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エンチャント!  作者: もっこす
旅立ち編
6/24

Act.6 『再会と悪戯』

【同日 20:47 テスカ村南部:仮設テント】



「・・・ここは・・・」


ギシッと木が軋む音がした。


深いまどろみから覚醒したイスカを最初に出迎えたのは、数人の村人が走り回る足音と薬草が放つ独特の刺激臭であった。


急拵えで作られたであろう簡易型のベッドから見える世界にイスカは始めこそ戸惑っていたが、ここが村の入口付近に仮設された負傷者用のテントであるということは、テントの出入り口から見える景色ですぐに分かっていた。


そして掛け布の下に仕舞いこんでいた手をぎゅっと握り締めてくる感覚に遅れて気が付いたイスカは、自分の下でゆっくりと肩を揺らしながら寝息を立てている妹の姿を見て、改めて今自分がここに居ることが出来る喜びを噛み締めていた。


すると二つに結んだ髪がひょこっと動いたかと思うと、リアは重たそうに瞼をゆっくりと開いた。


「ん・・・。あっ、いけない!私寝ちゃって・・・ってお兄ちゃん!?」


「うおっ!?びっくりした・・・」


「だっ、大丈夫!?まだどっか痛い!?」


泣き腫らした様に目の周りを赤くし、それでも必死になって自分の体をぺたぺたと触って確認をしてくるリアの姿を見て、イスカも広がる痛みを少しだけ我慢しながら掌をぽんとリアの頭に乗せて口を開いた。


「大丈夫。ごめんな、心配かけて」


「そう!本当にそうだよ!もう私心配で死にそうだったんだから・・・」


体全体で怒りを顕わにしていたリアであったがその勢いは次第に無くなり、最後にはその瞳を再び涙で一杯にした。


「うえぇぇん!よかったよぉぉぉ!」


「あー、悪かった悪かった!だからそんなに泣かないでくれ!」


リアの泣き声にテントの外にいた数名の村人が何事かと中を覘いたが、あたふたと泣きじゃくるリアを宥めようとしているイスカの姿を見ると、誰もが笑みを浮かべそっとその場から立ち去っていった。


「うん・・・。泣かない・・・もう一生分泣いたから・・・」

「・・・おかえり、お兄ちゃん」


「あぁ、ただいま、リア」


そういうと、イスカは涙でぐちゃぐちゃになりながらも笑顔を見せるリアを優しく抱きしめた。


するとリアはイスカの胸の中から離れ、座っていた椅子から立ち上がると興奮気味に口を開いた。


「そうだ!シア姉にもお兄ちゃんが起きたこと伝えてこなくちゃ!」


シアという言葉に、イスカは一瞬にして先ほどまでの出来事を思い返した。互いにあの時気を失ってしまい、その後の安否の確認が出来ていなかったこともあり、イスカは少し早口にリアに質問をした。


「シアは?どこか怪我してないか?」


しかし不安そうな表情を浮かべるイスカとは裏腹に、リアはにこにことした表情で答えた。


「全っ然、大丈夫!」


「え?いや、森の中を走ってたんだから腕とか脚に切り傷ぐらいはあるだろ?」


「あー」


最もな疑問を口にしたつもりのイスカであったが、リアの口から出た答えはそんなイスカでもすぐに納得してしまうようなものであった。


「お兄ちゃんって、魔獣が森の中を通った跡って見てないよね?」


「まぁ・・・逃げるのに必死だったからな」


「警邏隊の人の話だと、魔獣が通った後はそこだけ丸ごと切り抜かれたみたいになってるって」

「木の枝も蔦も、それこそ木だってないぐらいに綺麗さっぱりだって言ってたよ」


「・・・だからか」


両手を広げて目一杯の表現をするリアを見て、イスカも思わず仮設テントの天井を仰ぎ見た。


思い返せば当たり前のことであったが、当時のイスカにはどうしてあの広大な森の中で、アリシアが自分の下へと駆けつけてこれたのかが不思議でしょうがなかった。


ただ彼女に傷が一つも付いていなかった件も含め、その答えは自分と魔獣の熾烈な鬼ごっこの賜物であったことに気が付くと、心がすっと軽くなった気がした。


「それじゃ、私シア姉呼んで来るね!」


「あぁ、わかった」


ばいばいと手を振りながら元気良く仮設テントを出て行くリアを見送り、イスカは改めてふぅと息を吐き、包帯がグルグルと巻かれた自分の手を見つめた。


失いかけていた大切な未来を手にできた喜びを、イスカは改めて全身で感じていた。


すると仮設テントの出入り口とは反対側のほうから、ふと自分に声が掛かったような気がしたイスカは、その声のする方へと視線を移した。


「体の具合はどうですか?」


「あ・・・あんたはあの時の?」


イスカに話しかける女性は、意識を失う前に記憶に残っていた通り白と紺のローブを身に纏い、右手には身の丈とほぼ同等の長さの、先端が歪な形をしている白い杖を持っていた。


「リアさんがずっと貴方のそばで治癒魔法をかけてくれていたんですよ」

「『絶対にお兄ちゃんを助けるんだ』って」


「・・・そうか」


女性は優しく微笑みながら、先ほどまでリアが座っていた椅子に腰掛け、右手に持っていた杖をイスカの横たわるベッドの端にたてかけると、再び口を開いた。


「申し遅れました。私はイレーネ・クライフォールと申します」


「あ、あぁ」


突然の自己紹介と同時に差し出された手に一瞬戸惑ってしまったイスカであったが、少しだけ姿勢を正すとイスカも自らの名を口にし、手を差し出した。


「イスカ・ローウェルだ」

「さっきはありがとう。命を救われた。」


「いえいえ、お二人ともご無事で何よりです」


にこにこと微笑を絶やさずに握手をするイレーネの手は、未だ少しの痛みと火照りが残るイスカには心地よい冷たさを帯びていた。


しかしそれと同時に、常ににこにこと微笑を絶やさずにいるイレーネに、イスカは僅かながらに苦手意識を持ち始めていた。


命の恩人に対して抱いてもいい感情だとはイスカ自身も思ってはいなかったが、次にイレーネから掛かる言葉を聞いたとき、その配慮はどこか遠くへ吹き飛んでしまっていた。


「格好良かったですよ?英雄さん」


「なっ!?」


イスカの反応に、イレーネは特徴的な金色の長い髪を静かに揺らしながら口元に手を当てて静かに笑った。


「すみません、意地悪が過ぎました」


「・・・まぁ命の恩人だし、今なら大抵のことは許せるよ」


そういって両腕を力なく上へと上げるポーズをとったイスカを見て、イレーネは絶えることのない笑みを浮かべながら口を開いた。


「でも、私は嘘を言ったつもりはありませんよ」

「貴方が魔獣をあそこまで引き付けていなければ、今頃テスカはただではすまなかったでしょう」


「・・・必死だっただけだよ」


「必死になれただけで十分ですよ」

「それは口にしたり想像するより、容易い事ではありません」


どこか実感が篭ったような力強い言葉は、優しい声色で諭すように話すイレーネとはどこか不釣合いであるようにイスカは思えた。


しかし魔獣との一件が彼女の言うような武勇伝には到底思えなかったイスカは、話題を変えるためにそういえばと前置きをしてイレーネにむかって口を開いた。


「イレーネはどうやって俺たちのところに駆けつけたんだ?」


イレーネと呼び捨てにしていることに、イスカはこの時気が付いていなかった。


これはイスカの一種の癖のようなもので、イスカを知るものであれば誰もが経験し、そしてそれが自分に心を許してくれた証であるというのが、皆の共通認識となっている。


「実は観光でもしようかと森に入ったのですが、迷子になってしまいまして」


「は?迷子?」


「はい、迷子です」


にこにこと小首を傾げながら口にした言葉は、イスカをゾッとさせるには十分なものであった。


「今ほど偶然の神様に感謝したことはないよ」


「ですが勿論、全てが偶然というわけでもないのですよ?」

「道に迷ってしまったのは本当ですが、激しい地鳴りや鳴き声はしっかりと聞こえていましたし」


「あ~、言われて見ればそうか」


納得とイスカは頷いた。思えばリアから教えられたように、自分と魔獣との追いかけっこは秘密に出来るほど穏やかなものではなかったなと、改めて思い直した。


「まぁ偶然にしろ何にしろ助かったよ」

「改めて、ありがとう」


「いえいえ、私はちょっと力を貸しただけに過ぎませんから」


右手を小さく振りながら謙遜するイレーネであったが、魔法が使えないイスカにも彼女がどれだけ凄いことをしたのかは、口では説明できずともはっきりと分かっていた。


そしてその後は、どちらからとも話さずに静かな時間が流れた。


聞こえてくるのはイスカが動くたびにするベッドの衣擦れの音と、テントの外で慌しく走り回る人の足音だけだった。


思えば始めに感じていたはずの苦手意識も大分和らいできたなと、イスカは今までのやり取りを思い返した。


しかしその時、長い沈黙を破るかのようにイレーネが口を開いた。


そしてそれはイスカの心を見透かしているかのような、ここぞというタイミングと内容であった。


「一つ、お願いを聞いてもらってもいいでしょうか」


思っても見なかった質問に少しだけ理解が遅れたが、自分の目を見て話すイレーネに体を向け直したイスカは、頷きながら質問に答えた。


「イレーネは命の恩人だからな。大抵のことはやらせてもらうよ」

「ただこんな体だから、あまり無茶なのは勘弁してほしいけど」


「そんな大変なことをお願いするつもりはありませんよ」

「ちょっとだけ、この本の上に手を置いていただけるだけで構いませんので」


「本?」


そういうと、イレーネはローブの袖に右手を入れると、中から一冊の本を取り出した。


赤茶けた分厚い装丁は見た目の大きさに反して非常に重厚感を帯び、その上に刻まれた線の羅列は解読が出来ないゆえの神秘性を漂わせていた。


そしてその本はイレーネの手によってゆっくりと、掛け布の上に置かれた。


真っ白なベッドと掛け布の中に一つだけ置かれたその本は、見ているだけで吸い込まれてしまいそうな不思議な感覚を覚えさせた。


「え、なに、どうすればいいんだ?」


突然の謎のお願いに戸惑いを隠せないイスカに、イレーネは先ほどした説明を再び口にした。


「ただ表紙の上に手を置くだけで結構ですよ」


何一つ情報が増えないイレーネの説明にただただ不気味さだけが募っていったが、了承した手前断ることも出来ずにイスカは恐る恐る右手を本の上へと運び、そっと手を触れた。


するとその瞬間、バチッという強烈な音がテントの中に響き渡り、驚いたイスカは思わず掛け布の下で真っ直ぐに伸ばしていた足を痛みも忘れて曲げると、その勢いで本はばさりと音を立てて地面へと落ちていった。


「うおっ!?び、びっくりした・・・」

「変なお願いだと思ったらドッキリかよ・・・。あんたも人が悪いな」


「・・・」


「あー、悪い。本落としちまった」

「ただイレーネも悪いんだぜ?こんな人を嵌めるようなマネして」


「・・・あっ、そ、そうですね、申し訳ありませんでした」


心ここに在らずといった風に、ぼーっと自分を見つめるイレーネに、イスカは訝しがりながら再度声を掛けた。


「嵌めたのはそっちなのに何でそんなに驚いてるのさ」

「・・・まさかやっぱ本落としたの拙かったか!?」

「なんか高そうだったもんな・・・。傷とか付いてないか?」


置き去りにされた思考を何とかして手繰り寄せようとしている自分へ心配そうに声を掛けるイスカに、イレーネはぎこちない笑みを浮かべながら口を開いた。


「大丈夫ですよ」

「確かに高価な物ですが、それは単に値がつけられないという意味ですので」


「え、それすっごい高級ってことじゃないのか?」


「いえいえ、単純に売れるような代物ではないというだけです」

「それよりどうでした?びっくりしましたか?」


おどけるように笑うイレーネの笑顔にイスカは先ほどまでとは違った印象を持っていたが、それでも楽しそうに自分の感想を待っている彼女に対して肩を竦めながら答えた。


「はいはい、大変驚きましたとも」

「まぁ流石に本に手を置いてくれなんていうのは怪しすぎたけどな」

「次はもっとマシな誘導方法を用意したほうがいいんじゃないか」


「そうですね、参考にさせて頂きます」


「でもなんだってこんなお願いを・・・。もっとマシなのはなかったのか?」


「いえいえ、ご協力に感謝します。痛くはありませんでしたか?」


「え゛?やりようによっては痛かったのか?」

「いや、実際痛くも痒くもなくてただ驚いただけだったんだけど」


ころころと変わるイスカの表情を見て自然と笑みが浮かんできたイレーネは、地面に落ちた本を拾い上げるとぱんぱんと埃を叩いて再びローブの袖口へと本を仕舞い込んだ。


そしてそのままベッドの端ににたてかけてあった杖を手に取ると、改めてイスカのほうに向き直り声を掛けた。


「怪我人を前に長居をしすぎてしまいましたね」

「私もそろそろ行きますので、後はゆっくりとお休みください」


「お、そうか?何も出来なくて悪かったよ」

「こんなんじゃなかったら、村の案内ぐらいは出来たんだろうけど」


「いえいえ、十分楽しかったですよ」

「それでは、失礼しますね」


そういって立ち去ろうとする自分に手を振るイスカを見て、フードを被ろうとした手を止めたイレーネはその手を小さく振り返し、静かにテントを後にした。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



テントを後にしたイレーネは、無理やり押し込めていた心臓の鼓動を元に戻すと、ゆっくり大きく息を吐いた。


事前にある程度の予想はしていたが、実際に目の当たりにするそれは主席研究員となる前もなったあとでも初めてのことである。


「イスカ・ローウェルですか」

「面白い子でしたね」


そして思わず感想を呟いたイレーネは、本をしまっていた袖口とは反対の袖へと手を入れると、黄色い魔法石を取り出してゆっくりと宿泊している宿に向かって歩きながら魔法石に向かって声を掛けた。


『もしもし。今お忙しいですか?』


『・・・滅茶苦茶忙しい』


『実は調べてほしいことがあるのですが』


『あれ、俺今忙しいって言ったよな?』


『貴方が受け持つとある生徒の開示できるだけの情報と、ある物のチェックをお願いしたいのです』


『・・・期限は?』


『早ければ早いほどいいのですが・・・。3日で如何でしょうか』


『明日宿まで迎えに行く』


『ありがとうございます』

『それではまた明日、お願いしますね』


『はぁ・・・』


男の深い溜息を最後に、魔法石からは声が聞こえなくなっていた。


目的を達成したイレーネは魔法石を袖の中に仕舞いこみ、軽い足取りで宿へと歩を進めたのだった。

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