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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
13/269

13.遥なんか大嫌い その1

「ねえ、柊。あんたは背もあるし、パンツスタイルはよく似合ってると思う。とても素敵だよ」

「あ、ありがとう……」

「あたしはどれだけ頑張ったって、もうこれ以上背は伸びないし、ホント、うらやましいよ。ただ、その地味なパーカーがちょっと、あれなんだよね……。なんとかなんない? せめて色だけでもさあ」


 さすがデザイン専攻だけあって、やなっぺの手厳しい的を得たダメだしが、グサリとわたしの弱った胸に刺さる。

 今日は服を選ぶどころじゃなかった。

 とにかく一分でも早くアパートを出て、遥から遠ざかりたかったのだから仕方ない。

 普段はもう少し考えているつもりだ、などと言い訳ばかりが脳内を行ったり来たりする。


「そうねぇ。ひいらぎちゃんにはさぁ、もっとこう……。レモンイエローとかサーモンピンクみたいな、淡い色が似合うと思うんだけどな。あと、襟ぐりのおしゃれなニットにレーシーなインナー、のぞかせたりぃ。このはもそういうのが好みなんだぁ」

「インナー? それって、下着のこと? 」


 少し不安になる。下着を見せるなんて、恥ずかしい……。


「厳密に言えばそうなるかもぉ、だけど。でも、今どきの下着って、おしゃれなのがいっぱいあるから、見えても心配いらないって。ねえねえ、それって、いいと思わない? 」


 まるで自分のことのように心配してくれている沢木さんが、具体的なアドバイスを示してくれる。


「あっ、そうだ! ちょっと待ってぇーー! 」


 沢木さんが突然立ち上がり、ギャザーがいっぱい寄ったフリフリのピンクのスカートを揺らしながら、テレビの横のマガジンラックを物色し始めた。


「これこれ! ほら、このファッション誌のここぉ! 」


 彼女が指差した雑誌のモデルが着ているラインナップに目を向けると、確かにパンツスタイルにもフェミニンなトップが、かわいらしくなりすぎない程度に魅力的に着こなされていた。


「いいでしょう? 絶対、ひいらぎちゃんにも似合うってばーー。もしかして持ってる? この雑誌ぃ」


 沢木さんが雑誌の表紙を見せてくれた。

 本屋さんで立ち読みしたことはあるけれど、買ったことはない。

 なんと言っても、着こなしているのはモデルさんだ。

 一般人が着ても借り物のようになるだけだと思うと、わざわざ本を買ってまで参考にしようとは思わなかった。


「ううん、持ってないよ」


 わたしは一瞬ためらいながらも、正直に首を横に振った。


「じゃーこれ、先月のだけどあげる。ファッション・ユー。このはの愛読書なのぉ。いろいろ参考になると思うわよぉー」


 ファッション・ユー。へえ、そうか、そうなん、だ……。

 って、えっ? それって……。

 昨日紅茶専門店ロランで、遥が仕事の話をしていた出版社の雑誌じゃないだろうか。

 裏表紙の隅に階英出版ってちゃんと印字されているのが目に飛び込む。


「あ、あの……。この雑誌って、どれくらい人気があるの? 」


 遥がモデルを引き受けた雑誌かもしれないのだ。

 いったいどれくらいの読者の目に触れるのか、とても気になる。

 ところが沢木さんは、わたしの質問になぜか完全に言葉を失ってしまったように黙り込んで、いぶかしげにじっとこっちを見ている。

 わたしとしたら何か変なことを訊いてしまったのだろうか。


「えーっと……。柊。この雑誌、知らないの? 」


 やなっぺが沢木さんの代わりに不思議そうにわたしを見て言った。


「い、いや……。知らないわけじゃないけど、どれくらい人気あるのかなって、そう思って……」


 人が恥を忍んで質問しているのに、よったんまであきれた表情で大きなため息をもらしている。


「ふうっ……。あんたほんまに女子大生か? この雑誌が人気あるかどうかなんて訊くまでもないことやろ? うちらのバイブルやで。今、あんたが見てたモデルも、めちゃくちゃ人気者なんや。CMにも出てるやろ? 」


 よったんが腕を組み、だめだこりゃ、とでも言いたげに投げやりに首を横に振った。


「そうそう。いつも特集やってる男女学生の今どきファッションコーナーなんて、この雑誌の名物企画で、みいーんな目を光らせてるのよぉ。このはの好みのイケメン君もいっぱいでてくるしぃ……。このコーナーに載りたくて自分から写真送って売りこんでくる子が後を絶たないって噂よぉ。……ってこのはも送ったんだけどさ。全く音沙汰なしなんだもん。失礼しちゃうし。あっ、そうだ。あたしの自己紹介、まだちゃんとしてなかったよね。あたしの名前、本当は沢木なんかじゃないからぁ。沢、木葉(このは)っていうの。ところがさぁ。だーれも、さわ、このはって呼んでくんないのぉ。さわき、ようさんって呼ばれてばかり。子どもの頃からずっとだよ。大学でもやっぱり、沢木、葉さん。んもう、いやになっちゃう」

「ちょい待ち、沢木のそんな話は今はどうでもええねん」

「あ、ごめーーーん。ファッション・ユーの話だったぁ」


 そっか、さわ、このはさんだったんだ……って、いや、そんなことより今はもっと大切なことが発覚しそうだ。

 なんだか、胸騒ぎがしてきた。

 これって、本当に遥が引き受けた仕事の雑誌なんだろうか。

 同じ出版社から別のが出てるかもしれないし、念のためもう一度質問してみることにした。


「もうひとつ訊いてもいい? あのね、この階英出版ってところから、他にも同じようなファッション誌って、出てる? 」

「ええ? どうかなぁ? このはは、これしか知らないけどぉ」


 沢木さんがかわいらしく首を傾げる。

 すると、よったんがその雑誌を手に取り、後の方のページをぺらぺらとめくって、うーーんと唸った。


「多分、ファッション誌は、これとジュニア用のがあるだけやと思うけど。それがどないかしたん? 」


 ということは……。

 やっぱり、これが遥の仕事の雑誌だったんだ。

 わたしはよったんに何て答えるべきか、言葉に詰まってしまった。




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