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エンチャント!  作者: もっこす
旅立ち編
3/24

Act.3 『異変』

【同日 13:15 テスカ村西部:ブライト家私有地】



「おー!イスカおせぇぞ!」


「お、Gamon(ガモン)のおっちゃんも来て・・・っていででで!」


「ガッハッハ!今日は頼むぜ、悪ガキ!」


昼食を済ませ、約束どおりブライト家の畑まで足を運んだイスカを手荒く向かえたのは、この村で唯一の練成師であるGamon Rockfield(ガモン・ロックフィールド)だ。


練成師とは世界各地で出土される魔法石(まほうせき)を、一般家庭でも使用できる形に加工することを生業とする職業である。


世界各地には特別な効力を有した魔法石が数多く存在し、明かり代わりに使う簡単なものから同一の魔法石間で声や映像を届けるものなど、その内容は多岐に渡る。


しかし村の北側に僅かな鉱山しか有していないテスカの村では、村の人々が日々暮らすために使う分だけの魔法石しか産出されないため、ガモンはさながらテスカ村だけのお抱え職人となっている。


巨大な体躯と渋みのある低い声から威圧的な人物に思われがちだが、真っ直ぐ芯の通った性格は村の誰からも信頼され、ダンナの愛称で親しまれている。


ちなみに村の誰からも買い替えを薦められているガモンの工房にある鍛造炉であるが、買い替えを渋っている理由が子供の頃のイスカたちが悪戯でつけた傷が懐かしいからという理由であることを、ガモン以外は誰も知らない。


「いてて・・・相変わらず馬鹿力だなぁ」


「お前はもっと筋肉つけろ!そんなんじゃモテないぞ?ガッハッハ!」


バシバシと遠慮なく背中を叩いてくるガモンに苦笑いを浮かべながらも、イスカは当初の目的を果たそうとガモンに口を開いた。


「それで、今日は何すればいい?」


「そうさなぁ、畝はもう作ったし、早速端から種でも蒔いてもらうか」

「ほら、コイツが種だ、落とすなよ?」


そういうと、ガモンは小さめの白い袋をイスカに手渡した。


「説明はいるか?」


「去年と同じでいいなら大丈夫」


「ガッハッハ!流石はテスカっ子だな!その調子で頼むぞ!」


イスカの受け答えに上機嫌そうに笑うと、遠くでダンナと呼ぶ村人の下へと巨体を揺らしながら歩いていった。


「しかし毎度のことではあるけど、あの巨体で畝を避けながら歩く姿は凄い違和感だな・・・」


巨木のような足をのしのしと、それでいて伸びやかなストロークで歩を進めるガモンの姿を眺めながらも、イスカはさてと一息入れてスタート地点へと歩いていった。


すると、少しだけ斜面になっている畦道の上から、さきほど聞いたばかりの軽快な声が聞こえてきた。


「やっとるかね、少年」


「いや、お前の家の種蒔きだろうが」

「ってか何食ってんだ、俺にも寄越せ」


「嫌よ、働く前の糖分補給なんだから」

「あ~、それにしてもセシルさんの作る菓子パンは絶品ね~」


一度家に帰って運動着に着替えてきたアリシアは、菓子パンを頬張りながらにやにやとイスカを見下ろしている。


中にクリームが詰まっているのか、風に乗った甘い臭いがイスカの鼻腔を擽った。


しかしそんな彼女の挑発的な態度に歯向かうと、それ以上の制裁が待っていることを良く知っていたイスカは、未だに不敵な笑みを浮かべ続けるアリシアを視界の隅に置き中断していた作業を開始した。


春先の正午過ぎ、日が一番高く昇る時間帯は中腰の姿勢で種を蒔くイスカの体力をゆっくりと奪い、額には薄っすらと汗も出始めていた。


そしてそんな汗を拭おうと腰に挟んでいたタオルを手に取ったとき、菓子パンを食べ終えたアリシアがイスカに声を掛けた。


「イスカって、まだそのタオル使ってるのね」


「ん?これか?」


アリシアの言葉に、イスカは汗を拭おうと手にしていたタオルをばさっと広げて見せた。


そのタオルの端は所々糸がほつれている箇所があったが、それでも丁寧に補整されていることが、そのタオルがいかに長く、大切に使われているかを物語っていた。


「あげたあたしが言うのもなんだけど、そろそろ新しいのに変えなさいよ」

「男のイスカが使うには少しかわいらしすぎるんじゃないの?」


「いや、本当にシアが言うのもおかしいけどなそれ」


そういって広げられるタオルの中央には、デフォルメされた犬が二本足で立って笑顔でピースをしている絵が描かれていた。


「なんだかんだで一番使ってるし、今更他のもなぁって気がするんだけど」


一頻り汗を拭き終わったイスカは、タオルを再び腰に挟み直し言葉を続けた。


「やっぱお前がくれた初めてのプレゼントだし、使い続けたいよ」


「・・・そ、そう」


いつもより覇気が無いような様子で返事をするアリシアの表情は、少し頬が赤みがかっているように見えたイスカであったが、続く沈黙に居たたまれなくなり再び作業を開始した。


その後も二人の間に会話が生まれることも無く、少し進んでは汗を拭いながら作業を進めるイスカの姿を、アリシアはただ見つめているだけであった。


しかしそんな中、アリシアは勢い良く立ち上がったかと思うと頬をパチンと叩き口を開いた。


「おっし!切り替え完了!」


「お、充電完了か?」


そんなところと返事をするアリシアの頬には先ほどまでの赤みはなく、いつもの調子が戻ってきたことにイスカは少し喜びを感じた。


「私も種貰ってこよっと。ガモンさんって今どこにいるの?」


「ん、さっきあっちで呼ばれてたけど、今はどうかは・・・」

「あぁ、いるじゃん、ほらあそこ」


アリシアの問いかけに作業を中断して辺りを見回したイスカは、畦道の先で他の村人と話をしているガモンを見つけると、ひょいひょいとそちらに向かって指を指した。


その仕草を見たアリシアもそちらに視線を移し、目的の人物を視界に捕らえると大きく手を振りながら口を開いた。


「あ、いたいた」

「おーいガモンさーん!私にも種分けて~!」


大きな声を張り上げ、ポニーテールを揺らしながら遠くにいるガモンの元へと走っていくアリシア。そんな彼女を視界の隅に置き、自分も作業を再開するかとイスカは再び種をまくために中腰の姿勢をとった。


しかしその時、遠くの方で何か大きな音がしたような気がしたイスカは、無意識の内に体勢を元に戻していた。


「・・・何だ?今の」


奇妙な胸騒ぎがする中、イスカはもう一度音の正体を確かめようと耳を済ませた。


すると、今度ははっきりとその声がイスカの耳へと届けられた。


『ワオォォォン』


「・・・遠吠え?」


周囲で作業をしていた村人達も同様の声を聞いたのか、作業を中断して近くにいるもの同士で集まり、なにやら話を始めている。


遠吠え、穀物庫、警邏隊。ひそひそと話す村人たちの声からはそういった単語が聞こえてきたが、その中でも一つの単語を聞いたことでイスカの予想は更に核心へと近づいていった。


魔獣、それは人以外の生命体に魔力が宿った生物を表す総称である。


アズガルド創世記で女神と魔王の戦いが描かれるように、このアズガルドには魔王の眷属たちの子孫に当たる魔物たちが未だ各地に存在している。


しかし魔法都市国家ライザル、獣人国家Gaizel(ガイゼル)商業国家Sanray(サンライ)の主要三国家の相互協力もあり、近年ではそういった魔物の目撃例も数百年前に比べれば激減している。


テスカ村に至っては、過去10年にわたり魔獣の目撃例は無く、最後に目撃された報告でも森の木々から染み出た樹液に魔力が宿った、スライム型の低級モンスターでしかない。


しかしそれでも考慮に値しない程度の可能性ということは決して無いため、辺境の地であるテスカであってもライザル国軍の警邏隊が、決まった周期で近隣の安全を見守ってくれている。


「しかし魔獣か・・・。遠吠えから察するにWolf(ウルフ)種だろうけど・・・」

「となると穀物庫は全滅か。ハーヴェスタも近いっていうのに・・・」


そうとなれば相当厄介だと、イスカの表情は険しくなった。


スライムのような液体型や、ゴブリンやオークと呼ばれる人型を模したものたちは、魔獣の中でも脅威が低い低級魔獣として知られている。


しかし魔獣の中でも、ウルフ種は常に群れで行動する特性を持ち、スライムやゴブリンといったような魔獣とは違い高い知能も持ち合わせている。


一匹そこらの個体数であれば魔法の心得がある者たちだけで対処はできるが、多いときは数十匹で行動することもあるウルフ種相手では、付近を警備する国軍警邏隊の力を借りなければかなり厳しい。


更に頭を抱える要因は、ハーヴェスタ開催を控えた今という時期にもある。


数日後に開催する予定のハーヴェスタに向けて、村では観光客向けに振舞う予定の食料の全てが、村の東側にある穀物庫に保管されている。


今回のように魔獣が人里に下りてくる可能性がある場合、その魔獣の目的は十中八九そういった穀物庫に保管されている大量の食料が目当てだ。


「作業どころじゃなくなりそうだな・・・」


一頻り思考を終えたイスカが改めて当たりを確認すると、村人達も今後の動向が気になるのかおのおのが畦道へと上がり、ガモンの元へと走っていく。


やはりこういうときは頼りになるなと、心配そうな表情を浮かべる村人たちの中心でガハハと腰に手を当てながら大笑いをしているガモンの表情を見て、イスカも思わず口元を緩めていた。


しかしその時、遠くの方からこちらに向かって大きな声を張り上げながら走ってくる村人を視界に捉えたとき、イスカの心臓はどくんと強く跳ね上がった。


「魔獣が出た」、「女子供は避難しろ」、「魔法が使える者は対応に」、そういった予想をしていた言葉が聞けるものだと思っていた。


しかし、そういった言葉が聞けたとしても、痛いぐらいに高鳴る鼓動は収まりはしないだろうということを、イスカは無意識の内に理解していた。


そして加速する思考の中、一粒の水滴が水面へと波紋を作るかのように一つの言葉が浮かび上がった。


『どうして、そっちから走ってきた?』


遠吠え、魔獣、食料、ハーヴェスタ。ありとあらゆるキーワードから導き出した、最も可能性が高いと思っていた答えは、村の入口方面からこちらへ走ってくる村人の声がようやく聞き取れるそれとなった瞬間、もろくも崩れ去っていた。


「魔獣が!巨大な狼の魔獣が!!む、村の入口に現れやがった!!」


辺りを支配する一瞬のざわめき。


恐怖のあまりに尻餅をつく者や、わなわなと唇を振るわせる者など様々であったが、そんな中、不安そうな表情を浮かべるアリシアの表情を見たイスカは、斜面に投げ捨てられていた鋤を手に取ると、思い切り地面を蹴り上げて、走ってきた男とは真反対の方向へと走り始めた。


「あ、コラ!イスカ!戻れ!どこ行く気だ!」


「俺たちが村を守らないでどうすんだよ!」


「馬鹿野郎!だからって一人で行くんじゃねぇ!!」


ガモンの声を背中に更に速度を上げたイスカの姿は、瞬く間に小さくなっていった。


そしてガモンは小さく舌打ちをした後、持ち前の低い声を大きく張り上げ、近くの村人達に指示を出した。


「オラ!お前らも何じっとしてんだ!俺たちもイスカの後を追うぞ!」

「アリシア!お前は村の北側まで避難してろ!」


「・・・わかった」


「戦える奴は武器を持て!魔法に心得があるやつはどれだけいる!」

「急げ!イスカに追いつくぞ!」


混乱の中でも的確に指示を出し続けるガモンを先頭に、大勢の村人たちはその後を走って追いかけていった。


そんな姿を頼もしくも思えたアリシアであったが、一人で先に行ってしまったイスカのこともあり、心の波は一向に静けさを取り戻すことは無かった。


「・・・あのバカタレ」


そして残された女性たちがガモンの指示通りに避難を始める中、アリシアも意を決したかのように地面を蹴り、イスカとガモンたちの後を追うために走り始めた。


後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、風を切る音と高鳴る心臓の鼓動だけが、アリシアの耳に届いていた。


頭の中で何度も馬鹿と叫びながら、アリシアは強く地面を蹴り上げイスカたちと後を追ったのだった。

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