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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 あこがれ
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11.よったんと沢木さん その1

 これは夕べあったことを、あくまでも客観的に話した直後の彼女のリアクションだ。

 やなっぺが親身になって、まるで自分のことのように怒ってくれたのが嬉しかった。

 それだけで、胸につかえていたものがすーっと下りて、軽くなったような気がする。

 高校時代、いろいろな理由で遥とのことをあまり表沙汰にできないでいるのを、無条件に理解してくれて、いつも真っ先に助け舟を出してくれていたやなっぺ。

 遥とわたしとやなっぺと藤村の四人組で、常に一緒に行動していた高校時代が脳裏によみがえる。

 なんかとってもキラキラしてて、今までの人生で、一番輝いていた毎日だったように思う。

 やなっぺは今、未来の自分の夢を実現させるため、美大でデザインの勉強をしている。

 築二十年以上経つけれど、そうは見えないおしゃれな一戸建に住みながら、学生生活を満喫しているのだ。

 有名な建築家が設計したというこの家は、自然素材をふんだんに使い、他に類を見ないほどの凝った作りの建築物だ。

 やなっぺを含む三人の美大生でシェアして住んでいる。

 都内なのに庭もあり、モダンな作りなのに、どこかなつかしい感じがするとても不思議な家だ。

 この家の特性を理解し、賛同してくれる人になら貸してもいいという大家さんのユニークな発案で、美大生三人の住まいとして特別に許されたのだという。

 連れ込み事件のほとぼりが冷めるまでの数日間、取りあえずわたしは、やなっぺに甘えることにした。


 その夜は歓迎パーティーが開かれた。歓迎されてるのは、もちろんこのわたし。

 ここにいる理由が理由なだけに歓迎会など華々しい催しは丁重に辞退したのだけど、やなっぺの同居人たちが、許してくれなかったのだ。

 やや後ろめたくはあるのだけど、どういうわけか女ばかり四人の空間が新鮮で心地いい。

 こういう仲間との同居生活もありだなと、妙に納得してしまった。


 さっきからヒリヒリと、背中に誰かの視線が突き刺さるのを感じる。

 一階の吹き抜けのリビングは、同居人みんなの社交の場となっていて、ここで食事をしたり、テレビを見たり、あるいは客人をもてなしたりするようだ。

 で、わたしの背中に感じる冷たい視線の正体は何かというと。

 遥がモデルを務めた、例の伝統和菓子協会のポスターだった。


 初めてのモデル騒動の渦中、話を聞きつけたやなっぺが同居人に自分の友人を自慢したいからと、わたしのところに二枚あったうちの一枚を強奪するように持ち帰ってしまったのだ。

 話しても誰も信じてくれない、これを見せれば納得してくれるはずと言って、意気揚々と持ち帰ったあの一枚だ。

 そこにいるはずのない遥の強烈な視線を背中に感じつつも、丸一日何も食べていなかったわたしは、やなっぺ特製たらこパスタで空腹を満たし、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


「このカレシが、オンナを連れ込むとはねえ……。でもさ、その女の先輩とは、なんでもないんちゃう? きっと先輩にからまれて、逃げられへんかっただけやと思うで。まあ、そんなとこやろ。心配いらんな! 」


 ポスターを見ながら関西弁でそう言ってくれるのは、よったんと呼ばれている大阪出身の背の高い和風美人だ。

 真っ黒のストレートの髪を肩の下まで垂らし、切れ長の目が神秘的に見える風貌をしていた。

 油絵が専門で、裸婦のデッサンが得意なこの人は、ルノアールと小磯良平をこよなく愛し、コンテや絵筆を握らない日はないという。

 モデルと画伯の道ならぬ恋の修羅場も何度か目撃したと言うこの人。

 ただ者ではないのは一目瞭然だ。

 そういえば、玄関に飾ってあった、扉ほどの大きさのキャンバスに描かれていた横たわる半裸の女性像は、この人の作品だったのだろうか。

 あまりにもリアルで、つい目を逸らしてしまうほど、迫力満点の絵だった。

 よったんは、恋愛のハウツーは誰よりも詳しく、デッサンで培った人間観察力で、一瞬にして人物の深層まで見抜く力は相当な物である……とはやなっぺの弁だが。

 彼女の発言はかなり信憑性があると、これまたやなっぺが太鼓判を押してくれた。

 確かに遥が以前から里中先輩と恋愛関係にあったという可能性は、ほぼ零パーセントに近いとは思う。

 先輩にはちゃんと彼氏がいると聞いていたし、遥の行動に不審な点は少しも見当たらなかったからだ。

 でも、たとえ以前は恋愛感情がなくとも、人が恋に落ちるのに時間はかからない。

 一瞬で心と心が触れ合ってしまうことだってあるかもしれないじゃないか。

 何はともあれ家に連れ帰るのは絶対に許せない。しかも深夜に……だ。


 サークルでは彼がみんなからハルと呼ばれてかわいがられているのは知っていた。

 だからと言って、彼の部屋にまで入ってきて、すがるような甘い声で寝言を発する先輩が、遥に対して特別な感情がないと言い切れるだろうか。

 それに、あんなにきれいな人に甘えられて、遥も男として悪い気はしないに決まってる。

 あまりにもお似合いな二人に、わたしのような田舎娘が入り込む余地など、どこにもない。


「で、柊……。さっきから携帯鳴りっ放しだけど、ずっとあいつのこと、無視するの? 」

「あ、う、うん。……次鳴ったら出るよ。でもここにいることは言わないつもり。やなっぺ、そしてよったんさん、沢木さん。ご迷惑おかけしますが、あと二、三日でいいので、わたしをここにかくまってください……。お願いします。本当にごめんなさい……」


 わたしは、みんなに向って頭を下げた。

 これが身勝手なお願いであることは百も承知だ。

 でも、あと少しだけ時間をもらえば、解決の糸口が見つかるような気がする。

 考える時間が欲しかった。冷静になってすべてをフェアに判断したかったのだ。



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