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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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14.遥なんか大嫌い その2

「どうしたの? ……柊? あたしたち、なんか気に障ることでも言った? ちょっと調子に乗りすぎちゃったかなあ。ゴメン、柊。嫌なら、無理にあんたのスタイルを変えなくてもいいんだよ。柊は自分が思っている以上に絶対にかわいいんだからさ。今のままの自分に、もっと自信を持って。ね? 」


 ち、違うんだ、やなっぺ……。

 皆の意見はとても参考になったし、別に気にしてなんかいないんだけど。

 わたしが言いたいのは、遥の仕事のことだ。

 女子大生のバイブルとも言われているらしい、この本の。


「やなっぺ。実はさ……その……」


 勇気をふりしぼって、話を切り出してみた。


「遥がね、この雑誌の仕事をやることになったんだ」


 やなっぺは、きょとんとした顔でわたしを覗き込んだ。


「雑誌の仕事? ふーーん。って、何それ。編集の手伝いとか? 」

「えっ? ち、ちがうよ。それが……」

「んもう。柊ったら……。もったいぶらないで早く言いなさいよ! 」


 待ちきれないのか、やなっぺがぬっと身を乗り出して、わたしの肩に手をのせてゆさゆさと前後に揺すった。


「編集じゃなっかたら、いったい何なの? ねえ、柊っ! 」

「や、や、やなっぺ。わかった、ちゃんと言うからそれ以上揺すらないで。あのね、それがね……。モデルの仕事だって言ってた。読者モデルって……」


 皆が顔を見合わせた後、三人同時に息を吸い込む。そして……。


「ぇええええっ! 」

「ぅうそやーーん! 」

「マジぃーーー? 」


 三人の驚きの叫びが、いい具合にエコーを効かせながら、吹き抜けになったリビングに教会音楽さながらに臨場感豊かに響き渡った。

 すると、ちょうどその時、皆の声にハモるようにわたしの携帯が鳴った。

 遥からだ。

 三人は示し合わせたかのように口に手を当てて、ピタッと黙り込んだ。

 待ってましたとばかりに、目だけをきょろきょろさせてわたしの動きを見ているのだ。

 注目されているのが恥ずかしくて、皆の視線を避けるようにして斜め後ろを向いた。

 一度大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。

 そして……。

 通話ボタンを押し、恐る恐る、携帯を耳にあてた。

 繋がったはずなのに、遥の声はまだ聞こえてこない。

 でも確かに遥は、この携帯の向こう側にいるのだ。わたしにはわかる。


『柊……』


 わたしを呼ぶ声がした。遥の声だ。


『柊、聞こえるか? 』

「…………」

 

 間違いなくそれは遥の声なのに、返事をしようとすればするほど言葉にならなくて、喉元で止まってしまう。


『ひいらぎ? いるんだろ? 』


 どうしたというのだろう。

 たった一日、遥の声を聞かなかっただけなのに、涙がこぼれそうになる。

 ひいらぎのぎの音が少し上がり気味になってとても短い。

 遥が子どもの頃から、いつもこうやってわたしを呼ぶのだ。

 父さんとも、母さんとも違う。

 遥だけの呼び方。

 それ以上呼ばれたら、きっと泣いてしまう。

 そんなことになったら、夕べのこと、怒れなくなってしまうじゃない。


「あっ、う、うん……」


 どうにか返事が出来た。まだ涙は、下瞼に()き止められたままだ。


『やっと電話に出てくれた……。夕べはごめんな。あのあとすぐに、先輩を家に帰した。本当だ。信じてくれ』


 遥のこんな声を聞くのは初めてかもしれない。優しくて、しっとりとした響きがする。

 その声に嘘も偽りも感じられない。

 でも……。


「そ、そうなんだ……。先輩はよく来るの? 遥のマンションに……」


 ちゃんと訊くべきことは訊いておかなければだめだ。


『いいや。夕べが初めてだよ……。ちょっといろいろあって、先輩を一人にできなかったから……』


 何があったか知らないけど、だからって部屋まで連れて帰ってもいいということにはならない。

 もしわたしがあの場にいなかったら、どうなってたのだろう。

 そのまま先輩と二人きりであの狭い空間の中にいるなんて、想像しただけでも気分が悪くなる。

 やっぱり許せない。

 何があっても、それだけは許せない行動だ。


「……そうなんだ。一人にできなかったんだ」


 今のわたしには、どこまでも冷たい返事しか出来ない。


『それより柊、今どこにいるんだ? 』


 やっぱりそれを訊くんだ。

 はい、ここにいますって素直に言えるわけがない。

 さっきまで遥が恋しくて、声を聞いたとたん、胸がぎゅっと締め付けられるようだったけど、いつの間にかそれが怒りに変わっていく。

 そんなに簡単に彼を許していいはずがない。


「えっ? ……ちょっと、その……。遠くに……」

『ちょっと遠くに? いったい、どこなんだ。もしかして実家か? 実家に電話したら大騒ぎになるかもしれないから、まだかけてないけど……』


 一瞬ドキっとしたけど、実家になんか電話されなくて良かった。

 わたしがいないなんてことを知ったら最後、それこそみんなで大騒ぎして、捜索願でも出されかねない。

 遥。あなたの選択は正しかったってわけだね。

 そこまでわたしのことを心配するのなら、どうしてあんなことしたのだろう。

 なんで女の人を部屋に連れて来たりとか、そんな大胆な行動ができるのか。

 ひたすら彼を責めてしまいそうになるのを、やっとの思いで堪える。


「実家じゃないよ。でも……。どこにいるかは言えない……」

『実家じゃないって、なら、いったいどこだよ! じいさんのところも違うんだろ? 教えてくれ。今からそこに迎えに行くから……。なあ、柊。どこなんだ』


 そして会えば、夕べはごめん、もう二度としないから……とでも言って、謝るのだろうか。

 一緒に住もうと言ってくれたのを断ったから、別の女性に気持が傾いたとでも? 

 わたしが拒んだのがそんなにいけなかったのだろうか。

 

「だから、今夜は来なくてもいいって、言ってるの。今は遥に会いたくない。……顔も見たくない」

『柊の気持もわかる。でも、俺は……。どうしても柊に会いたいんだ。どんな手段を使ってでも、そこに行く! 』

「来ないで! 絶対に教えないから! 遥なんか、遥なんか……。大っきらいっ! 」

  

 こんなことを言うつもりじゃなかったのに……。

 大嫌いだなんて、まるで子ども同士のけんかみたいだ。

 わたしは自分の発した声に半ば唖然としながら電話を切って、おまけに電源もオフにした。



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