどんなことがあろうと、今君が僕を見ていてくれたらそれでいい」

「大河内君……」

「だからもう、気にしないで」

「うん……。ごめんね、こんなわたしで、ごめんなさい……」

「君が謝る必要なんてないから。僕の方こそ、ごめんね。だからもう、そんな顔をしないで。柊、嬉しいよ。僕との結婚を決意してくれるなんて」

「大河内君こそ、ほんとにわたしでいいの? 」

「どうしてそんなこと訊くの? 君がいいんだ。君じゃなきゃだめなんだ」 

「あ、ありがとう。でも、日焼けして真っ黒で、ひょろひょろだった不愛想な中学生時代のわたしを大河内君は知っているんだもの」

「あはは、そうだね。だから? 」

「いや、で、でも、今だって、こんなだよ。何のとりえもないし。大学も辞めちゃったから高卒だし、カタコトの英会話とピアノが少し弾けるくらいで、仕事のキャリアもない」

「なら、これからいろいろ経験すればいいよ」

「それに、もっと大人っぽくてきれいな社員さんが、東京にいるんじゃないかな。裕太兄さんも言ってたけど、大河内君を慕っている人が、いっぱいいるって。大河内君は会社一の人気者だって」

「何言ってるんだよ。そんなこと、関係ないだろ? 」

「関係なくないよ。ちゃんとあなたに釣り合う人が他にいっぱいいるんだもの。もっと視野を広げた方がいいって。地元の小さなコミュニティで出会っただけの私たちだよ。そんなのでいいの? 本当に? 」

「いいんだって。まあ、今まで何もなかったって言えば嘘になるけど、結局のところ僕は君じゃなきゃ、ダメだったんだ。堂野には敵わないけど、僕だって中学の頃から君を思い続けてきたんだ。それで充分だろ? 勉強だって続けたけりゃ、またやり直せばいい。日本に帰ってから受験し直せばいいんだ。高卒の何がいけない? 大学出てなくても、僕より高収入の人はいっぱいいる。大学出てたって、人間的に未熟な人は多い。だからナニ? 学歴なんて、何も意味を成さないよ」

「……大河内君、ありがとう」


 なんて心の広い人なんだろう。

 自分のすべてを受け入れてくれるというこの人の胸に、何もためらうことなく飛び込めばいいのだ。


「君のためなら何だってできるよ。それに僕は君が思うほどまじめってわけでもないんだ」


 聞き捨てならないことを耳にする。

 この大河内が何か道を間違ったことでもあるというのだろうか。

 確かに一浪したことは、驚きだった。

 けれど、妥協することなく高い意志を持って臨んだ受験の結果ならば何も卑下することはないと思う。

 わたしは息を呑んで彼の話の続きを待った。


「高校時代、結構親ともやり合ったんだ。母親の方が代々医者の家系で、後を継ぐように散々言われたんだけど。それまで何でも親の言いなりになってきた自分が嫌になって、かなり反抗したよ」

「えっ? 大河内君が? 」


 彼の反抗する姿なんて、全く想像できない。

 いつも穏やかで理性を保ち続けている彼のことだ。

 家庭内でも品行方正な彼しか想像できない。


「そうだよ。別に医者が嫌だったわけじゃない。とても尊い仕事だと思う。あこがれていた時期もあった。今思えばなんであんなに荒れたのか不思議なんだけどね。高三の時なんて、成績も最悪で、なんとか浪人中に気持ちを切り替えて、中学時代からの夢だった教師になろうと教育学部に入ったんだ」

「そ、そうだったの。いろいろあったんだ」


 何事もなく、平穏無事にここまで来たような顔をしながらも、大河内だっていろいろ乗り越えて今があるんだ。

 ちょっぴり彼に対する敷居が低くなった気がする。

 それに将来のことで親ともめたなんて、遥とまるで同じだ。


「でも教師にはならなかった。高校の時、僕のような(すさ)んだ生徒の話にも耳を傾けてくれた恩師がいるんだ。その先生から、母校で教師をしないかと進められた。でも、ホールのアルバイトでいろいろな人に会って話を聞いたりするうちに、もっと違う世界を見てみたくなったんだ。そして商社に勤めることになって、君と出会えた」


 また、そんな目でわたしを見る。

 これは反則だ。

 少しずつ彼に惹かれていくのがわかる。


「これからは、お互いに隠し事はなしだよ。君がまだ堂野を忘れていないのはわかってる。でも、僕だけを見てくれるようになるまで、あきらめないよ。そうそう、堂野も結婚するんだし……」


 やっぱり、見抜かれてたんだ……。

 わたしの心を行ったり来たりする遥の面影に大河内は気づいていたようだ。

 それでもわたしと結婚しようとしている大河内は一体何を考えているのだろう。

 他の男性を好きかもしれないと思いながら妻にしようだなんて、本当にそれでいいのだろうか。


 が、しかし。


 今大河内が言ったことに引っかかる。

 遥が結婚するのをもうすでに彼が知っているって、いったいどういうことだろう。

 まだ世間には公表していないはずなのに。

 今でも、遥と大河内が何らかの接点を持っているのだろうか。


「あの、大河内君。ちょっと気になるんだけど。あの、その……。堂野が結婚すること、どうしてあなたが知っているの? 」


 再びメガネをかけた大河内の目がキラッと鋭い光を放ったように見えた。


「なんだ、君も知っていたんだ。もしかして、実家で聞いたのかな? 」

「う、うん。そうだけど。でも、大河内君はどうして? だって、まだ結婚のことは世間には公表されてないはず……」

「ああ、そうみたいだね。君にはまだ言ってなかったけど、実は僕、去年まで雪見しぐれと付き合っていたんだ」


 雪見しぐれと付き合っていた……。


 えっ? それって、つまり。

 遥との結婚が決まるまで、しぐれさんは大河内の彼女だったということだ。

 知らなかった。


 さらりと言ってのける大河内の発言は、実際はわたしの心臓を停止させてしまうほどの威力を備えていることに、改めて気付かされていくのだった。


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