Act.7 『真実の真実』
【某日 15:23 テスカ村北西部:ローウェル邸】
魔獣事件が起きてからすでに四日の月日が経過していた。
小さな村で起きた大きな事件は瞬く間にアズガルド全域に知れ渡り、自国で起きた近年稀に見る事態に魔法都市国家ライザルの国王、Grim Farknightは復興支援隊を急遽編成、現地の警邏隊とともにテスカの早期復旧を指示した。
開催時期が迫っていたハーヴェスタも当初は開催が危ぶまれていたが、ぜひ開催したいというテスカ村の住人全ての総意と近隣諸国からの声もあり、予定通り開催されることが正式に決定した。
そんなテスカ村では今もハーヴェスタ開催に向けての準備が急ピッチで進められており、支援隊や各国のボランティアの人たちの来訪も相まって、例年にない賑やかな前準備となっていた。
そしてイスカとアリシアは今、買い物に出かけているリアの帰りを二人で静かに待っていた。
--『お兄ちゃんを一人にすると勝手に動き出すから、シア姉を見張りに置いていきます!』--
と言い残してリアが家を出たのが1時間前。
イスカも今日は寝たきりの体を解そうと色々計画をしていたがすっかりそのあてが外れ、今は怖い鬼の目の監視下に置かれぐったりとテーブルに突っ伏していた。
外では一週間ぶりの雨がしとしとと降り、会話もなく静まり返った居間には雨が窓に当たる音だけが静かに響いている。
しかしそんな静寂を嫌うかのように、アリシアはテーブルに頬杖を付きながら適当な会話を始めた。
「イスカって本当怪我とか病気の回復早いわよねぇ」
運動が禁止されていたイスカは、せめてもとぐるぐると首を回しながらアリシアの質問に答えた。
「流石に完治はしてないぞ?今だって足まわりはまだちょっと痛むし」
「ただだからって寝てるばっかりだと逆に滅入っちまうよ」
「まぁあんたは昔っから外で走り回ってたからねぇ」
「家になんてご飯と寝るためにしか帰ってなかったんじゃないの?」
「俺を無理やり連れまわしていた奴がいう台詞とは思えないな」
「そうして今の頑丈な体が手に入ったんだから、少しは感謝してくれてもいいのよ?」
「わー、アリシアたんありがとー。けっこんしてー」
「ええっと、痛いのはこっちの足だっけ?」
「うわっ!?馬鹿!手をワキワキさせながらこっちにくるな!」
「俺に体を動かせないようにするのがお前の役割だろうが!」
「なら逃げないで大人しくあたしに捕まりなさい!」
いつの間にか椅子から立ち上がり不敵な笑みを浮かべながら近づいてきていたアリシアから逃げるために、イスカはテーブルを盾にグルグルと逃げ始めた。
未だに歩くたびにずきりと痛みが走ってはいたが、今は何より例の魔獣事件があっても変わらず接し続けてくれる目の前の幼馴染の笑顔が見れることのほうが、イスカにとっては何よりも嬉しいことであった。
しかしそんな時ふと、雨粒が窓に当たる音とは違った音が聞こえたような気がしたイスカは、自分に迫るアリシアを手で制しながら音がしたと思われる台所の窓まで歩いていった。
「な、何?急にどうしたの?」
「いや、なんか外で音がしたと思ったから」
そう口にしながら雨が滴る窓へと手を伸ばそうとしたとき、リアが買い物袋を肩に下げながら大きな声で玄関の扉を開けた。
「二人ともただいまー!」
「シア姉お留守番ありがとー」
「あ、リアおかえり。しっかりと見張っておいたわよ?」
「ありがとうシア姉。」
「あれ、お兄ちゃん台所なんかで何してるの?」
「ん?いや、なんでもないよ」
音の正体が突き止められなかったイスカであったが、それよりもリアの後ろに立っている人影が見えたイスカは見やすい位置まで歩を進めた。
するとその人影が二つ、ぬっと玄関の脇から家の中へと進入し、イスカに向かって声を掛けた。
「よう、悪ガキ。邪魔するぞ」
「お久しぶりですね、イスカ」
「思っていたよりお元気そうで何よりです」
「へ?エビ先にイレーネ?」
思っても見なかった人物に思わず素っ頓狂な声を上げてしまったイスカであったが、何より驚いたのはその二人の組み合わせという部分であった。
「さっきそこで一緒になったの」
「私達に話があるんですよね?先生、イレーネさん」
「はい。お二人にお話があって、エビルと二人でお邪魔させていただこうかと」
「・・・分かった。リア、お茶の用意を頼めるか?」
「うん、わかったー」
そう言ってぱたぱたと台所へ走っていくリアの姿を視界の隅に置き、イスカはエビルとイレーネの二人を居間のテーブルまで案内した。
「あ、じゃあ私はここでお暇しようかな」
「あぁ、待てアリシア。お前も聞いてけ」
「お前にも無関係の話しじゃないからな」
「別にいいだろ?イレーネ」
「はい、構いませんよ」
エビルの思っても見ない言葉に一瞬驚いたアリシアであったが、自分でも思うところがあったのかわかりましたと言葉を続けて席に着いた。
程なくしてリアが湯気の立つお茶をお盆に載せて戻ってき、全員に配り終えた後にいつもの定位置へと腰を下ろしたところを見計らい、イレーネがさてと前置きをおいて話し始めた。
「改めまして、お久しぶりですね、イスカ、リアさん」
「四日ぶり、か?」
「お陰様で大分傷も治ってきたよ」
「イレーネさんも、あの時は本当にありがとうございました!」
「お兄ちゃんと、大切な友達の二人も救っていただいて・・・」
「もうお礼は十分聞きましたよ。気に病む必要はありません」
そう言ってリアに微笑を向けたイレーネは、その隣に居心地悪そうに座っているアリシアに視線を向け言葉を投げかけた。
「アリシアさんも、お元気そうで何よりです」
「あの、助けていただいたのにその後お礼も言えずに申し訳ありませんでした。」
「後日宿泊されていた宿の方に伺ったんですが、不在中とのことで・・・」
「そうだったのですか?それは申し訳ありませんでした」
「新しいお仕事の案件でここ数日テスカから離れていたのですよ」
「なんだ、また迷子にでもなってるのかと思ってたよ」
「イスカに案内してもらうまでは観光は控えようと思います」
軽口を叩くイスカに小首を傾げながら受け答えるイレーネ。エビルも迷子という単語に察しが付いたのかイレーネに向けて苦笑いを浮かべていた。
「さて、それではそろそろ本題の話をさせて頂きますね」
いつもの優しい声色が少しだけ変わったこともあり、イスカとリアは少しだけ居住まいを正してイレーネの言葉を待った。
しかしイレーネの口から出てきた言葉は、どんなに身構えていようとも溢れ出る動揺を隠すことなど出来ないほどの衝撃を与えた。
「実はイスカとリアさんを、ラグニル王立第一魔法学園高等科に推薦したいのです」
「は?」「え?」「へ?」
イレーネの言葉に子供たち三人がそれぞれ声を上げた。その中でいち早く思考を取り戻したアリシアは、言葉に詰まりながらもイレーネに確認をした。
「あ、あの、今イスカもって言いました?」
「はい。イスカとリアさんの二人で、です」
改めて事実を突きつけられ、流石のイスカも椅子から立ち上がり頭を振りながらイレーネに言葉をぶつける。
「いやいやいや!ちょっと待ってくれ!冗談にしては性質が悪すぎる!」
「本気ですよ、イスカ」
「私は本気で、貴方をラグニルの学園へ推薦したいと考えています」
いつも通りの笑顔ではあったが、まっすぐイスカの目を見て話すイレーネの表情からは、一切嘘や偽りがないことがはっきりと分かる程の真剣さが帯びていた。
「私だけじゃなくて・・・お兄ちゃんも?」
今まで幾度となくエビルから推薦の話を聞かされていたリアであったが、イレーネの口から聞かされる言葉は未だに理解できなかった。
「いやっ!いい!リアはいいよ!」
「言ってて悲しくなるけど俺なんかよりもずっと頭も良くて、魔法の適正も、なんかこう・・・すごいんだろ?」
「まぁ運動の方はちょっと残念だけど」
立ち上がったまま興奮気味に話すイスカを、エビルは両手を頭の後ろで組みながら、イレーネは変わらぬ様子で見つめている。
「でもなんで俺もなんだ?」
「成績だって良くないし、魔法にいたってはまるで使えないんだぞ?」
自分の言葉に出来る限りの説得力を持たせようと、イスカは身振り手振りでイレーネに説明をした。
しかしそんなイスカはお構いなしといわんばかりに、イレーネは力強く言葉をイスカにぶつけた。それは先ほど聞いた推薦の話なんか、どこか遠くへ吹き飛んでしまうほどの衝撃をイスカたちに与えた。
「イスカ、貴方は魔法が使えます」
「・・・は!?」
「う、嘘・・・」
「え・・・えぇ!?ほ、本当ですか!?イレーネさん!」
またもそれぞれの反応を見せる三人に、イレーネはくすくすと手を口に当て静かに笑いながら言葉を返した。
「えぇ、本当ですよ、リアさん。貴方のお兄ちゃんはちゃんと魔法が使えます」
「う、嘘・・・イスカが魔法?」
「いや、ちょっとまて!有り得ないだろ!?」
「0なんだぞ!?俺の魔力値。そんなんでどうやって魔法なんか使うんだよ!?」
未だに興奮が冷めないイスカは少し怒鳴るような形でイレーネに言葉をぶつけた。
魔力とは、アズガルドに生を受けた人間であれば大なり小なり持っている、体内に宿る魔法を使うための源泉となる力だ。
そして魔力量はそんな魔力の総量を数値化したもので、その数値は勿論一人一人異なる。
魔力量は体の成長と、適度に魔法を使用することで増やすことが出来るが、魔力量が一定以上になるとそこでぴたりと増量は停止し、またその停止する数値にも個人差がある。
しかし極稀に、ほんの僅かな魔力しか持たずに生を受け、そのまま成長もしない特異体質を持った人間が生まれることがある。
そしてイスカもその例に違わないだけだと今まで思って生活していた。
しかしイレーネはそんなイスカの反応に微笑を崩すこともなく、ゆっくりと説明を始めた。
「イスカ、貴方の魔力値は0なんかではありませんよ」
「・・・へ?え、どういうことだ?」
「毎年新学期に身体検査で魔力値を測ってたけど、どれもこれも0だったんだぞ?」
先ほどより少しだけ落ち着きを取り戻したイスカは、尽きぬ疑問をイレーネにぶつけ続ける。そしてイスカの言葉を後押しするかのように、リアも口を開いた。
「私もお兄ちゃんが検査の時にそばに居たから覚えてます」
「でも確かに、魔力測定器は0って数値が出てましたよ?」
「あー、そのことについて何だがな・・・」
リアの加勢に、今まで会話に参加してこなかったエビルが深々と座っていた居住まいを正したかと思うと、バツが悪そうの表情を浮かべながら話し始めた
「イスカが測定していた時にな、その・・・壊れてたんだよ」
「え?何が?」
「測定器が」
「・・・お兄ちゃん・・・」
「イスカ・・・あんたって奴は・・・」
「え!?イヤイヤ!俺か!?俺が壊したのか!?」
身に覚えも謂れもない罪を突きつけられたイスカは慌ててその事実を否定しようとしたが、助け舟は意外と早くイレーネからもたらされた。
「厳密に言えば、イスカは壊してはいないのですよ」
「ただ彼の計測後に使い物にならなくなったのは事実ですが」
「ほら!やっぱあんたが壊したんじゃない!」
「えぇい!最後まで話を聞きやがれ!」
「厳密には違うって言ってただろうが!」
「・・・つまり、どういうことなんですか?イレーネさん」
アリシアとイスカの言い合いをよそに、リアが話を先に進めていく。
「実は四日前にイスカに会った後、エビル先生に一つ調べてもらっていたことがあるのです」
そう言ったイレーネに目配せをされたエビルは、上着の内ポケットから腕輪の形をした一つの魔力計測器を取り出して、テーブルの真ん中にことんと置いた。
「あ、これ私たちの学校にある測定器ですよね?」
「はい。これは教育機関や各種施設にも正式配備されている、アズガルドで出回っている計測器としては最も新しい型です」
「ですがこの測定器にはとある欠陥、というより設計上の問題があるのですよ」
「問題、ですか?」
「今までは問題視されていなかった、というより気にする必要がなかっただけなんですが・・・」
「実はこの測定器、高すぎる魔力値を計測すると表示が『Error』ではなく『0』と表示してしまうんですよ」
「な、なんだって・・・?」
イレーネの口から知らされる新事実に開いた口が塞がらなくなったイスカは、改めてその事実の確認をするために何とか声を吐き出した。
「ってことは、俺の魔力値は表示通りの0じゃなくて、測定不能だったってことか?」
「そういうことです」
「な、なんてこった・・・」
「いや、0じゃなかったってのは嬉しいんだけどな?」
「でもなんかこう、釈然としないというか・・・」
「無理もありませんよ」
「今までの人生、魔力値がない、魔法が使えないと思って生活してきたのですから」
イスカの言葉にどこか申し訳なさそうに言葉を掛けるイレーネ。
アリシアも事の顛末を驚きながらも聞いていたが、どこか今までのやり取りがイスカらしく思え、思わず口元が緩んでしまうのを隠すためにイスカに向かって言葉を掛けた。
「でも測定不能って、あんたの魔力値って一体どんだけ高かったのよ」
「んなこと聞かれてもな・・・」
「ちなみにイスカの魔力値はもう分かっていますよ」
「は?そうなのか?」
「えぇ、いくつだと思いますか?」
何故かいきなりクイズ形式になっていることに少々疑問は感じていたが、その先に待つ真実を知りたいという欲求に駆られ、イスカは少しでも正答率をあげるために周りからヒントを集め始めた。
「ん~、そもそも他の人たちの魔力値なんて気にしたこともなかったからなぁ」
「あぁでも、リアは魔力値相当高かったよな?」
「え?どうなんだろう?高いのかな?」
「確か去年計った時は5800ぐらいだった気がしたけど」
意見を求める視線に気がついたエビルは、ここに来る前に目を通しておいた資料に書かれた数値を思い出しながらリアにむかって答えた。
「あぁ、大体そんくらいだ」
「少なくともうちの学校じゃ教職員含めてぶっちぎりのトップだよ」
「リアさんの魔力値は成人と比べても非常に高いと言える数値ですからね」
改めて自分の妹がどれだけ優秀であったかを知ったイスカであったが、果たしてそんな妹の魔力値より高い自分の数値はいくつなのであろうかと、イスカは折角のヒントもそのままに適当に当たりをつけながら予想を口にした。
「リアが5800だし・・・6500ぐらいか?」
「意外と控えめに見積もりましたね」
「ただの予想なのですからもう少し盛ってもバチは当たりませんよ?」
「こう見えて小心者なもんで」
「っていうより、6500だって大分冒険したつもりなんだ、ほっといてくれ」
イスカの口にする数値を聞いたイレーネは、いつもの笑顔を真剣な表情に変えると、勿体つけたかのように少しの間をあけた後に答えを口にした。
そしてその答えを聞いたとき、イスカはイレーネの言う冒険の意味がなるほどと思えてしまっていた。
「イスカ、貴方の魔力値は・・・」
「『9000』です」
「は?」