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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 ぜつぼう
119/269

119.親心 その1

「柊……。おまえ、遥とうまくいってるのか? 」


 ようやく信号が青になり、車が徐々にスピードを上げる。

 少し落ち着きを取り戻した父が、前を見たまま冷静な口調で訊ねた。

 もしかして父は、これが聞きたいがために車を出してくれたのだろうか。

 用事は口実で、わたしと二人きりで話がしたかったのかもしれない。


「父さんには、おまえたち二人がうまくいってるようには見えないぞ。おまえの笑顔もめっきり少なくなったし……。何かあったのか? 母さんも心配してるぞ」


 長野でやなっぺに言われたことを、そのまま父にも指摘されてしまった。

 わたしって、そんなにもわかりやすい態度を取っていたのだろうか。

 両親の前では、いつもどおりに振舞ってきたつもりだったのに、全て見抜かれていたとでも?


「あいつがそんなくだらない奴だったとは思いたくないが、柊をたぶらかした挙句、用済みになって捨てた……とかいうんじゃないだろうな? 」


 父の運転が、またもや乱暴になってきたように思う。

 ハンドルにかけた指が気ぜわしく上下に動き、イライラしている様子が伝わってくる。


「それは違う! 遥はそんな人じゃない。父さん、お願い、遥のこと信じて。確かに今は、いろいろ事情があってしばらく会ってないけど。でもわたしたち、離れていても気持ちは繋がってる。遥はね、仕事をきちんとして、もっともっと経済力をつけて。父さんにわたしとのことを認めてもらおうと思って、一生懸命がんばってるの。だからわたしも、多少の寂しさは我慢するつもり。そういことだから」


 わたしはきっぱりと言い切った。

 牧田さんに言われた内容には触れなかったけど、嘘は言っていない。


「それは本当なのか? あいつは本当に、おまえを大事にしているんだな。それならいいが……」

「本当だってば」

「父さんはな、柊にだけは、絶対に幸せになってもらいたいと思ってるんだ」

「父さん……」


 急に勢いを失った父をそっと覗い見る。

 父はこの上なく寂しそうな目をフロントガラスに向け、淡々と話し続けた。


「やっとのこと、おまえを授かって、喜んだのも束の間。なかなか次の子が出来なくてな……。母さんには、それはそれはかわいそうな思いをさせたんだ。あれは無類の子ども好きだろ? 」


 確かに母の子ども好きは誰もが認めるところだ。

 昔、保育専門学校を卒業した母は、保母の資格を持っている。


「今は保母さんとは言わないの、保育士と言うのよ」


 と笑顔で話しているのを、つい最近も聞いたばかりだ。

 実際に現場に出て働くことなく父と結婚したので、子育てが母の保育士としての唯一の実践の場だったのだろう。


「父さんが子どもは柊一人で十分だよと言っても聞き入れなかったんだ。柊を一人っ子にさせたくない、是非とも姉妹を作ってやると言ってきかなかった。不妊治療も受けたし、あれこれと民間療法もためした。でもとうとう、二人目の子供は授からなかった。それ以来二人で決めたんだ。柊を大切に育てて、世界一幸せな娘にしてやろうって。自由になる金はなくても、精一杯の愛情を注いで心豊かな人間になるように、ってな。姉妹、兄弟がいないぶん、おまえが寂しくないように、遥や希美香もひっくるめて一緒に育てようと今までやってきたんだ。それが……だ。良かったのか悪かったのか、娘のためによかれと思ってしてきたことが、こんな結果になって返って来るとはな。誰が何と言おうと、許せん! 遥の野郎、よくもかわいい我が娘を手篭めにしやがって……」


 涙が溢れそうになるのをどうにか堪えて、父の言葉をひとつひとつかみ締めて聞いたのだが。

 手篭めに……は、ない。あまりにもひどすぎる。

 遥は決して無理強いはしなかったし、どこまでも紳士で、わたしの気持を尊重してくれた。

 ここは何としても彼の潔白を証明しなければならない。


「父さんのわたしへの気持ち、わかった。こんなに幸せな娘は、日本中探したって、そんなにいないよ。父さん、心配かけてごめんね。でもね、遥のこと、あまり悪く言わないで。遥はその……。手篭めにしたり、とかはないから。絶対にありえないから。そうだ、父さん。もしかしたら、わたしが遥の気を引こうと色っぽく迫ったのかもしれないよ? 」


 きっとそうだ。

 自分でも気付かないうちに、女の魅力全開で遥を誘惑していたのかもしれない。


「お、おまえなあ。自分のことわかって言ってるのか? それこそ、ありえないだろう。母さんも綾子さんも言ってたぞ。遥がおまえのどこに女を感じたのか、今でも謎だとな。おまえたちはずっと一緒にいたから、適当に近場で手を打った。他を見るチャンスがなかったんだ。結局、視野が狭いだけ……ということだ。そうだろ? 違うとは言わせんぞ。それに父さんは、おまえが男を誘惑するような、そんなふしだらな娘に育てた覚えはない! 誘惑なんて芸当、おまえに出来るわけないだろ! 」

「た、多分……」


 父の怒声にびくっとして、思わず肩をすぼめる。

 もちろんわたしは、ふしだらな娘ではない、と思う。

 でも結果は……。

 決して品行方正な箱入り娘のまま、今を迎えているわけではないけれど、乱れきった秩序の無い生活をしているわけでもない。


 そうか、わたしが男性を誘惑するという逆パターンは、やっぱりありえないのか……。

 確かに、父の言うとおりだ。

 遥がわたしのどこに魅力を感じているのか、未だにわたし自身もわからないままなのだから。


 それにしても、失礼ではないだろうか。

 みんな揃いも揃って、わたしに女としての魅力がないと思ってるだなんて、こんな残念なことはない。

 遥がわたしでいいって言っているのだから、外野は黙っていて欲しい。

 東京ではこれでも、いろんな人にかわいいねって言ってもらえるんだから!


 わたしは父に見破られないようにこっそりと頬を膨らませ、年がいもなく反抗期の子どものようにすねてみた。

 

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