124.なんかあの人、好きじゃないわ その2
「ふーん、そうなんだ。ご家族に何もなくて良かった」
「ご心配をおかけして、すみませんでした」
「そっかー。芸能関係の仕事って、未知の部分も多いし。堂野さんのご両親もさぞかし心配でしょうね」
「ええ、まあ……」
「でも、ホントに驚いた。あなたも彼のこと、もっと自慢して職員中に言いふらしてくれたらよかったのに。でもあたしも鈍いわよね。あなたと彼が同じ大学に在学中だっていうのに、何もピンとこなくてさ。おまけに、さっき携帯でファンサイト見てみたら、彼も西山第一高出身って載ってて。ほんと、あたしって、こういう芸能ネタには疎いのよね。ここの職員として、すべての情報にくまなく精通してなくちゃならないのに、こんなんじゃ司書失格だわ。ねえ、そうでしょ? 」
司書が芸能ネタに詳しくなければいけないなんて、聞いたことがない。
日々移り変わる情報をすべて把握することなんて不可能だ。
それもこれも、完ぺき主義、江島さんならではの回答なのだろう。
江島さん自身も西山第一高の卒業生だ。
先日わたしが後輩だと知ってからは、ますます親切に仕事の指導をしてくれていた。
このあたりでは、通える高校の数もしれている。
道行く人五人くらいに訊ねれば、必ず一人は同窓生にぶち当たるくらい卒業生が多く、珍しくもなんともないのだけれど。
「ああ、なんか今日は、いいことありそう。だって正真正銘、本物の堂野遥、じゃなくて、堂野君に会えたんだもの。ホントにかっこよかった。惚れ惚れしちゃったし。でもやっぱり血は争えないわね。蔵城さんと、なんとなく似てるような気がしたんだけど」
また似てるって言われた。高校の時もやなっぺの第一声がこれだった。
親戚だというと、やっぱりね、という言葉ももれなく付いてくる。
血のつながりはなくても、父と遥のお父さんがよく似ているので、自然とわたしたちも似てしまったのだと思う。
父が言うには、同じ釜の飯を食べると見かけも中身もそっくり似てしまう……ということらしい。
こうなるとメンデルの遺伝の法則も何もあったものじゃない。
これ以上詮索されたくなかったので、そうですねと曖昧に返事をし、とにかくその場をやり過ごすことに気持を集中する。
「彼って、少年のような危うさと大人っぽさが同居してるのよね。魅力的だわ。蔵城さんも、そう思うでしょ? 」
「あ、そ、そうですね」
もちろん、彼の魅力はわたしが一番よくわかっているつもりだ。
どこまで江島さんに同調するべきか、さじ加減が難しい。
「えーと、雪見なんとかって人と付き合ってるんじゃなかった? 違う? これだけは前に雑誌を見たし、テレビでも言ってたから、あたしだって知ってるのよ。もし二人が結婚なんてことになったら、あなたも式にでるのでしょ? 雪見なんとかさんとも親戚になるのよね? でも……。なんかあの人、好きじゃないわ。ツンと澄ましていて、プライド高そう! 」
え、江島さん……。
もちろん、しぐれさんがそんな風に誤解を受けやすいタイプだというのは、百も承知だ。
特にあの時のテレビ映りは、そのように受け止められても仕方ないくらい、無表情で冷たい印象を残してしまっていた。
でも、だからと言って、何もそこまで言わなくてもいいのに、と思ってしまう。
江島さんはしぐれさんの本当の姿を知らないから、仕方ないのかもしれない。
けど、本来のしぐれさんは、もっと自然体で、そしてやさしくて、きれいで、品位もあって……。
もうこの話は終わらせた方がいいと頭ではわかっていても、しぐれさんをかばう気持が勝手に溢れてきて止まらない。
「あの、そんなことないです。しぐれさんは、しぐれさんは……。本当は、とってもいい人で、やさしくて……」
「しぐれさん? そうそう、思い出した。彼女、雪見しぐれって名まえだったわね。で、蔵城さん。彼女のことも、もう知ってるの? それってすごくない? 」
江島さんの言葉にのせられて、ついつい余計なことまでしゃべってしまったみたいだ。
「あっ、はい……。東京では、その、仲良くしてもらってて。今でも時々メールしたり……。でも、ほんとにしぐれさんは普通の人なんです。テレビでは冷たい感じに見えるけど、普段は表情豊かで、とても優しい人で。料理も上手なんです」
世間一般でささやかれているツンとしてプライド高いお姫様という像は、あくまでもテレビ画面の一部を切り取られて捏造された彼女のイメージだ。
テレビに映し出された状況をそのまま受け取った江島さんに罪はない。
世間の人々は、きっと江島さんと同じ感覚を持っているのだろうと、改めて痛感する。
「へえーー。そうなんだ。にしても蔵城さん。すごいよね。今話題の渦中にある人たちとつながりがあるなんて」
「いえ、そんな。たまたま、です」
「たまたまだなんて。あたしなんてたまたまの出会いなんて全く起こらないわよ」
「あの。しぐれさんと親戚の大学の先輩がいて。その人のつながりで堂野遥もわたしも彼女と知り合うようになって……」
「なるほどーーー。やっぱ東京だね。スケールが違うわ。そっか、そんな出会いがあって、あの二人が結婚するのね……」
真実を知らない江島さんは何のためらいもなく、遥としぐれさんが結婚するという前提で話をする。
悲しいかな、この部分を否定することは、今の私には許されていない。
苦笑いをしつつも、彼女に同意するしか道はないのだ。
図書館の周囲の繁みから虫の音が聞こえる。
いつの間にかすぐそこに秋が忍び寄ってきているというのに、遥との距離はどんどん広がって行くばかりだ。
遥が記者に尾行されていないことを祈りつつ、足早に図書館を後にした。