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続こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 ぜつぼう
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100.待ちわびて その1

 母は泣きじゃくるわたしの背中を、小さな子どもをあやすように優しくさすってくれた。

 ありのままのわたしを受け入れてくれる母の胸は、いつだって広くて温かい。


「週刊誌って、買った人が楽しめるように、大抵は大げさに脚色して書いているんじゃないかと思うんだけど」


 わたしは母のひとり言とも取れる会話を聞きながら、うんと頷いた。


「だから何も心配する必要はないと思うの。しぐれさんって、人の恋人をとるような、そんなことをする人じゃないんでしょ? 柊のような普通の一般人にも、優しく気配りのできる人だって言ってなかった? 」

「うん……」


 母は、わたしがしぐれさんと友だちになったことも、時々メール交換をしていることも知っている。

 もちろんわたしも、そんなしぐれさんを疑う気持は全くない。母の言う通りだと思う。

 でも、だけど。そうとわかっていても、不安で仕方ない。

 遥と連絡が取れない今、わたしが知り得ることは、この週刊誌の内容だけでしかないのだ。

 しぐれさんを。そして遥を。

 この二人を信じるためには、信憑性のある情報量があまりにも少なすぎるのだ。


「だったらはる君だって、今頃あの週刊誌を見て大笑いしてるわよ。あの子に連絡してみたの? 」

「うん。何度も。でもね、携帯、繋がらないの。遥ったら、番号、変えちゃったみたいなんだ。この事がからんでるんだと思うと、なんだかやりきれない……」


 わたしは母にすがりついたまま、ぽつぽつと答えた。


「そう……。そうだったの。なら仕方ないわね。実は……。さっきまで綾子さんとはる君のこと話していたんだけど」

「そうだったんだ。てっきり、おばあちゃんちか、畑だと思ってた」

「綾子さんは、これははる君にとっていい薬だと言ってて、あの子をこのまま放っておくそうよ」

「ええ? このまま放っておくの? そんなあ……」


 このままにしておくなんて、到底信じられない。

 今すぐにでも、綾子おばさんやおじさんの力で、遥の潔白を証明して欲しいというのに。


「親に相談もせず、自分で勝手にモデルの仕事なんかを引き受けるからこんなことになるんだって。彼女は反対なのよね。モデルの仕事」

「それはわたしも知ってる」

「柊もそうだけど、はる君もまだ大学生なんだし、学業が本業っていう部分は親としては譲れないのよ。だって、大学に行けない日も多いって聞いたわ。そうなんでしょ? 」

「うん、まあ……」

「柊は知らないかもしれないけど、綾子さんも若い頃はモデルをやってたことがあってね」

「ええ、そうなの? 」


 これは初耳だった。

 でもおばさんは、ミス何とかにも選ばれたことがあるので、その関連でモデルの仕事が舞い込んだとしても不思議はない。


「でもね、何か思う所があったらしくて、一年くらいできっぱり辞めて一般企業に就職して、そして今があるのよね。ああいった世界の大変さを知ってる綾子さんだからこそ、はる君にも生半可な気持ちでモデルとかやって欲しくなかったんだと思う」


 おばさんもおじさんも、遥の仕事の事をよく思っていないのは、周知の事実だ。

 わたしも全面的に賛成というわけではない。

 けれど、一緒に暮らせるようになるための資金作りと、彼の将来の夢でもあるテレビ局に勤務することへの足掛かりになるのだと思えば、頭ごなしに反対できない自分がいる。


「報酬がいいのも魅力なんだろうけど、ちゃんと地に足をつけて生きていって欲しいといつも言ってるわ。はる君から何か言ってきたら助け舟を出してもいいけど、こっちからは何もしないってスタンスでいくみたいよ。いざと言う時には、おじいさんの顧問弁護士さんに頼ることも出来るんだけどね。でもこっちが行動を起せば朝日万葉堂に迷惑がかかるのは目に見えてるし……」


 そうだった。週刊誌には遥のおじいさんのお店の名前も実名で挙がっていたのだ。

 有名な老舗だから、遥サイドが騒ぎ立てると、遥自身よりもそっちの方に注目が集まる可能性は高い。


「隣にも、うちにも、夕方に記者やリポーターを名乗る人がカメラマン付きでやって来たの。この調子だと、明日の朝、テレビでも騒がれるかもしれないわ」

「テレビで? そ、そんなあ……」


 週刊誌だけでは終わらず、テレビでも報道されるなんて、世も末だ。


「でもね、今のところ柊は巻き込まれてないから安心しなさい。それでね、綾子さんと口裏合わせをしておいたんだけど、もちろん記事の内容は当然すべて否定する方向は変わらないわけだけど。それと、柊とはる君との関係も、何もないことにしておくから。いいわね。とにかく今は余計なことは言わないで、ほとぼりが冷めるのを待つしかないわ」


 母がわたしの肩に手を添え、ゆっくり体から引き離す。

 そしてわたしの目を見て、わかったわねと念を押した。


 遥がどんどん遠くに行ってしまう。

 もしかしたら、週刊誌に出てくる彼は、本当の遥じゃないのかもしれない。

 堂野遥という名を語る作られた人物が、わたしの知らないところで世の中を騒がせているのだとしたら……。

 それなら、何も気に病むことはない。きっとそうだ。そうに決まってる。

 わたしの遥が、こんなわけのわからない話の主人公になるわけがないのだ。


 虚構の世界に足を踏み入れた彼の魂は、このまま行く当てもなく永遠にさまよい続けるのだろうか。

 本当の自分を見せることも、知られることも許されずに……。

 わたしは先の見えない不安と焦燥感で今にも押しつぶされそうになっていた。


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