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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第四章 うんめい その1
148/269

148.振り子のように その2

 彼の勤務していた東京本社で、『ロサンゼルスまで大河内に会いに行こうツアー』がこの夏実行されるらしいと祐太兄さんがこっそり教えてくれた。

 ライバル達に何をされるかわからないぞ、と真顔で言われた時には、冗談だとわかっていても背筋が凍り付いていった。


 そんな人気者な彼が今度は真剣な眼差しでローストビーフを切り分けて、それぞれの皿に盛り付けてくれる。

 グラスが空になると、すぐにワインを継ぎ足してくれる。

 ミネストローネの味付けが最高と言って、三杯もお代わりしてくれた。

 食事が終わると、食器の片づけも率先してやってくれる。

 そして食洗機のスタートボタンを押し、あっという間にキッチンがきれいに片付いた。


 わたしは男の人と付き合ったことが無いに等しいのかもしれない、と思った。 

 こんな風にエスコートされて守られている喜びを、今頃になって初めて知ったのではないかと改めて感じる。

 もちろん遥も男性だし、付き合っていたことには違いない。

 でも、こんな気持ちになったことはなかった。


 遥はわたしを女性というより、ひとりの人間、いや、もう一人の自分自身のような感覚で見ていたのではないだろうか。

 わたしも遥を男性というより、自分の身体の一部のように感じていた気がする。

 彼が苦しい時はわたしも苦しいし、楽しい時はわたしも楽しかった。

 言葉にしなくても通じ合える何かがあって、離れていても遥の想いが伝わってくることがたびたびあった。

 それは残念ながら、今ここにいる大河内には感じない。


 でも遥は、いつも怒っているようでもあったし、いや、実際不機嫌になることが多かった。

 それに、髪が伸びたとか切ったとか、その服買ったの? いいね、などと女性を喜ばせるようなおしゃれな会話は、一切無かったと言い切れる。

 それが遥だったし、そう言った日頃の淡々とした態度のせいか、他の女性に(うつつ)を抜かす姿を心配する必要もなかった。


 大河内の手がわたしの肩にかかり、リビングルームのソファへと導かれた。

 横並びに座ると、彼の手がわたしの手に重ねられた。

 心臓がどくっと鳴る。


「柊。そろそろ返事を聞いてもいい? 期待してもいいかな? 」


 落ち着いた響きのある低音で、返事を求められた。

 もうこれ以上引き伸ばせない。

 わたしはずっと考え迷っていた答えを言葉にする。


「う、うん。大河内君と、その……。結婚します。よろしく、お願いします」


 すると目を細め、少し頬を紅く染めている彼と目が合ったとたん、抱きしめられ、唇を奪われる。

 あまりに突然の出来事に、頭の中が真っ白になり、自分が何をされているのかもわからないまま彼に身をゆだねていた。

 優しかったのは最初の一瞬だけ。

 いつの間にかメガネをはずした彼にソファに押し倒されたわたしは、行為がどんどん深くそして荒々しくなっていくのを目の当たりにし、もう歯止めが効かなくなっていく大河内に抵抗することもなく、ぼんやりと現実を受け流していた。


 徐々に意識がはっきりして、自分の置かれている状況が呑み込めてくる。

 この上なく冷静なわたしがそこにいた。

 この後、大河内がどうなるかも、息遣いや腕にこめられた力でわかってしまう。


 同じだった。遥もこうやって、段々と暴走していくのだ。

 全く違う人間であるはずの大河内と遥が、わたしの前では同じ一人の男に重なり合っていく。

 瞼の裏によみがえるのは、忘れもしない遥の姿。

 まぎれもなく遥だった。


 じゃあ、今わたしの目の前にいる人は誰? 

 その男がわたしのブラウスに手を掛けたとたん、おもいっきり突き放していた。


「ひいらぎ……。どうしたんだ? いやなのか? 」


 そこにいるのは大河内大輔。その人だった。

 初めて見るメガネをはずしたままの顔で、悲しそうな目をして再びわたしを抱きしめる。

 今度は、そっと。壊れそうな物を包み込むように、優しく抱きしめてくれた。


「大河内君、ごめんね。ちょっと、びっくりしちゃって……」


 大河内に手を引かれゆっくりと身体を起した。


「柊、ごめん。そうだよね。こういうの、僕たち、今日が初めてだったよね」


 もちろん、初めてだ。

 手だって、数えるほどしか繋いだことがない。

 わたしは返事をする代わりに大河内の手を強く握り返した。


「もしかして……。もしかすると、だよ。柊は、それ以上は初めてなのかな? 」


 初めてって。そ、そんなあ……。

 そんなこと聞かないで欲しい。


 昔見たティーン誌の特集で、お互いの過去をそれとなくわかっていても、新しい相手には初めてだと言う、もしくはそのようにふるまうのが礼儀だと書いてあったような気がする。

 でも、白々しくないだろうか。

 大河内は、わたしと遥が同棲していたのも知っているはずだ。

 愛し合う男女が一緒に暮らしていて何もないなど、ありえない。

 なのに、そんなことを訊くだなんて。


 ああ、どうしたらいい? 

 いくらわかりきっているとしても、いいえ、初めてじゃないよ、こういうことは慣れてるから大丈夫などと本当のことを言えるはずもなく。

 こんな誰とでも寝るゆるい女なんて、これっきりにしよう……なんてことになったら、きっと後悔する。


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