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エンチャント!  作者: もっこす
旅立ち編
4/24

Act.4 『白い魔獣』

【同日 13:50 テスカ村南部:テスカ村入口前広場】



「なんだ、こりゃ・・・」


目的の場所へとたどり着くまでに一度も足を止めなかったイスカは肩で息をしながらも、目の前に広がる光景を前に思わず声を漏らした。


それと同時に鼻を掠める強烈な鉄のような臭いがイスカを襲い、更にそれが目の前の惨状により現実味を帯びさせていた。


村の男たち総出で築きあげた、ささやかではあるが立派な作りの高見櫓は既にその原型を留めないまでに打ち壊され、素材として使っていた丸太のいくつかも不自然な形で裂け、辺りには所々血が飛び散っていた。


そして目の前の状況に、やっと遅れて思考が追いついたイスカは、近くから聞こえるうめき声を辿り、すぐさまその声の元へと駆け寄った。


「う・・・あっ・・・」


「お、おい!大丈夫か!?しっかりしろ!」


近くの柵に背をもたれさせて座っていた男性の腹部からはかなりの量の出血が確認でき、素人目に見ても重傷であることはすぐに理解できた。


「魔獣だ・・・きょ、巨大な、白い・・・」


「分かったから!もう喋らずにゆっくりしてろ!」

「すぐ応援が駆けつける!それまで頑張るんだ!」


髪はぼさぼさで、辛そうに体全体を使って呼吸をする男にどこか見覚えがあったイスカであったが、緊急を要する事態に持ち上がりかけた疑問をそのまま隅へと追いやった。


そしてイスカは腰に下げていたタオルを手に取ると、応急処置の止血のために腹部の切り傷へと押し当てた。


「汗臭いが我慢してくれよ」


「た・・・助かる・・・」


イスカの言葉に少しだけ口元を緩めた男性は、それでも辛そうに全身を上下に揺らしながら呼吸を繰り返している。


しかしそんな時、村の外から叫び声が聞こえてきたイスカは、脇においていた鋤を手に持ち直すとすぐさま声のするほうへと走って行った。


そして不規則に倒れる丸太の脇を通り過ぎた瞬間、目の前に広がる光景を見たイスカは急激に口の中が乾いていく感覚を覚えた。


雪山を思わせるような白い巨体、鍬のように剥き出しになった爪と牙、そして宝石とも見まごう如く鮮やかに光を宿す赤い瞳。


その見た目にイスカは一瞬見惚れてしまうような美しさを感じていたが、成人男性の優に三倍はあろうほどの体躯が、全身の毛を逆立て巨大な尻尾をゆらゆらと揺らしながらゆっくり村の入口へと向かっている光景を目の当たりにし、すぐさま思考を切り替えた。


「確かにこりゃ、化け物だな・・・」

「にしたって、こりゃでかすぎるだろ・・・」


そしてここに来るまでの間に脳裏に思い浮かべていた「狼の魔獣」が酷く可愛らしいものであったことを思い出し、イスカの口元は思わず緩んでいた。


すると、遠巻きに魔獣の動向を探っていた十名近くの村人が、意を決したかのように一列に隊列を組んだかと思うと、一斉に魔法を詠唱し始めた。


しかし各々が色とりどりの詠唱紋(ルーン)を構築しいよいよ魔法が発現するといった矢先、突然の耳を劈くような咆哮が、周囲の空気を揺れ動かした。


『アオオォォォオオオォォオンン!!』


「っ!?」


魔獣の横からその様子を見ていたイスカであったが、あまりの衝撃に後ろへ吹っ飛ばされそうになる感覚を覚えるほど、魔獣から発せられる咆哮は凄まじい威力があった。


しかしそれ以上にイスカが驚いたのは、魔獣の前に立ち塞がっていた村人たちの詠唱紋(ルーン)が一つ残らず霧散し、誰もがのしのしと迫り来る魔獣から逃げようともしないことであった。


良く目を凝らしてみると村人たちの目は全員どこか虚ろで、詠唱のために突き出した右手や左手もどこか力なく宙に漂っているように見えた。


そして魔獣も周囲に敵対する者がいなくなったことに納得したのか、ゆっくりとした足取りで村の入口へと歩を進める。


加えて魔獣が歩くたびに起こる振動で、一人、また一人とその場に倒れ始める村人を目の当たりにしたこともあり、いよいよ事の重大さを理解したイスカはジリっと一歩その身を後ろへとずらした。


しかしその時、身を隠すために使っていた丸太の一本が音を立てて崩れていき、イスカの身を隠すものは何一つとしてなくなってしまった。


「あ、やっちまった!?」


『・・・グルルルル・・・!』


そして真っ直ぐ村の入口に向かおうとしていた魔獣はその歩みを止め、ゆっくりとその巨体を反転させて、吸い込まれそうなほどに輝く赤い瞳でまっすぐイスカを見つめた。


「や、やっぱそうなるよな・・・」


今更ながら自分の要領の悪さに嫌気がさしたが、それでも村への侵攻が止まったことを考えればこれもまた良しと、無理やりこじつけることでイスカは自らを鼓舞した。


「となると、次の手は」


しかし人間はこういう時にこそ冷静になれるらしい。頭の中は酷く透明で、目の前の光景も先ほどまでとはうって変わって絶望的な状況には映っていなかった。


そしてゆっくりとこちらに向かって歩みを始める魔獣の端に、未だに一人でブルブルと足を震えさせ、両手で斧を持った同い年ぐらいの男に向かって、イスカは声を張り上げた。


「おい!そこのあんた!」


「・・・あ、はっ!ぼ、僕?」


「そう、あんただ!動けるか?」


「だ、大丈夫!怪我もして無い!」


魔獣を挟んでイスカとはちょうど反対側に立っていた男は、恐怖のあまりにその声は擦れてはいたものの、しっかりとイスカの問いに答えた。


そんな様子を見て安心したイスカは、さてと右手に握っていた手放し、男に向かって指示を出した。


「なら、これから村はずれの警邏隊の駐屯地まで走って、応援を呼んできてくれ!」

「それとも、もう誰か応援にはいっているのか!?」


「い、いや!皆コイツにやられちゃって、誰も外へは出れてない!」


「それなら、あんたがその役割を負ってくれ!」


「わ、わかった!でも、君はどうす、あっ!ちょっと!」


その時、イスカは男の返事を待たずして真っ直ぐ自分の背後に広がる森へと走っていた。自らに歩み寄る魔獣の歩幅の間隔が次第に広がっていくのが分かったイスカには、もはやこのタイミングしか残されていなかったのだ。


「東の森へ魔獣を引き付ける!その間に警邏隊に連絡するんだ!」

「頼んだぞ!」


それだけ言い残し、イスカは鬱蒼と生い茂る森の中へと走って行った。そしてそれが合図になったかのように、魔獣も力強く地面を蹴り上げ、転がる丸太を蹴り飛ばしながらイスカの後を追い始めた。


残された男は魔獣が森の中へその巨体を無理やりねじ込み、木々が倒れ鳥たちが慌てて飛び立っていく音に意識を引き戻され、思い切り地面を蹴って村の外れにあるライザル国軍警邏隊の駐屯地へと走り出した。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



イスカと男がその場から立ち去ってから数分後、どたどたと足音を響かせながらガモンたちが到着した。


「こりゃぁ・・・ひでぇ有様だな・・・」

「おいっ!急いで重傷者の手当てだ!少し離れた場所に仮設テントを作るぞ!」

「魔獣もまだ近くにいるかも知れねぇ!急いで進めるぞ!」


ガモンの指示に大きく声を上げて頷く村人たちは、一人一人手近の負傷者に手を貸しながら、ゆっくりと一所に集合させていく。


そしてガモンたちが救助活動を始めて更に数分後、やっとの思いで到着したアリシアは目の前に広がる光景に思わず目を顰めた。


村の象徴とも言ってもいいぐらいに立派に仕上がった高見櫓の無残な姿、所々に付着する血と、チリチリと丸太が燃える臭いが、ここで繰り広げられた惨状を如実に物語っていた。


そんな中、数人の村人達と話をしているガモンを見つけたアリシアは、未だ整わない呼吸を無理やり押し殺し、小走りにガモンの元へと近づき声を掛けた。


「ガモンさん!」


「アリシア!?馬鹿!お前も避難してろって言っただろう!」


「ごめんなさい!でも、居ても立ってもいられなくて・・・」


思いのほか素直に反省するアリシアを前に、ガモンもばつが悪くなったのかむぅと低く唸りながらその大きな手をアリシアの頭にぽんと置いて声を掛けた。


「まぁ来ちまったもんはしょうがねぇ」

「さっき目を覚ました奴に聞いたが、気がついた時にはもう魔獣の姿は無かったらしい」


「そう・・・よかった・・・」


「なぁに!俺たちテスカっ子に掛かれば、魔獣の一匹ちょろいってもんよな!ガッハッハ!」


そう言って両手を組みながら大笑いする声は不思議とみなの心を安心させ、傷を負って横たわる村人たちの表情にも笑みが戻っていた。


そんな空気がアリシアにも伝わり、彼女も同様に笑みを作りながらそういえばとガモンへ質問を投げかけた。


「よかった・・・あの馬鹿も無事なのね」

「それでガモンさん、イスカは今どこに?」


本当に、何気ない質問だった。思っているような答えが返ってくると、無邪気に信じていた。


あの馬鹿のことだから、きっと掠り傷でも負って半べそでもかいているんだろうと、本気で信じていた。


「いや、そりゃこっちのセリフだ、もう会えたんじゃないのか?」

「俺たちは途中で応援を呼んだり救命道具を集めたから、てっきりお前のほうが早く・・・」


ガモンの答えに、アリシアの口元に浮かべていた笑みが、歪な形へと変化していく。


「あの野郎、居ないのか?おい、ちょっと待て、冗談だろ・・・?」

「誰か!イスカを見てないか!?イスカだ!」


アリシアよりも少しだけ早く現状を理解したガモンが大きな声で周囲の人間に語りかけるが、誰もが首を横に振りその質問への答えは一つとして返ってこなかった。


「嘘だろ!?なんでこんなに居て誰も見てねぇんだ!?」

「おい、あんた!気絶する前にイスカを見てねぇのか!?」


興奮気味に肩をゆすぶり一人ずつ問いかけるガモンの姿を、アリシアは呆然と見ているしかなかった。


「嘘・・・」


そして自分の頬に伝わる水滴の存在を改めて認識した途端、全身から力が抜けたアリシアはその場にぺたりと座り込んでしまった。


そんな姿が視界の隅に映ったガモンも、大きく悪態をつきながら尚も一人ずつに声を掛けるが、誰一人としてイスカの消息を知るものはいなかった。


変わり果てた村の様相を、自分でも焦点があっていないのがわかるように、アリシアはゆっくりと見回していた。


そんなことをしても見つかることは無いのは本能で理解していたのに、今のアリシアにはそれ以上に行動を起こす気力が残されてはいなかった。


しかし、心が空っぽになりかけたアリシアの耳に、ふと聞き覚えのある声が届いた。


「アリ、シアか・・・?」


しきりに自分の名前を呼ぶ声が気になったアリシアは、体中にありったけの力を込めて立ち上がり、ゆっくりとした足取りで声のする方角へと歩を進めた。


するとそこには倒れた丸太で死角になるように、柵によっかかりながら少しだけ笑みを浮かべているDan Glows(ダン・グロウズ)の姿があった。


ダンはアリシアの兄であるマルクの友人であり、この村唯一のパン工房を営むCecil Glows(セシル・グロウズ)の夫だ。


またダンは村の中でも数少ない役員の職にも就いており、村の会議をする際には必ずブライト家へ赴くため、アリシアとも面識は深かった。


「っ!ダンさん!?大丈夫!?」


「も・・・問題、ない。止血は、済んでる・・・」

「それに、そこまで深く、傷はついてないよ、ふぅ・・・」


「そう・・・よかった・・・」


ゆっくりと深呼吸をするように空気を肺に入れるダンの腹部は真っ赤に染め上げられていたが、確かに本人が言うように既に血は止まっており、命に別状はなさそうであった。


それでも目の前に居るのが怪我人であることは変わらないと、アリシアはすっと立ち上がるとダンに声を掛けた。


「待ってて!今治癒魔法が使える人を」


「ま、まてアリシア・・・まってくれ」


一度は踵を返したアリシアであったが、自分を呼び止めるダンの声に再び振り向き、その血だらけになった右手に力強く握り締められているものをみた瞬間、少しずつ心の中が満ちていくのを感じた。


そして次にダンの口から聞こえた言葉は、空っぽになりかけたアリシアの心を満たすのに、十分なものであった。


「あいつは、イスカは・・・まだ闘ってる・・・」

「東の森だ、ふぅ・・・。あいつが今、東の森で魔獣を引き付けてる」


「え、ダンさん!本当ですか!?」


相手が怪我人であるということも忘れ、アリシアは両手でダンの肩を力強く掴むと、それに答えるようにダンはニカっと笑いながら答えた。


「あぁ、確かあれは、Noise(ノアズ)さん家の子だ」

「その子が今、イスカに頼まれて警邏隊の、駐屯所へ応援に行ってる」


「そう、ですか」


時折大きく息を吸いながら、それでも一生懸命イスカの所在と今の状況を伝えてくれるダンに、アリシアは溢れる感謝の気持ちで胸が押しつぶされそうになった。


「後、悪いな・・・これ。アリシアがあいつにあげたやつだろ?」

「イスカが止血、用に置いてってくれ、たんだ」

「血だらけにしてしまって、申し訳ないが・・・君に返すよ」

「確かに汗臭かったと、後で君からも、伝えてくれるかい?」


「・・・はいっ!」


瞳を潤ませながら力強く頷くアリシアを見たダンはゆっくりと右手から力を抜くと、アリシアの手の上にふさりとタオルを落とした。


それと同時に、そばを通りかかった村人がアリシアとダンを発見し、ダンは大人数名に抱き抱えられるように仮設テントの方へと運ばれていった。


そしてその場に残されたアリシアは静かに瞳を閉じ、大きく深呼吸をした。


壊れかけそうな心が、次第に元の形を取り戻していく。


「イスカが未だ闘ってるっていうのなら、私もまだ諦めない」


既に半分は血で赤く染まり、可愛い犬の絵も殆ど見えなくなってしまっていたが、それでもそこに描かれた笑顔はアリシアに十分な力を分け与えた。


「待ってなさいよ・・・」


覚悟は決まった。


風が吹き、目元に感じる冷たさを右手の甲で拭い去ったアリシアはタオルをぎゅっと握り締め、力強い足取りで再び走り始めた。


その行く先は、昼間でも光の届かない鬱蒼とした木々が生い茂る深い森。


イスカと魔獣が未だ闘いを続ける東の森へと、アリシアはその身を沈めていったのだった。

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