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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 ぜつぼう
110/269

110.悲しみのゆりかもめ その2

「そうは言ってない。ただ、しばらくは、彼と会わないで欲しいの」

「そんな……」

「柊さん、聞いて。もし今ここで、新たなスクープ映像を撮られでもしたら、あたしはもちろん、出版社も事務所も大変なダメージを受けることになる。今後は堂野君も個人的に記者からマークされると思うから、慎重になる必要があるの。出る杭は打たれる運命なのよ。新人を引き摺り下ろすのなんて、簡単だもの。それを狙ってるライバル誌の出版社もあるわけだから、下手な動きは禁物ってこと」


 そう言って、ますます声をひそめた牧田さんが、わたしの後ろの方をそっと指差す。


「あそこに座ってるTシャツにジーンズのメガネの人。彼もそうよ。わたしを追ってきたわ。この店が満員だったおかげであんなに離れたところに座っているけど……。だから、お願い。今日はこのまま堂野君に会わずに帰って欲しいの。急用が出来たとか、何でもいいから理由をつけて会えないことにしてくれない? 私も彼にそう伝えるし、あなたからも堂野君に連絡入れてくれると助かる。それと、近いうちに堂野君には、きちんと理由を説明する。それまでは、とにかく二人で会うのは避けて欲しいの。勝手なお願いなのは百も承知だわ。柊さん。だめかしら? あたしの願いを聞き届けてくれない? 」


 牧田さんはいったい何を言っているのだろう。

 遥と会えないだなんて、意味不明すぎる。

 でも、もしわたしと一緒のところを写真を撮られるような事があったら、いろんな人に迷惑をかけてしまうらしい。

 今だけ我慢すればいいと、彼女がそう言った。

 電話やメールまで禁じられたわけではない。

 それに、別れろと言われたわけでもない。

 報道されたとおり、遥としぐれさんが恋人同士だと装い、記者の目をごまかせばいいのだ。


 そうとわかっていても、苦しさは増すばかりだ。

 どうすればいいのだろう。いったいどうすれば……。


 わたしに重なった牧田さんの冷たい指先が、かすかに震えているのがわかった。

 牧田さんも困っているのだ。

 わたしに全てを告げるのは苦渋の選択だったに違いない。


「わかり……ました」


 テーブルの上を滑らせるようにして牧田さんから手を離し、膝に視線を落として頷いた。


「今日は……。今日だけは、このまま実家に帰ります。牧田さんのおっしゃるとおり、遥には会いません。でも、ずっとこんなのは嫌です。彼と会えないなんて、無理です」

「柊さん……」

「あの……。お願いがあります。東京で遥と会うのが許されないなら、彼を実家に帰してください。一日でいいんです。いや、半日でも」


 牧田さんとて、事務所の方針に逆らえないだろうことは百も承知だ。

 にもかかわらず、そう訊かずにはいられなかった。

 実家で会うのなら誰の目にも触れない。

 これくらいの願いなら聞き届けてくれるかもしれないと最後の賭けに出た。


「実家に? 」


 牧田さんが、あきれたように目を丸くしてわたしを見た。


「それはだめよ。記者はね、どこにだって堂野君を追ってついて行くわよ。あなたと一緒のところを見られでもしたらどうするの? 」

「え? でも、家の中なら見られることはないと思うんですけど……」

「堂野君が帰省したのを待ち構えていたようにあなたが彼の前に姿を現したとしたら。これって記者にとっては、願ったり叶ったりのスクープってことになりかねないわけだし……。慎重になった方がいいと思う。ちがうかしら? 」

「牧田さん。もしかして、遥から何も聞いてませんか? 」

「何? それって、どういうこと? 」


 わたしに一筋の光が見えたような気がした。

 牧田さんはわたしたちが住んでいる実家の状況を正しく把握していないのでは、と思ったのだ。


「あの、実は、わたしと遥の実家はすごく近所なんです。同じ敷地内に住んでいるので、お互いがどっちの家に居ても、別に不思議でもなんでもないんです」

「そ、そうだったの? 」


 牧田さんの目がますますまん丸になって、大きく見開いている。


「そんなこと、全く知らなかった……。堂野君、何も言ってくれないんだもの。そっか、同じところに実家があるのね。なら話は早いわ。オフになったら彼が実家に帰るように取り計らってみるわね。なあーーんだ、そうだったの。親戚同士だとは聞いていたけど、住んでるところも一緒だとは……。ねえねえ、あなたたちのご両親が兄弟なのかしら? 」

「それは違います。昔の話しになるのですが、わたしたちの曽祖父が兄弟だったと聞いています」

「へえー。なんか代々伝わる家系図の話しみたい。それに同じ敷地内って、あなたたちのご実家、どれだけ広いのかしら。東京の下町で育ったあたしには、想像もできない世界だわ」

「あの、是非牧田さんも遊びにいらしてください」

「ありがとう。仕事が落ち着いたら……って、今はそれどころじゃないけど。でもまあ、実家に帰省するっていうのはカモフラージュになるかも。たとえ記者がそこに乗り込んでも、近所で聞き込みをすればあなたたちが親戚なのは一目瞭然なわけだし。変な噂の心配もなさそうね。御実家であなたたちが会えるように、上に掛け合ってみることにするわ。ここはお姉さんにまかせなさい! 」


 急にいつものように明るいテンションに戻った牧田さんが、得意げにポンと自分の胸を叩く。

 私に任せておいてと言って立ち上がり、伝票を手にした彼女が颯爽と会計を済ませる。

 そして再び撮影現場へと戻って行った。


 わたしはバッグから携帯を取り出し、嘘のメール文を組み立てる。

 塾から急な呼び出しがあって、会えなくなった。ごめんね……と。


 胸がぎゅっと締め付けられて、涙がこぼれそうになる。

 このまま牧田さんを追いかけて、ひと目だけでも遥に会わせてとすがりつきたい気持になった。

 でも、それは出来ない。

 わたしの分別をわきまえない行動で全てを壊すことは、絶対にあってはならないことなのだ。

 送信ボタンを押し携帯の電源を切った。

 今から実家に帰りつくまで、遥との連絡を絶つべきだと本能的に思った。


 さっき新幹線で降り立ったばかりの駅を目指して、再びゆりかもめに揺られ、テレビ局の社屋を窓越しにぼんやりと眺めていた。


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