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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 ぜつぼう
125/269

125.聞こえる

 図書館のアルバイトもついに明日で最終日を迎える。

 来週からは大学の講義が再開されるので、あさってには東京に戻る予定だ。

 やっと遥に会える。

 いろいろと制約はあるけれど、全く会えないわけではない……と思う。

 図書館で出会った人たちとの別れは辛く寂しい。

 でもそれよりも。遥に会える喜びの方がずっと大きい。


 大急ぎで夕食をすませ、おばあちゃんの家に向かった。

 日暮れが早くなった分、まだ七時だと言うのにあたりはすっかり暗闇で、夜の帳が目の前に広がっていた。

 今日は珍しく早出勤務だったため、帰宅時間が早かった。

 塾のバイトが無くなった九月以降は、遅出の勤務を中心にシフトに組み入れてもらっていたため、帰宅するのが十時を回ってしまう日がほとんどだった。

 せっかくの夏休みもこのような状況で、おばあちゃんと話をする時間がなかなか取れなかったのだ。

 罪滅ぼしの気持も込めて、今夜はおばあちゃんの家に泊まるつもりで準備して行った。


 大学のこと、アルバイトのこと。もちろん遥のことも報告する。

 おばあちゃんは遥の話をするととても喜ぶ。

 だって遥は、おばあちゃんにとって初めての孫だもの。当然の事だと思う。


 わたしには、柊が生まれた時が一番嬉しかったよと言ってくれるけど、それはおばあちゃんの優しさであって、実の孫には敵わないことくらい、ちゃんと理解している。

 だからこそ、わたしの愛する人がおばあちゃんの孫で本当によかったと思っている。


 蔵城と墨字の表札がかかった大きな門をくぐり、いつもおばあちゃんが過ごしている奥の居間をめざす。

 おばあちゃんの住んでいる母屋は、わたしの家とほぼ同じ作りになっている。

 玄関がまだすべて土間のままになっているところが、わたしの家との大きな違いだ。

 うちは土間を半分つぶして板の間に改築している。

 玄関めっちゃ広ーーい。まるで旅館みたいだね、と友だちに言われて、恥ずかしい思いをしたことも二度や三度ではない。

 でも土間はとても便利だ。

 ぬれたくつや傘も気兼ねなく置けるし、雨の日の洗濯干しにも都合がいい。

 子どもの頃、ここでままごとをしたり、なわとびをして遊んだのをふと思い出した。

 そういえば、堅い地面なのに、無理やり棒やスコップで穴を掘って、おばあちゃんに叱られたこともあったっけ。

 これはほとんど遥の仕業だったけど、逃げ足の速い遥に置きざりにされたわたしが、いつも叱られ役だった。


 九月もあと少しで終わる。

 時折り涼しい風が吹き抜ける土間に立って、おばあちゃん、と声をかけてみた。

 どうしたのだろう……。

 見慣れたサンダルがきちんと揃えてある。

 おばあちゃんが中にいるという証拠なのに、返事がない。


「おばあちゃん、来たよー! ひいらぎだよ! 」


 いつもなら、にこにこしてすぐにここまで駆けてくるのに、何も反応がないのだ。


「おばあちゃん? おばーちゃーーん! 」


 何度呼んでもダメだ。返事もなければ足音も聞こえない。

 来る途中、通り過ぎた畑にもおばあちゃんの姿はなかった。

 だからきっと、この家のどこかにいるはずなのに。


「おばあちゃん、入るよ! 」


 そう言ってサンダルをぬぎ、素足のまま長い廊下を歩いて、奥の居間に向った。

 昼間でも薄暗い居間の電気はついている。

 けれど。やっぱりおばあちゃんはそこにいなかった。


 今朝バイトに行く前に、今夜おばあちゃんちに遊びに行くからねと言っておいたのに、どうしていないのだろう。

 急用が出来て隣の遥の家に行ってるのかもしれない。

 それとも、もしかして、入浴中なのかな?

 おばあちゃんは、夕食も入浴タイムもとても早い。

 わたしの就寝時刻がおばあちゃんの起床時刻ってこともよくある。


 ということは……。


 台所の裏手にある風呂場にいるのかもしれない。

 きっとそうだ。わたしが来るまでにすっきりと汗を流そうと思って、入浴中に違いない。

 わたしは、おばあちゃんおばあちゃんと何度も呼びながら風呂場に向かった。


 何かが違う。いつものおばあちゃんの家じゃない。

 土間と違って、部屋の中はまだまだ暑い。今日は真夏がぶり返したような一日だった。

 首筋にまとわりつく髪が不快感を煽る。


 ジージーと音がした。耳鳴りだろうか? それとも、虫の鳴き声? 

 さっきから確かに何かが聞こえるのだ。

 それはとても低い音。扇風機のモーター音のようにも聞こえる。

 それとも遠くを走る車の音? 

 な、なんだろう。


 わたしはいつになく不安になり、廊下で立ち止まり耳をそばだてた。


 足を運んだ台所にも風呂場にも、灯りは点いていなかった。真っ暗だ。

 ここにもおばあちゃんがいないということは。

 やっぱり遥の家に行っていると考えるのが妥当だろう。


 いや、でも。

 それは違う。

 おばあちゃんは今までにわたしとの約束を破ったことはない。

 もし家を空けるなら、連絡してくれるはずだ。


 室内の空気がおかしい。様子が……違う。

 ぽちゃんと音がした。

 わたしは飛び上がるほど驚いて振り返る。あれは、天上のしずくが湯船に落ちる音だ。

 ひとつ、ふたつとしずくが落ちる……。

 そして、合間にかすめる低い音。


 誰かいるの?


 脱衣所のカゴをまたぎ、暗い風呂場をのぞいた。

 すると、湯船に人影が浮かぶ。


 誰? おばあちゃん?


 扉の横にある風呂場の電気をつけてもう一度中を確かめる。

 やっぱりおばあちゃんだ。

 おばあちゃんがそこにいた。


 湯船につかったまま浴槽の淵を両手で掴み、そこに頭を載せて低くうめいているおばあちゃんがいた。


「おばあちゃん! どうしたの? ねえ、おばあちゃん! 」


 わたしは咄嗟に、風呂桶の栓をはずしてお湯を抜き、おばあちゃんの肩にバスタオルを掛けた。

 これで、おぼれる心配はない。

 病人やけが人をむやみに動かしてはいけないとどこかで聞いたのを思い出し、おばあちゃんをそのままにしてすぐに携帯を握って母に電話で知らせる。


「母さん、大変。早く、早く来て! おばあちゃんが。おばあちゃんが」


 携帯を片手にもう一方の手で風呂場の窓を全開にする。

 そして隣の堂野家に向かって、誰か来て、助けて、と大声で叫んだ。



 母が呼んだ救急車がやっと到着した。

 実際はそんなに時間はかかってないはずなのに、待っているのはとてつもなく長い時間だった。 


 おばあちゃんは救急隊員の手によって担架に乗せられ救急車内に運ばれる。

 車内で応急手当てを受けた後、隣町の総合病院に搬送された。


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