113.藤村応援団、ただいま参上! その1
やなっぺが今でもずっと片思い中の彼……藤村は、高校時代も中学から引き続いて遥と一緒にバスケをやっていた。
西山第一高校の男子バスケットボール部が県大会でベスト4に残ったのも、すべて藤村の活躍のおかげだったといまだに語り継がれている。
遥もメキメキと実力をつけて藤村といいコンビを組んでいたのだけれど、藤村には天性の素質というか、生まれ持ったバスケのセンスがあったのだと思う。
遥との実力差は歴然としていて、藤村のプレーが強豪バスケ部を抱える地元の体育大学の目に止まるのに、そんなに時間はかからなかった。
特別推薦枠でその大学に進学した藤村は、まだ二年生にもかかわらず先輩たちを差し置いて、学生選抜チームのメンバーに選ばれたのだ。
遥が自分のことのように喜んでいたのはついこの間の出来事だった。
高校の時に何度か試合を見に行ったことがあったけど、それはもう惚れ惚れするような軽快なフットワークの連続で、そこから生み出される流れるようなシュートは、あきらかにスポーツの域を超え、芸術としか言いようがないほどの素晴らしい瞬間だった。
ボールを追っている藤村は、普段わたしたちに見せているひょうきんでのんびりしたキャラは微塵も感じさせないほどの完璧なスポーツマンに変身する。
あっ、もちろんわたしは、遥の応援のために試合会場に足を運んでいたのは言うまでもない。
ところが残念ながら遥は、藤村ほど活躍の場が与えられたわけではなかった。
いくら一般的には背の高い部類であっても、相手校の長身選手に混じれば埋もれてしまう。
身長の不足分を持ち前の瞬発力と頭脳プレイで補い、司令塔的役割を果たしていた。
それは監督も部員も皆が認めていた事実だったのだが……。
そんな遥と藤村に、中学の時とは真逆の現象が巻き起こっていた。
藤村のモテっぷりがそれはそれはすごかったのだ。
遥の何倍も人気があったように思う。
中学の時、あれほど面白キャラで売っていた遥が一転して無口で無愛想になり、一方ますます明るさを増し自信に満ち溢れた藤村が人気者に昇格するのに、そんなに時間はかからなかった。
他校の女子高生おっかけファンの人数は、遥とは比べ物にならないほど藤村が勝っていた。
周りからちやほやされタレント並みの扱いを受けたにもかかわらず、意外にも浮き足立った様子を見せることがなかった藤村。
当時、地道にこつこつと練習に打ち込んでいた藤村がいたからこそ、今の彼があるのは誰もが認めるところだ。
これはやはり、夢美への一途な思いが彼をそうさせたのだろう。
それに気付いていたやなっぺが、どんな気持だったのか。
彼女の心中を思うたび、わたしの胸は切なさで張り裂けそうになるのだ。
やなっぺ情報によると、本日藤村の学生選抜チームは、実業団リーグのひとつと対戦するらしい。
実業団には全日本代表メンバーも含まれていて、所詮学生の寄せ集めでしかない藤村たちがツワモノを相手にどこまで食いついていくかが注目されている。
当然コテンパンにやられるだろうことは簡単に予想がついていた。
勝負に勝つことよりも、強いチームと戦うことそのものに意味があるのだろう。
こつこつと経験を積み、実力をつけていくのだ。
鬼ごっこやかくれんぼをして一緒に遊んでいた幼なじみが、こんなにもがんばって活躍しているというのを目の当たりにするにつけ、わたしは大学生にもなって、いったい何をやってるんだろうと毎回自己嫌悪に陥る。
ただ漠然と学校に行って淡々とした毎日を過ごし、生活のためにバイトに明け暮れる日々に不満があるわけではない。
結婚の約束をしている遥との幸せだった日常にも感謝している。
けれど、自分だけがどんどん周りから取り残されていくような不安や焦りをますます感じるようになっていた。
遥との些細ないざこざに一喜一憂するだけの、取るに足らないどうってことのない人生に、今後何か価値を見出せるのだろうか。
これが本当にわたしが望んだ大学生活だったのだろうかと、疑心暗鬼になる自分がいる。
ホテルにチェックインを済ませ荷物をフロントに預けたあと、やなっぺとわたしは足取りも軽く、体育館に向うバスに乗車した。
ところがここで、予期せぬ問題に直面することになる。
最新の設備が施され、洗練されたフォルムを惜しげもなく晒す立派な体育館が、まるで要塞のように立ちはだかり、わたしたちをシャットアウトするのだ。
「申し訳ありません。関係者以外、館内立ち入り禁止になっております」
胸に顔写真入りのIDカードをぶら下げた係員に、体育館内への入場をいとも簡単に阻止されてしまった。
「そんなあ……。せっかく遠くから来たのに。なんでだめなんですか? 」
ここまで来て、やなっぺがあっさりと引き下がるわけがない。
今にも泣きそうな顔になりながらも、必死で係員に食い下がる。
公式試合ではないので観覧席チケットの販売はない。
なんとしても今ここで中に入れてもらわなければ、藤村に会えないままになってしまう。
こんなことになるなんて全く考えてなかった。
突然の事態になすすべもなく、途方にくれるばかりだ。
扉の向こうからは応援の声が聞こえる。
きっと、あらかじめ入館を許可されている家族や関係者がいるのだろう。
ならば、もう少し粘れば入れるのではないか。
わずかばかりの期待を胸に、その場で踏みとどまった。