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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 ぜつぼう
126/269

126.早く返事をして その1

 仕事場から直接駆けつけた父と俊介おじさんが担当医に呼ばれて、たった今、診察室に入ったばかりだ。

 おばあちゃんは応急処置を施され、集中治療室の扉の向こうにいる。

 医師から親族に病状の説明があった後、息子である俊介おじさんの了承を得て緊急手術をすることになるらしい。

 わたしと綾子おばさんは一緒に救急車に乗り込んでこの病院に来た。

 母は卓の世話を希美香にゆだね、戸締りをした後、自分で車を運転して少し遅れて病院にやって来た。


 わたしが病院という空間に足を踏み入れたのは、綾子おばさんが卓を出産した時以来だと思う。

 消毒液のつんとした臭いと、慌しく行き交う看護師さんたちの足音だけがやけに大きく響くこの空間が、正直苦手だ。


 おばあちゃんは今、どうしているのだろう。

 痛くないのかな。苦しくないのかな。


 さっきCTスキャンで頭の内部を検査したと看護師の人が言っていた。

 脳内出血の疑い、というような内容を耳にしたような気もする。

 もしそれが本当だとしたら、素人のわたしでも、おばあちゃんがかなり危険な容態だと想像がつく。

 心臓がドクドクと早鐘を打ち始めた。 

 怖い。おばあちゃんがこのままどこか遠くの世界に旅立ってしまいそうで、どうしようもなく胸が苦しくなる。 

 しばらくして、父が神妙な顔をして診察室から出てきた。 

 わたしと母の顔を交互に見る父の目は、厳しい未来を暗示するかのような危うい光を放っていた。


「今から緊急手術だそうだ……。俺と俊介はこのままここに残る。おまえたちは一旦家に戻れ、いいな」 


 父の低くかすれた声が、ますます緊張感をあおる。


「おい、柊。遥はどうした。遥に連絡したのか? 」

「あ……。まだ、連絡してない」


 そうだった。まだ彼とは何も連絡を取っていないことに気付く。

 ほとんど意識がないおばあちゃんを浴室で発見してから病院に運び込まれた今まで、すっかり遥のことは忘れてしまっていたのだ。 

 一刻を争う状況で、孫の遥に知らせていないのは確かに不手際だった。 

 わたしはポケットの上から携帯のありかを探った。ところがいつもの場所に見当たらない。

 ばあちゃんの家に忘れてきたのかもしれない。

 いや、でも。そんなはずはない。確かにポケットにいれたはずだ。


「お兄さん、そのことなんだけど……」


 なかなか見つからない携帯を探って焦るわたしをよそに、綾子おばさんが疲れきった顔をして父に話しかける。


「さっき電話してみたの。そしたら、あの子、電話に出てくれなくて。仕事だか何だか知らないけど、何のための携帯電話なのか。あの子に限って、どういうわけかいつも携帯が用をなさないのよ」

「そうか。ったく、遥のやつ……」


 父も腕を組み、ため息をつくばかりだ。


「柊ちゃん、お願い。あなたから連絡してくれないかな? その方が、あの子の反応が早いと思うの」


 わたしはようやく探り当てた携帯を取り出し、こくりと頷く。


「あいつときたら。何やってるんだ……。じゃあ柊。早く連絡しろ。おばあちゃんの病名は、くも膜下出血だ。脳動脈瘤が破裂したらしい。今夜緊急手術だから、至急帰って来いと伝えてくれ」

「わ、わかった」


 くも膜下出血?

 聞いたことはあるけど、詳しいことはわからない。

 さっき耳にした脳内出血のことのようだ。

 外からはわからないが、頭の内部で出血が起こっているのだろう。


 エレベーターホール横の談話室に急遽移動し、携帯使用許可の張り紙を確認して、遥に電話をかけてみた。

 ところが……。

 やはり、誰も出ない。撮影が立て込んでると言っていたので、今夜もきっと手が離せないのだろう。

 さっき父に言われたとおりの内容をメールにしたためて送信ボタンを押す。

 これで完了だ。仕事の合間にでもメールを確認してくれれば、こちらの状況が伝わるだろう。

 大丈夫、と強がってみるけれど、平気な顔をして待つなんて、到底出来っこない。


 遥、早く。早く返事を頂戴。

 遥の声が聞きたい。

 一緒におばあちゃんの快復を祈って欲しい。

 何も返ってこない携帯を見つめ、ひたすら遥の返信を待った。


 さっき診察室から出てきた父と俊介おじさんは、ありえないほど顔色が悪かった。 

 血の気を失って、真っ青だったのだ。

 ということは。もしかして、おばあちゃん。

 命が危ないのだろうか。


 いや、そんなはずはない。

 今日の朝はあんなに元気だったのだ。

 おばあちゃんに限って、そんなことはない。絶対にない。

 何も心配ないと自分に言い聞かせているのに体中が震える。

 足がガクガクして立っているのが辛い。


 集中治療室前の廊下で、目を真っ赤にした俊介おじさんが、泣き崩れている綾子おばさんの背中をさすっているのが見えた。

 そしてわたしの父と母が呆然としてその場に立ち竦んでいる。

 その光景が、昔なつかしいセピア色の写真のように、わたしの目の前にぼんやりと写し出されていた。


 やっぱりそうだったんだ。

 おばあちゃんが、本当に危険な状態なんだと、改めて気付かされた。


 ああ、遥、お願い。早く返事をして。

 このままだと、おばあちゃんが、おばあちゃんが。


 天国にいってしまう……。


 わたしは廊下の隅でうずくまり、零れ落ちる涙を何度も何度も指でぬぐった。


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