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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 ぜつぼう
136/269

136.つかのまの その2

 遥のこういう卒のないところ、わたしの両親の心をつかむのがうまいなあと思う。

 美辞麗句を並べ立てるのではなく、さりげなく大人を喜ばせるテクニックを知っているのだ。

 どうやって身につけたのかは知らないが、昔からいつの間にかこうやって大人を丸め込んでしまう。

 なんだかんだ言っても、結局はわたしも彼に丸め込まれた一人だってことは紛れもない事実だ。


 父の膝の上でウインナーをほおばる卓が、突然色紙に手を伸ばした。


「こら! おまえはさわるな。これはおじちゃんの宝物だからな」


 父が卓の頭上に色紙を避難させた。


「おじちゃんの、たらかもの? 」


 卓が身体をねじって、父の顔を見上げた。


「そうだ。宝物だ。たらかものじゃなくて、宝物な。卓も宝物、欲しいか? 」


 今では父も卓のひっくり返し言葉にすっかり慣れたようだ。


「うん。すうくんも、ほしい。すうくん、たらかもの、もってないもん」

「よし、なら卓には今度、グローブを買ってやろう。おまえは遥、いや、兄ちゃんよりずっとスジがいいからな。将来楽しみだ。はっはっはっ」


 びっくりするくらい上機嫌になった父の笑い声につられるように卓がきゃっきゃっとはしゃぐ。

 野球好きの父が、卓に大いなる期待を寄せているのだ。

 遥もリトルリーグに入っていたけど、レギュラーになることもなく、くすぶって埋もれたままだった暗黒時代を思い出す。

 俊介おじさんと父が、あの手この手で遥を野球好きにしようと頑張っていた。

 でも大人にいろいろ口出しされるのが嫌いな遥は、グローブとバッドを放り投げ、すぐ裏山に逃げ出していた。

 今度は卓が二人の餌食になるってわけだね。


「遥。おまえ今夜こっちに泊まるんだろ? じゃあ、卓の面倒を頼む。こいつのせいで、夜中何度も蹴られて、ここんところ寝不足だったからな」


 と、父さん……。卓を頼むって。

 わたしと遥は、母屋で留守番を頼まれてるんだし、卓の面倒までは見れない、と思う。

 それに卓は遥だとぐずって寝ないかもしれない。

 横にいる遥を見ると、冷静さを装いつつも、幾分顔が引き攣っているのが見て取れた。


「あなたったら。はる君に卓を押し付けてどうするの。すうくんは誰と一緒におねんねしたいの? おばちゃんと? それともおじちゃんがいい? 」


 母の助け舟が入り少しほっとしたものの、またもや父が間髪いれずに割り込んできた。


「兄ちゃんがいいに決まってるよな? 卓の兄ちゃんは、日本中のみんなの人気者だもんな」


 父の辛辣な皮肉が遥に降りかかる。

 キョロキョロとあたりの大人を見回していた卓が、にっこり笑ってある方向に向って指をさした。


「おじちゃんがいい! おふとんのうえで、おじちゃんとたたかいごっこがしたいよ。ぼくがブルーになるから、おじちゃんは、てきのぼすになってね。このまえみたいに、ぼくがかつんだから、おじちゃんはいきをとめて、しんだふりするの。わーい、わーい。たたかいごっこ。たたかいごっこ! 」


 父の肩ががっくりと下がったのがわかる。

 でも実は嬉しいのだろう。顔が緩みっぱなしだ。

 卓におじちゃんがいいと言われてまんざらでもなさそうだ。


「わかったわかった。おじちゃんがいいのか。そうかそうか。そこまで言われるとしょうがないな。……で、遥。明日の朝、注文していたおばあちゃんの電動式介護用ベッドが来るんだ。母屋の模様替えを手伝って欲しい。午前中、時間あるか? 」


 卓の頭を撫でながら父が言った。


「大丈夫だよ。俺がこっちに帰ってこれない間、おじちゃんやおばちゃんにはずっと世話になったんだ。ここにいる間くらい、何でもするよ。それと、おじちゃん。ごめん。卓のこと……」

「まあいいさ。なんでか卓に好かれてるんだよな、俺。睡眠不足くらい、どうにでもなる。気にするな。それで、おまえも知ってるだろうけど、俊介は出張中だから。向こうの母屋の戸締りと希美香のこと頼んだぞ。その……柊も、なんだな……。その、あれだ」


 そのとかあれとか言われても、何のことだかさっぱりわからない。

 父の要領を得ない言い回しに首を捻った。


「ええ、まあ、遥と、その……。積もる話しもあるんだろ? おまえたちも久しぶりに会ったんだ。二人でゆっくりしろ」


 やっとのことそれだけ言うと、父は卓を抱きかかえて、台所から出て行った。

 わたしはびっくりして遥と目を合わせた。

 あの父が、わたしと遥を二人にしてくれると言うのだ。


「えっと、あたしは一人で大丈夫だからさ。お兄ちゃん達は、母屋でごゆっくりどうぞ……ってことでおじゃま虫はとっとと消えますよ。その代わり、ここの後片付けよろしく。じゃあーーねえーー。おばちゃん、ご馳走さま! 」


 にやにやしながら食卓を後にする希美香の後ろ姿を呆然と見送る。

 なんてことだろう。高校生の希美香にまですべて見透かされているではないか。


 口は悪いけどわたし達のことを理解してくれている父に、そして、さりげなく気遣ってくれる妹の希美香に。

 わたしは心の中で、ありがとうと感謝の言葉を何度も何度も繰り返した。


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