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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 ぜつぼう
134/269

134.二人の帰り道 その2

 おばあちゃんはまだ六十八歳だ。

 農作業や日頃からの規則正しい生活が健康維持によい結果をもたらしたのだろう。

 今回の病状以外に具合の悪いところは見つからず、術後の経過も驚くほど良好で、医師からも患者さんのお手本のような人だと太鼓判を押されていたのだ。


 少し高めの血圧と、働きすぎに気をつけるようにと言われただけで、退院後はリハビリのために病院に通えば、以前と変らない生活に戻れると励まされている。

 驚いたことに、手術のあとも出来るだけ早期に身体を起き上がらせ、自分の足で歩くように指導される。

 多少痛みがあっても、ふらふらしても、おかまいなしだ。

 看護師さんや医学療法士さんの優しい言葉がけのおかげで、おばあちゃんのやる気は日に日に向上している。

 今日遥に会ったことで、ますます快方に向かって加速度が付きそうな勢いなのだ。


「優等生か。ばあちゃんらしいな。柊、俺の分も、ばあちゃんのこと頼むな」

「わかってる。遥の分も、いっぱい頑張るから。だからこれからは、大学と仕事のことだけ考えてね」

「ありがとう。力になれなくて、ごめんな」

「いいよ、そんなこと。今までおばあちゃんに、あんなにかわいがってもらったんだよ。おばあちゃんが元気になるんだったら、わたし、何でもする。だっておばあちゃんは、遥だけのおばあちゃんじゃないんだよ。みんなのおばあちゃんなんだから」

「そうだな。柊と俺と、そして希美香と卓のばあちゃんだ。俺たちは、生まれた時からばあちゃんに見守られて、ずっと今まで生きて来れたんだ」

「うん……」


 向かい合って、こくりと頷く。


「それと、おふくろのことだけど……。なんか、今までと雰囲気が違うように感じたんだが。気のせいかな? 」


 わたしの顔をのぞき込むようにして遥が訊ねる。


「やっぱ遥もそう思う? わたしも同じように思ってた。それに、フフッ……」


 ひとりでに頬が緩み、笑い声がもれてしまった。


「あっ、柊。今笑っただろ? 俺に何か隠してるのか? おい、何があったんだ。どういうことなんだよ」


 遥がわたしの肩をつかみ前後に揺する。むきになって責め立ててくるのだ。


「遥、ちょっと待って。そんなに揺すらないで」

「わかったから。早く言えよ」


 それでもまだ、わたしを揺さぶる手を緩めなかった。


「遥ったら、ほんと、しょうがないんだから。おばちゃんのこと、そんなに知りたい? 」


 なぜだろう。意地悪な気分がむくむくと湧き上がって来る。

 このまますんなり教えてしまうのが、もったいないような気がするのだ。


「こいつ……。もったいぶらずに、さっさと教えろよ。おふくろのこと、何か知ってるんだろ? 」


 思いがけない遥の真剣な眼差しに、背筋がぞくっとする。

 世の中のすべてを見抜くような、真っ直ぐで一途な彼の目が、わたしを捉えて離さない。

 これ以上の駆け引きはわたしにはもう無理だ。

 彼の迫力にこのまま負けてしまうのだろうか。


「わかったって。ちゃんと言うから。その前にお願い。その手を離して」


 さっきからずっと肩の上にのしかかっている彼の手に目をやった。


「あ、ご、ごめん。つい、力が入ってしまって……」


 遥がきまり悪そうにわたしの肩から手を滑らせるようにして下に降ろした。


「あのね、綾子おばちゃんなんだけど……。結婚する前に、おじちゃんと駆け落ち寸前だったんだって」


 この前病室で綾子おばさんから聞かされた話をほんの少し伝える。

 あの日を境に、確かにおばさんの様子が変ったように思う。

 わたしと遥のことを許し、何もかも受け入れてくれたような気がするのだ。


「駆け落ち? 俺のおふくろが? あのおやじと? 」


 遥が怪訝そうな顔をして首を捻った。

 彼の気持がわからないでもない。

 自分の親が駆け落ちするほどの覚悟を持って恋愛していただなんて、想像できないのが普通だと思う。


「うん、そう」

「あの二人が、駆け落ちなんてするか? あははは、冗談はやめてくれよ」

「冗談なんかじゃないってば。本当なんだから! 」

「とてもそんな風には思えないな、ってか、ありえないだろ? で、それとおふくろの態度の変化と、どんな関係があるんだ? 」

「それは、ひ、み、つ! 遥には教えない。わたしとおばちゃん、二人だけの秘密だもん! 」

「秘密? なんだよ、それ。そこまで言っておきながら、内緒にする気か? 早く教えろよ。なあ、柊」


 言えるのはここまで。

 綾子おばさんだってこれ以上は息子に知られたくないかもしれない。


 おばあちゃんの青い帯の思い出といい、おばさんの駆け落ちといい。

 夫婦の数だけロマンスがあるということが、よくわかった。

 いつも遥に振り回されているのだ。

 これくらい彼を困らせたところで、罰が当たることもないだろう。

 わたしはえへへと笑ってごまかし、その場をかわそうとしたのだが。


「そっちがその気なら、こっちにも考えがある。言わないのなら、こうするまでだ……」


 その後の彼の行動はすこぶる早かった。

 わたしに逃げる隙を与える間もなく、いきなり彼の顔が迫ってくる。

 瞬く間に口びるが合わさり、そのまま動けなくなってしまった。


 ここが外で。おまけに家のすぐそばで。

 もしかしたら記者がついて来ているかもしれないという、危険極まりない状況であるにもかかわらず……だ。

 お互い触れ合っているのはその部分だけで、わたしは両手を横にだらりと垂らしたまま、ただ呆然として、そこに突っ立っているのだ。

 少し前かがみになった遥の柔らかい唇を受け止めながら、次第に心が落ち着いてきて……。

 ゆっくりと目を閉じる。


 彼の胸に手を添え、じっと遥の心だけを感じていた。


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