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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 ぜつぼう
106/269

106.小さな相棒 その2

「ほら、卓ったら、柊ちゃんを困らせたらだめでしょ? さあ、こっちにいらっしゃい。卓ももう寝る時間だわね。私たちもそろそろ家に帰らなきゃ……」


 半ば強引に手を引かれ居間に入った卓は、おばさんのひざの上に向かい合うようにして抱きかかえられた。

 頭をおばさんの胸にこすりつけて、拗ねているようにも見える。


「柊ちゃん、帰るなり卓が纏わりついちゃってごめんなさいね。で、もう全部知ってると思うけど……。夕方のテレビは、見た? 」


 卓の背中をとんとんと叩きながら、おばさんが立っているわたしを見上げて訊ねた。


「まだ見てない。でもだいたいのことは、わかってるつもり」

「そう……。柊ちゃん。ほんとうにごめんなさいね。遥の身勝手で、あなたを苦しめてばかりだわ。多分、あの記者会見も、作られた台本どおりの進行なんだろうけど。あれだけ遥の名前を全国の視聴者に向って連呼されたんじゃ、もう引っ込みがつかないわね」


 とうとう卓は、おばさんの腕の中で寝息をたて始めた。

 その愛らしい横顔が遥にそっくりで、こんな緊迫した状況にもかかわらず思わず口元が緩んでしまいそうになる。

 このままずっと卓を眺めていたいけど、それより何より、どんな内容の会見だったのか早く自分の目で確かめてみたい。


「おばちゃん。今すぐ部屋に行って、録画したビデオを見てくるね。それから、遥に聞いてみる。ほんとうのことを……」


 卓を起こさないように声をひそめてそう言うと、わたしは静かに部屋に向かった。


 テレビの前に陣取り、リモコンの巻き戻しボタンを押す。

 テープがしゅるるると不気味な音を立てて始まりの位置に戻っていく。

 そのわずかな時間さえもどかしい。

 親戚中からあきれられているが、我が家にはDVDなる利器はまだない。

 十年間現役を保ち続けているこのビデオデッキだけが頼りなのだ。


 番組のオープニングが華々しく始まる。

 大物歌手の離婚騒動と悪徳商法の裏手口を早送りして、ようやくそれらしき場面にたどり着いた。

 どこかのテレビ局の出入り口付近だろうか。

 しぐれさんが記者に囲まれて質問を受けている映像が流れる。


 いつにも増して背筋をピンと伸ばし視線を一点に定めた彼女には、当然のように笑顔はなく、質問に頷くだけで口元は堅く結ばれたままだ。

 そばにいる事務所の人の代弁で週刊誌の内容が語られ、最後にしぐれさんにマイクが向けられた。


「堂野遥さんとは……良いお付き合いをさせていただいています。これからもお互いを支えとして、仕事にまい進していきたいと思っています」


 と、しぐれさん自らの発言で締めくくられていた。

 それ以外にも何か一言でも彼女に語らせようと、記者達が必死になって質問している。

 その場を退散しようとしたしぐれさんに、尚も質問が浴びせかけられていた。


「堂野遥さんとのご結婚は、もう決められてるのですか? 」


 しぐれさんが、いいえまだです、とだけ答え、車に乗り込もうとするのだけど。


「彼はこれから売り出しの新人モデルということですが、今回の熱愛報道は、それを見越しての売名行為ではとささやく人もいます。その件に関しては、雪見さんはどうお考えですか? 」


 しぐれさんの目がその質問をした記者を鋭く睨み返した。


「そんなことは絶対にありません。彼とは、その……。いいお付き合いをさせて頂いています。たまたまこのタイミングで、あの写真を撮られたまでのことです。今までどおり、仕事はきちんとさせていただく予定ですので、今後とも温かく見守ってください」


 途中、不自然な間が空いた後、言いよどむことなくすらすらと答える。

 あまりにも卒がなさ過ぎて、かえって違和感を感じさせるほどの模範解答を残し、車に乗り込んだしぐれさんは、それっきり二度とカメラに顔を見せることはなかった。

 今までにも今回と同じような会見場面を見たことがあるが、こんなに緊張して食い入るように画面にかじり付いたのは生まれて初めてだ。

 おまけに、情報番組の司会やコメンテーターとおぼしき面々が、若いうちにはいっぱい恋愛をするべきだ、などと無責任極まりない発言を呈し、今回のしぐれさんのスクープに好意的なのがショックだった。


 芸能レポーターを名乗る女性が、遥の出身地から中学高校時代のことまで語り始めたのだが、これがまた、見事に嘘八百を並べ立てていて、突っ込みどころ満載なものだからやりきれない。

 ここまで捏造された経歴を語られると、怒りを通り越して滑稽にすら思える。

 トップの成績で高校を卒業して、家業の和菓子屋の手伝いも惜しまずやっているなど、孝行息子として語られるのは確かに美談には違いない。

 遥の成績は文系では確かに上位だった。が、トップの座は全くの別人が君臨していたはずだ。

 そのトップを争うツワモノが他に五、六人はいたのだから、彼らに申し訳ないことこの上ない。

 遥はせいぜいよくて十番くらいだったと思う。

 理系の医学部に現役合格した面々も含めると、総合的にみて彼がトップなど絶対にありえなことなのに。


 和菓子屋の手伝いに至っては、ポスターのモデル以外は何一つやったことがない。

 本当に何も関わっていないのだ。

 これにはきっと、綾子おばさんも苦笑いをしたに違いない。


 でもどうしてこんな内容の会見になってしまったのだろう。

 しぐれさんの様子を見ても、あらかじめ決められたセリフを淡々としゃべっているだけだというのが、ありありと伝わってくる。

 これはきっと何かわけがあるにちがいない。

 遥サイドの売名行為とまではいかなくとも、裏で何か大きな力が働いていることは明らかだ。


 残された道はただひとつ。真実を知るには、本人に聞くしかない。

 わたしはカバンから携帯を取り出し、遥の電話番号を表示させるや否や通話ボタンをぎゅっと押し、彼の応答を待った。


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