Act.8 『未知の力』
「9000、です」
「は?いや、え?誰の?」
「イスカの」
「な、何が?」
「魔力値が」
「・・・マジで?」
「マジです」
確認するかのように一つずつ質問するイスカにイレーネは律儀にも一つ一つ答えていく。
途中でイレーネから聴く言葉しては異質なものをきいた気がしていたが、それよりも突きつけられた現実の衝撃の方が強すぎて、イスカは二の句が継げなくなっていた。
するとそんなイスカの様子を見かねたリアが、少し申し訳なさそうに右手を上げてイレーネに声を掛けた。
「あの、すみませんイレーネさん。質問してもいいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「お兄ちゃんの魔力値が高すぎて、計測ができなかったというのは分かりました」
「でもだとしたら、どうやってお兄ちゃんの魔力値を計測したんですか?」
「あ、あぁ!そうだよ!」
「最後にイレーネと会ったのは四日前だし、その後は一度も会ってないだろ?」
我が意を得たりといったように、リアの指摘に便乗するイスカであったが、そんな様子をイレーネはいつもの様子で眺めた後に説明を始めた。
「イスカ、四日前に私がテントでお願いしたことを覚えていますか?」
「ん?四日前のテントって、あのドッキリのことか?」
「えぇ、そうです」
イレーネに言われたとおり、イスカは四日前にお願いされた内容について思い返していると、あの時と同じようにローブの袖に手を入れたイレーネは、そこから一冊の本を置いてテーブルの上へと置いた。
「これは・・・なんですか?」
はじめて見る赤茶けた装丁の本を見たアリシアはそのまま疑問を口にしたが、イレーネが口にする前より先に、リアがその答えを明かした。
「・・・え、イレーネさん、これってもしかして『魔道書』ですか?」
「流石リアさん、ご明察です」
「この子はAlmaといって、このアズガルドに三冊しか存在しないマジックアイテムです」
そう言って、イレーネは優しくアルマに手を置いた。
マジックアイテムとは魔法石のように、魔法に適正を持たない人でも使うことが出来る道具全般を指し示す言葉だ。
元来生物以外に宿ることのない魔力ではあるが、魔法石のように魔力に呼応して鉱石が持つ独特の効果を発揮させるものなどが、練成師などによって使いやすいように加工された状態で世間に出回るのだ。
「実際に見てもらったほうが早いですね」
「アルマ、起きてください」
そういうと、イレーネは手をアルマから離すと声を掛けた。すると閉じられたページから淡い光が漏れ出し、そこから透き通った女性の声が聞こえてきた。
『イエス、マスター』
「う、うおっ!?しゃ、喋った!?」
「え、えぇ!?」
「すごい・・・」
イスカたちの驚く姿を嬉しそうな表情で見つめながら、イレーネはアルマに向かって言葉を続ける。
「アルマ、モード『Review』を実行」
「対象、イスカ・ローウェルのMPC」
自分の名が呼ばれたことに一瞬どきりとしたが、ひとりでにぺらぺらとページが捲られていくアルマに目が釘付けになり、イスカは静かにことの行く末を見守った
『イエス、マスター』
『対象、イスカ・ローウェルのMPCで実行します』
『実行終了。結果、イスカ・ローウェルのMPCは、「9002」です、マスター』
「ありがとうアルマ、もう良いですよ」
そう言ってイレーネは優しくアルマの装丁に手をやり、ゆっくりと本を閉じた。先ほどまでもれていた光はいつの間にかなくなり、アルマから聞こえていた女性の声も聞こえなくなっていた。
「どうでしょう、信じていただけましたか?」
目の前で起きた光景に衝撃を受け、一瞬だけイレーネの言葉が素通りしてしまいそうであったがイスカであったが、それでも思ったことをそのままイレーネに向かってぶつけた。
「いや、なんていうか・・・」
「もう信じられないことの連続で、信じたくても信じられないというか・・・」
「あら、意外と疑り深いのですね」
「あぁいや、疑っているわけじゃないんだけどな」
「そもそもこんなことしてそっちにメリットがあるとも思えないし」
「でも確かに、今9000っていう数字は聞こえたよね」
リアの確認するような言葉に頷くイスカとアリシア。するとイレーネはふふふと笑いながら、もう一度イスカたちに向かって口を開いた。
「確かに、アルマに語らせるには少し信憑性がなさ過ぎましたね」
「では、これなら如何でしょうか」
そう言ってイレーネがローブの袖から取り出したのは、先ほどまでテーブルに置かれていた腕輪型の魔力測定器よりはるかに小さい、指輪ほどの大きさの魔力測定器であった。
「これは私がアルマに記録されたイスカの魔力値を元にして作った、最新型の魔力測定器です」
「従来の魔力測定器は7000までしか数値を測れませんでしたが、これは10000まで魔力値を測定できます」
「さ、最新型を作った?」
思ってもみない言葉が飛び出たことで、イスカは今までどうして疑問に思わなかったのかと思いながらも、イレーネに向かって質問を投げかけた。
「イレーネって普段何やってる人何だ?」
しかしその質問を聞いて最初に反応を示したのはイレーネではなく、その隣に座っていたエビルであった。
「・・・おい、お前まさか素性も明かさず推薦なんてしようとしてたのか?」
「あら、言っていませんでしたか?」
「聞いてないよ。四日前には名前を聞いただけだ」
「私も、あの時お名前を聞いただけです」
「・・・たく、お前は興味があることを見つけるとすぐにこれだ」
飽きれたように手を額に当てるエビルを尻目に、イレーネは改めてと自らの身分を明かした。
「私は魔研で研究員をしているんですよ」
「ま、魔研?」
聞き覚えのない単語に首を傾げながら言葉を口にするイスカに、エビルがいつもの淡々とした声色で説明を付け加えた。
「ライザル国直轄の魔法省の中に、魔法に関するありとあらゆる分野を調査、解析する部署がある」
「それが魔法省直轄ラグニル王立魔法研究所、通称魔研だ。イレーネはそこの主席研究員、まぁリーダーみたいなもんだな」
「あー、イレーネって研究員だったのか」
「主席って・・・イレーネさんって凄い方だったんですね・・・」
「そんな人から推薦って・・・。イスカ、一生分の運使ったんじゃないの?」
「怖いこと言わないでくれ・・・」
わいわいと騒ぐ子供たちであったが、イレーネが指輪を手にした手をずいっと差し出すと、イスカは二人と顔を見合わせながらその指輪を受け取った。
「どの指でもいいですので、指輪を嵌めたら手をテーブルの上に置いてください」
「わかった。・・・と、これでいいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ほら、解析が始まりました」
イレーネの言葉に、イスカを中心にリアとアリシアが顔を指輪の方へ近づける。
すると程なくして指輪から光が漏れ出し、指輪の上空に何か文字が浮かんで見えてきた。
【MPC Analyzer】
【Isuca Lowel:■■□□□□□□□□ 20%】
「お、おぉ?」
「あ、なんかメーターみたいなのが出てきたわよ?」
「解析中?20%って書いてあるね」
「その数値が100%になれば、その後に結果が表示されますよ」
イレーネの説明に子供たちは静かにメーターの数値が上がっていくのを見守っている。エビルも行く末が気になるのか、窓の方へ向けていた視線をチラチラと指輪の方へ向けている。
すると程なくしてピッという音がなり、先ほどまで表示されていた文字が置き換わった。
【Result】
【Isuca Lowel:9002MPC】
「9002、か」
「アルマが言ってた数値と全く同じね」
「やっぱりお兄ちゃんって凄い魔力持ってたんだ・・・」
改めて突きつけられた現実にやっと実感が篭ってきたイスカであったが、ふと目の前にふわふわと表示される数値に付属している文字が気になり、イレーネに向かって質問をした。
「なぁイレーネ、このMPCってどういう意味だ?」
するとエビルが驚いたような顔を見せ、先ほどイレーネに見せたような呆れ顔を今度はイスカに向けて口を開いた。
「おいおい、そんなの初等科のときに習うぞ?」
「いや、だって仕方ないじゃんよ!?」
「魔法が使えなかったんだし、どうせ覚えても意味のないことだと思ってたから・・・」
エビルの言葉に反論するイスカの表情を見て思うところがあったのか、エビルも少しだけ表情を崩すと再び言葉を続けた。
MPCとはMagic Per Castの略称で、総魔力値を表す際に用いる単位の一種だ。
元は魔法一つを発現させるのに供給する魔力量をさす言葉であったが、そこから一つの魔法に割くことの出来る最大の魔力量という意味に転じて、今では最大魔力値を表す単位として使用されている。
「表記上の問題というだけなので、そこまで気にする必要はありませんよ」
エビルの説明の最後にイレーネが補足を加えた。すると、隣で話を聞いていたリアがイレーネに向かって口を開くと、アリシアも続けて言葉を続けた。
「あの、イレーネさん。私もこの指輪使ってみてもいいですか?」
「あ、あたしも!いいですか?」
「えぇ、勿論構いませんよ」
「作ったばかりで試行回数がまだ足りませんので、是非使ってください」
そういわれ、二人はイスカから指輪を受け取ると順番に測定を始めた。
【Result】
【Lia Lowel:5920MPC】
【Result】
【Alicia Blight:1720MPC】
「あ、私去年より上がってる」
「ん~、あたしはとんとんかな?」
浮かび上がる結果に二人はそれぞれの反応を示す。リアも先ほど聞いた数値より少し高めの数値を計測し、魔法が余り得意ではないアリシアもそれを表すように低い魔力値が測定され、その精度はかなりのものであると立証された。
「どうでしょう?納得していただけましたか?」
心のどこかに僅かな疑念があることを見透かされていたように、イスカはイレーネの問いかけに少しどきりとしたが、観念したように両手を上へ上げると言葉を続けた。
「あぁ、俺にはしっかりと魔力がある」
「わざわざこんなことさせて悪かったよ」
「いえいえ、お願いしているのはこちらなのですから、当然ですよ」
そういいながらテーブルに置かれた指輪を再び袖へとしまいなおすイレーネを見て、イスカも先ほどイレーネが口にしたお願いという言葉を思い出し、もう一つ問いたださなければならないことを思い出し、意を決して口を開いた。
「それでイレーネ。まだ肝心なことを聞いていない」
「俺が魔法が使えるっていうのは、どういうことなんだ?」
イスカの発言にぴくっとリアもアリシアも反応し、崩れかけていた居住まいを正し直すと静かにイレーネの言葉を待った。
「そうですね、そろそろそちらの話しに移りましょうか」
「イスカはあの時、魔獣に襲われたときのことを思い出せますか?」
「・・・忘れるわけないだろ」
イレーネに言われ、イスカは脳裏に焼きついた光景を鮮明に思い返した。
そこに映し出されるのは、吸い込まれそうなほど美しく光り輝く二つの赤い瞳と、荒々しく逆立った白い毛並み、剥き出しになった牙と爪。
そして何より、魔獣に向けて大きく開かれた犬の絵が描かれた一枚のタオルが、風に靡くこともなくまるで盾のように自分の手の中に納まっている光景が、今でもありありと思い出せた。
そして次にイレーネから掛かる言葉を聞いたとき、イスカは心の中に何か暖かい光のようなものが満ちていくような気がしていた。
「イスカ、それが貴方の魔法です」
「それって・・・イスカが前に言ってた、タオルが固まったっていう?」
「私も聞きました。シア姉を助けるために咄嗟にやったって」
「俺も、どうやってやったのか、未だにわからないんだ」
そう言って、イスカは自分の右の掌を見つめた。
あの事件の後、イスカはことの顛末を事情を聞きに来た警邏隊に説明をしたが、皆が一様に混乱した表情を浮かべ、あまり真剣に取り合ってくれては居なかった。
それは近くにいたアリシアも同様で、一番近くにいたのに肝心の現象は目の当たりにはしていなかった。
しかしあの時、寸でのところで駆けつけていたイレーネはしっかりとその目で見ていたのである。
風にたなびく一枚のタオルが強烈な光を放ったかと思うと、まるで何者にも突き崩せない盾のように巨大な魔獣の前足をその体ごと弾き飛ばした光景を、はっきりと目にしたのだ。
「その後、もう一度あの力を使いましたか?」
「いや、俺も気になっていろいろやってみたんだけど、上手くいかないんだ」
イレーネに出会った後、イスカも思うところがあったのか家にあるあらゆるタオルを使ってもう一度同じ現象が起きるか試していたが、一度として成功することはなかった。
「あのときに使っていたタオルではやってみましたか?」
「え?あぁ、いや、あの時のタオルは使ってないよ」
様々なタオルを使って実験をしていたイスカであったが、あの時使った、アリシアからの初めてのプレゼントであるタオルは、どこか使うのが怖くて今も洋服棚の中にしまいこんでいる。
「では、今ここでそのタオルを使ってもう一度やってみてもらえませんか?」
「恐らく、他のタオルでやるよりかは可能性があると思います」
イレーネの言葉に心臓が大きく跳ねたのを感じたイスカであったが、イレーネの笑顔を湛えながらも真剣な表情を見て、決心したかのように隣に座るリアに視線をおくるとそのまま口を開いた。
「リア、頼んでいいか?」
「うん!今取ってくるね」
イスカの言葉に大きく頷いたリアは、とたとたと二階にあるイスカの部屋へ走って行き、程なくしてその右手に綺麗に折畳まれたタオルをもって、再び席に腰を下ろした。
半分が血に染まっていたタオルはリアの手伝いもあってだいぶ綺麗にはなっていたが、それでも所々に下地の白色と相まったピンク色の斑模様が残っていた。
そしてイスカがリアからタオルを受け取ると席を立ち、ばさっとタオルを広げたところでイレーネから声が掛かった。
「あまり思い出したくない光景だとは思いますが、しっかりと思い出してください」
「あの時自分が、そのタオルを使って何をしたかったのかを」
「・・・わかった」
イレーネの指摘通り、イスカは大きく息を吸いながらゆっくりと瞳を閉じ、あの時の情景をはっきりと思い出すように一気に肺から空気を出し、タオルを握る右手に力を入れた。
すると体の中心に、表現しがたいとても暖かくて白い光のようなものが広がっていくのを感じていた。それはあの時、自分の背後で悠然と聳え立つ巨木が発していた光に、とてもよく似ていた。
その時、周りからどよめきが上がったことに気がついたイスカは閉じていた瞳を開いて、自分に注がれる視線の先をゆっくりと追っていった。
「・・・出来た?」
「おぉ!で、出来た!出来たぞ!」
「す、すごい!お兄ちゃんやっぱり魔法が使えるんだ!」
「やったじゃないイスカ!あんた魔法が使えるのよ!」
「しかも国の研究員さんのお墨付き!」
「これは・・・」
「ふふふ」
自分の右手の中でしっかりとその形を保つタオルは、あのときのように犬の絵がしっかりと守ってくれているような、そんな心強さを感じさせた。
「本当に硬くなってる・・・」
空いた左手で触ってみたタオルの感触はもはや繊維独特の肌触りは感じさせず、指で弾くと弾いた方の指が痛みを感じるぐらい、しっかりとその強度を誇っていた。
「お兄ちゃん!私にも触らせて!」
「あ、あたしにも!」
「おう、ほら」
自分の両隣でせがむように手を伸ばしてくる二人に、イスカはほいと固まったままのタオルを手渡した。
そしてその光景を見た瞬間、エビルは自分の目の前で見ている光景に、何か巨大な塊で頭を叩かれたような衝撃を覚えた。
口の中が次第に乾いていく感覚にようやく意識を引き戻したエビルであったが、自分の隣でにやにやと笑みを浮かべるイレーネの表情が面白くなかったのか、小さく舌打ちをすると視線をいまだ雨が振り続ける窓の外へと向け直した。
そんなエビルと順繰りに固まったままのタオルを手渡しあう子供たちの姿を眺めていたイレーネは、これからが本題といったように小さく手を叩き、再び自分へ視線を集めてから口を開いた。
「イスカ、それが貴方の力です」
「貴方には、『物を硬化する力』があります」
「物を硬化する・・・魔法?」
「しかし正確に言えば、貴方のその力はまだ魔法だとは言えないのですよ」
「・・・え?どうしてですか?イレーネさん」
イスカに魔法が使えることが分かり、自分のことのように喜んでいたアリシアであったが、イレーネから聞かされた言葉の意味が分からず思わず質問を口にしていた。
「それは、イスカが見せたその力は、今現在アズガルドで確認されているどの魔法体系にも属していないからなのですよ」
「え?そうなのか?」
「全ての魔法には系統があり、どの魔法一つを取ってもその系統から外れることはありません」
「ですがイスカの能力は、現在我々人類が知りえる系統の、どれにも当てはまらないのですよ」
「それは以前、イスカがアルマに手を置いたことで立証されています」
「あ・・・あぁ!」
「もしかしてあのバチっていう音のことか!?」
「えぇ、その通りです」
イスカの合点がいったといった様な様子に笑みを浮かべたイレーネは、そのまま説明を続けた。
「あれは元々貴方の魔力値の情報を手に入れるというものではなく、貴方の持つ魔力の系統を調べるために行ったものなのですよ」
魔法を発現させるための魔力であるが、どういった系統の魔法が得意で、はたまた苦手なのかというのは
人によってばらばらである。
そういった魔法における得意分野を「特性」と呼び、大抵は血筋で受け継がれる他、特別な修行をすることで全く新しい特性を身につけることが可能である。
「なので厳密に言うと、イスカの力はまだ魔法としてこのアズガルドでは認められないのです」
「それとイスカ、貴方はこの物を硬化させるという力以外、全く特性を持っていません」
そういうとイレーネは再びアルマに声を掛けるととあるページを開かせ、イスカたちに向けてアルマを差し出した。
そこにはイスカの名前とともに「Attribute」という文字が記載され、その下に項目ごとに数値が書かれていたが、どの項目の数値も0と書かれていた。
「す、すごい・・・0がたくさんあるよ・・・」
「ここまで0が並ぶといっそ清清しいな」
「まぁ他に魔法が使えないっていうのはある程度察してはいたけど」
「で、でも今は魔法として認められなくても、いつかは認められるんですよね?」
アリシアの少し思いつめたような声に反して、イレーネは微笑みながら優しい口調で答えた。
「えぇ、勿論」
「・・・そうですか」
「良かったわね、イスカ。あんたを認めてくれる人が出来て」
「・・・そうだな」
嬉しそうな表情を浮かべ自分のように喜ぶアリシアをみたイレーネは、思わず頬が緩んでしまう前にイスカに向かって声を掛けた。
「そしてそれが、私がイスカとリアさんを王都の学園を推薦したい理由なのですよ」
推薦という言葉を聞き、ようやく全てを理解したイスカはイレーネに向かって慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「なるほど」
「つまりイレーネはこの未知の力を研究したいってわけか」
「察しが早くて助かります」
「勿論貴方の力をしっかりと成長させてほしいというのも嘘ではありませんよ」
「貴方にその力が宿ったのには、きっと何か意味があるはずですから」
「そう、だな」
イレーネの言葉を噛み締めるように、イスカは大きく天井を仰ぎ見た。
全ての始まりはあの時、この家に拾われてから始まったことなのかもしれないと思うと、イスカは少しでも多くの意味の答えを知りたいと思い、隣に静かに座るリアに声を掛けた。
「リアはどうしたい?」
「俺のことは二の次で、お前の言葉を聞かせてくれ」
「私は・・・」
イスカの言葉に少しだけ俯いていたリアであったが、その後すぐに意を決したかのような強い眼差しをイスカとイレーネに向けながら口を開いた。
「私、行きたい。お兄ちゃんと一緒に」
「私もディーヴァとしての力を、ちゃんと磨きたいです!」
「なら、決まりだな」
「行くか!ラグニルに!」
「うん!」
「・・・ありがとうございます」
イスカとリアの力強い言葉に、深々と頭を下げたイレーネの横で、エビルもやれやれといった様子でリアに向かって言葉を掛けた。
「あんだけ俺も誘ってたんだがなぁ」
「結局最後はお兄ちゃんか」
「えへへ」
リアが浮かべる満面の笑みを見つめ、エビルもこれはこれで悪くないかと、いつの間にか雲間から夕日が注いでいることに気がつき、そっと視線を窓へと落とした。
イレーネもその視線に気がついたのか、アルマをローブの中へと仕舞い椅子から立ち上がると、フードを被りながらイスカたちに向かって声を掛けた。
「良い返事が聞けてやっと安心できました」
「本日はこれでお暇させていただきますね」
「後日また詳しいお話と、資料を持ってきます」
「あぁ、わかった」
「わかりました」
そういって頷いたイスカとリアが真っ直ぐに差し出してきた手を、少し驚いたような表情で見つめたイレーネであったが、すぐに袖から手を出して優しく二人の手を握った。
「これからよろしく頼む、イレーネ」
「お願いしますね!イレーネさん!」
「はい、お任せください」
そう言葉を残し、先に扉から外へ出て行くエビルの後をゆっくりとした足取りでイレーネがついていった。
するとそんな様子を座って眺めていたアリシアも、頬をぱんと叩いたかと思うと勢い良く立ち上がり、少し声を震わせながら足早に扉へと進んでいく。
「あたしも、今日はこれで帰るわね!」
「イスカはしっかり休むのよ?それじゃぁね!」
「あ!シア姉?」
イスカが声を掛けるまもなく、扉はアリシアの手によって閉められた。
あれだけ声を飛び交っていた家に、途端に二人暮らしの静けさが舞い戻ってきた。
「・・・お夕飯の準備しようか」
「・・・だな。手伝うよ」
「お兄ちゃんの仕事はなんだっけ?」
「・・・怪我を治すことです」
「良く出来ました!ハウス!」
オレンジ色の優しい光が差し込む居間を後にし、イスカはとぼとぼと二階の自室へと上っていったのだった。