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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 ぜつぼう
118/269

118.かわいそうな赤信号 その2

 わたしは牧田さんに言われたことを全て包み隠さずやなっぺに話した。

 遥が雪見しぐれと付き合っているという方向で話がまとまった本当の理由も。


「なるほど……。そうだったんだ。柊も、苦労するね。堂野も、なんでまたそんなどろどろした世界に飛び込んじゃったんだろうね。あいつもバカじゃないし、きっと柊の行動を見て、それとなく真実を察してるんじゃない。それでなかったらあいつ、なりふり構わず、すぐにでもあんたのところに飛んで帰ってくるはずでしょ? おとなしく待ってるタイプじゃない。にしても、まいったなあ……。とても素人には太刀打ちできない問題だよね。どうしよう。困った、困った」


 やなっぺと藤村の恋の進展を祝って陽気に飲み明かす予定だったのに、わたしのせいでせっかくの場が重い空気に包まれる。

 続きはホテルで飲みなおそうと決め店を出た時、まだ夜の九時を回ったばかりだった。

 ホテルに着くや否や、やなっぺの携帯にメールが届いた。

 やなっぺの顔がぱっと輝く。


 明日の午後なら自由時間をもらえそうだと嬉しそうに伝えてきたのは、やっぱり藤村だった。

 ということは……。ここは友人として大いに気を利かせるところだろう。

 わたしの器量が試される場面でもある。

 明日の朝、ホテルをチェックアウトした後、わたしだけ一人で先に家に帰ろうと密かに計画を企てる。 留学するまでに、彼女の長年の恋心が少しでも進展することを祈って……。



 予定通り、やなっぺより一足早く旅行から帰って来たわたしは、次の日の朝、いつものように七時に起きて弁当を用意し、図書館のバイトに向う準備をしていた。

 玄関で腰を屈めサンダルのストラップを留めていると、背後に誰かの気配を感じた。


「送ってやる」


 父だった。ついさっきまでパジャマ姿で新聞を読んでいたはずなのに、いつの間に着替えたのだろう。

 いつもより少しカジュアルな装いで身支度を整えた父が、ぶっきらぼうにつぶやく。

 なぜか遥の口調にそっくりだった。


「送ってくれるのは、嬉しいんだけど……。でも父さん、仕事は? 今日は平日だよ? 」


 父は市役所勤務をしている地方公務員だ。

 勤務時間もきっちりしていて楽な職場の代表格のように(ちまた)では言われるけれど、あいにく父の部署は休みも少なく残業も多い。

 人員削減の余波で日曜祝日の出勤も多く農作業も思うようにならないと、昨夜遅くに晩酌をしながら洩らしていた。


「仕事か? それなら心配いらない。久しぶりに休暇を取ることにしたから。たまには休まんとな。図書館の近くに用があるから、乗っていきなさい」


 父は玄関脇にぶら下げている車のキーを素早く掴み、瞬く間にわたしの横をすりぬけて家の裏手にある車庫に向って行った。

 父はこうと決めたら、異常に行動が早い。

 それに合せて周りの者もさっさと動かないと、いわれの無いとばっちりを受けるのはいつものことだ。

 わたしはサンダルのストラップのサイズを調整する間も与えられないまま、父の後を追って家を飛び出した。


 同じ世代の友達が、臭いだのだらしないだの、みな口をそろえて父親を非難するけれど、わたしは父との関係は決して悪くないと思っていた。

 学校であったこともすべて話すし、父も職場のおもしろい仲間のことや自分の子供時代の話なんかを、いろいろ聞かせてくれたりした。

 少なくとも、東京に行く前までは、とても良好な父娘の関係だったと思っていた。


 ところが遥との一件が明るみに出て以来、父が寡黙になったような気がするのだ。

 夏休みになり実家に帰って来てからも、ほとんど会話がない。

 まだ遥とのことを怒っているのだろうかと勘ぐってしまうくらい、機嫌が悪い。

 父と車の中で二人っきりになっても何も話すことはなく、気まずさだけが車内に充満してきて、居心地の悪さは天下一品だ。


「長野はどうだった? 」


 父の一言で、やっとのこと重圧から解放される。


「うん、まあまあ楽しかった。夜はこっちより涼しいよ」

「そうか。昔、おまえと遥と希美香を連れて、よくスキーに行ったな。栂池(つがいけ)、白馬、志賀……。そうだ、野沢温泉にも行ったよな? 」

「……そうだね」


 ただ昔の話をしていて、遥の名前がひょっこり顔を覗かせただけなのに。

 心臓が小さく、トクンと鳴る。顔が熱い。

 たったそれだけのことで落ち着きを失くし、そわそわしてしまう。

 父がそんなわたしの様子を横目でちらりと見たあと、つけていたFMのスイッチを切った。


「なあ、柊。なんで遥はまだ帰って来ないんだ? 隣に電話もかけてこないそうじゃないか。綾子さんも嘆いているぞ。おまえもおまえだ。どうして遥を東京に一人残しておくんだ。あいつのこと、見てやらんでいいのか? 」

「それは、その……」


 まさか父がそんなことを言い出すなんて思ってもみなかった。

 わたしが一人で実家に戻ったことが気に障ったのだろうか。

 わたしだけでも帰省した方が父も安心するだろうと思ったのは、間違いだったようだ。


「あのね、父さん。遥と一緒にいてもよかったんだけど、一日でも早く、父さんや母さんやおばあちゃんに会いたかったし……。遥はね、多分、もうすぐしたら帰って来るはず」

「もうすぐって、いつだ? もう九月だぞ。夏休みが終わってしまうじゃないか! 」


 父さんの荒々しい声が胸に刺さる。


「父さん、あ、あのね、遥ったら、急に仕事が忙しくなって。休みが取れないみたいなの。それに、わたしが一緒にいたって、邪魔になるだけでしょ? 」


 差しさわりのない答えを返したつもりが逆効果だった。

 父の鼻息は、ますます荒くなる一方だ。


「遥がおまえを邪魔者扱いにしたのか? どういうことだ! けしからん奴だな。大方、あのきれいな女優と噂されて、鼻の下でも伸ばしてるんだろう。今度こそ一発殴ってやるからな。遥の奴、覚えておけよ。……ったく、遥の野郎め、クソっ、また赤信号か! 」


 よりによって信号に差し掛かるたび、赤に変わっていく。

 何の罪もない信号には気の毒だが、しばらくの間、父の悪態が静まることはなかった。


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