Act.19 『大掃除』
【同日 18:40 王立第一魔法学園高等科学生寮:食堂】
特製ソースがアクセントになった魚料理は、昼に食べたバーラム料理とはまた違った美味しさがあった。
元気がなかったユーリも美味しい料理に舌鼓を打つうちに次第に元の状態に戻り、食事も中盤に差し掛かった頃にはすでにリアと二人で楽しそうに会話をしていた。
すると突然背後から何者かに肩を叩かれたイスカは、正体を確かめようと持っていたフォークを皿へと戻して後ろへと振り返った。
「よ、イスカ。こんなところに居たのか、探したぜ」
「なんだ、カイか。そっちはもう食べ終わったのか?」
「おう!お前と違って一人寂しくなっ!」
「にしたってもう両手に花とは、手が早すぎやしないか?」
「期待してるとこ悪いが、その花の一つは俺の妹だ」
イスカの言葉を受け、リアは布巾で口元を拭いた後カイの方へと向き直り自己紹介を始めた。
「始めまして、お兄ちゃんの妹のリア・ローウェルです」
「リアって呼んでくださいね」
「おっけーリアちゃん!」
「オレはカイ・ロックフィールドだ!カイでいいぜ」
「イスカとは式典の時に席が近くて、そこで始めて話したんだ」
「あ、そうなんだ」
「私とユーリちゃんと同じだね」
リアに笑顔を向けられたユーリは、カイが席に着くのを確認すると自分もと自己紹介をした。
「ユーリ・アルトスタだ。ユーリと呼んでくれ」
「私とも仲良くしてくれると助かる」
「おう!友達の友達は俺にとっても友達だ!」
「よろしくな、ユーリ!」
溌剌とした性格で次々と交友関係を広げていくカイにイスカは改めて驚嘆したが、カイの名前を聞いても一向に気がつく素振りを見せないリアに痺れを切らし、気がつくとイスカは自分からリアに問いかけていた。
「リア、カイの名前で何か思い出さないか?」
「え?カイ君の名前?カイ・ロックフィールド、だよね?」
「・・・あれ、ロックフィールド?」
「え、えぇ!?もしかして、ガモンさんの親戚!?」
「お!リアちゃんも知ってるのか、伯父さんの事」
「って兄妹なんだから当たり前か!アッハッハッ!」
大きな声で笑うカイを見たリアは、目の前の男の子は確実にガモンと同じ血を引き継いでいることを確信して、思わず苦笑いを浮かべていた。
するとカイはその話しから派生するように、ユーリに向かって質問を投げかけた。
「イスカたちはテスカっていうのはもう分かってるけど、ユーリの出身地ってどこなんだ?」
「私か?私は『Sazna』という小さな国の生まれだ」
「ん?聞いたことがないな」
「イスカたちは知ってるか?」
「いや、俺も知らないなぁ」
ユーリの口から出た聞き覚えのない国名にカイとイスカは顔を見合わせていたが、唯一リアだけが思案顔のまま、確かめるようにしてユーリに問いかけた。
「ユーリちゃん、サズナってもしかしてずーっと西にある島国のこと?」
「驚いたな、リアは知っていたのか」
「前先生に教えてもらったことがあるのを思い出したの」
「ここから遥か西に、10年近く前に独立した小さな島国があるって」
サズナは今から13年前に、海を挟んで隣接する海賊国家Foddguldの属国から独立を果たした未だ歴史の浅い国だ。
「私はその国で、代々『Glance』という剣技を受け継ぐ家柄の出だ」
「この学園へはその剣の腕を買われて推薦されたんだ」
「お、すごいな、ユーリは推薦だったのか」
「オレは魔法実技だったから緊張したぜ・・・」
「推薦って面接だけだったっけ?」
「あぁ、教職員三名と面接だったな」
ユーリとカイが二人で入学の際の思い出話をしている中、イスカは二人の会話を聞いていてどこか食い違う部分があることに気がついた。
それはリアも同様だったらしく、二人の会話を思案顔で聞いていたイスカの表情を見て、リアがそんな兄の代わりに二人の会話へと割って入った。
「ごめんね、ちょっと聞いてもいいかな?」
「ん、どうした?リア」
「ユーリちゃんって、推薦でこの学園に入ったんだよね?」
「私とお兄ちゃんも推薦なんだけど、面接なんて一回も受けてないよ?」
「ん?」「え?」
リアの言葉を聞き表情をガラリと変えたユーリとカイは、彼女の言葉の真偽を確かめるべくイスカの視線を送った。
「確かに俺たち二人とも、面接も筆記もなんもやってないぞ?」
「俺たちの推薦とユーリの推薦って違うのか?」
「ち、違うも何も、それ『特別枠』じゃないか?」
「う、うむ、恐らくそうだろうな・・・」
「特別枠?」
聞きなれない言葉が聞こえたことでイスカは思わず鸚鵡返しに聞き返していたが、その瞬間カイは席から立ち上がるとイスカの下へとやってきて、満面の笑みを浮かべながら背中をばんばんと叩き始めた。
「なんだよイスカ!お前凄い奴だったんだな!」
「うおっ!?なんだよ急に!?」
「いや、カイが興奮するのも無理はないだろう」
「特別枠は、過去20年を遡らなければならない程昔に使われた、もはや幻といってもいい程に珍しい入学形態だと聞いている」
「え?マジで?」
「え、えぇ!?そ、そうなの?」
「でも確かに、入学するのに何もしなかったからおかしいとは思ってたんだよね・・・」
普通の推薦であれば簡単な面接程度の面通しがあって然るべきと思っていた二人であったが、それは推薦時期が遅れてしまったが故の特例処置かと思い、おかしいとは思いつつもそこまで深くは考えていなかった。
(イレーネの奴、これ知ってて黙ってやがったな・・・?)
(多分、そうだと思う)
(イレーネさんお兄ちゃんのことからかい甲斐があるって前言ってたし・・・)
(イレーネめ・・・)
自分の居ないところで妹になんていうことを暴露しているんだと、イスカは時折見せるイレーネの不敵な笑みを思い返しながら溜息をついた。
「しかしただでさえ珍しい特別枠が、その上二人とは・・・」
「特別枠に選ばれる生徒は、皆例外なく類稀な才能や能力を持っていると聞く」
「二人のどんな素養が認められたのか、興味があるな」
「そうそう、何が理由で特別枠なんて貰えたんだ?」
興味津々といった眼差しを向ける二人に、リアもイスカも顔を見合わせると一人一人説明を始めた。
「私はディーヴァとしての力があるから、それでかな」
「ほう、リアはディーヴァだったのか」
「それは確かに稀有な能力だ」
「え、リアってディーヴァの素養があるのか!」
「はー、やっぱ特別枠ともなると俺なんかとは全然違うな・・・」
「どうやら私は凄い子と友達になってしまったようだな」
そう言いながらも笑顔を浮かべるユーリの腕に、リアはぎゅっと抱きついた。
「そんで、そんなリアちゃんの兄貴はどんな素養があるんだ?」
「リアちゃんがディーヴァだし、やっぱイスカも同じなのか?」
「男のディーヴァというのは聞いたことが無いな」
「もしそうだとしたら、特別枠の推薦理由としては十分すぎるとは思うが」
自分がリアの様に歌っている姿を想像して少しだけ気味の悪い印象を覚えたイスカは、そんな光景を振り払うようにして二人に説明をした。
「どうやら俺は、未解析の魔法が使えるらしいんだ」
「え?み、未解析の魔法?」
「まだ魔法として認められる域まで解明が進んでいない魔法、ということか?」
「そういうこと」
「そしてこれが、その魔法とは呼べない魔法だ」
そう言ってイスカは腰に挟んでいたタオルを取り出すと、毎日練習をしているように少しだけ右手に力を入れると、一瞬にしてタオルを棒状の形に硬化させた。
「え、な、えぇ!?なんだこれ!?」
「ど、どうやったんだ今の!?」
「こ、これは・・・」
詠唱紋も構築せず突然訪れた変化に、二人はイスカの手に握られたタオルへ顔を近づけてじっくりと観察した。
するとカイが、恐る恐る右手でつんとタオルを突いた後、さらに驚いた様子でイスカに質問を投げかけた。
「え?つ、冷たくない?」
「氷で表面を覆ってるんじゃないのか?」
「お兄ちゃん、この魔法以外の特性は全部持ってないんだよ?」
「だから小さい頃から魔法は一度も使ったことが無いの」
「えぇ!?何も持ってないって、火も土も風もか?」
「さっぱりだな」
「実際初等科の子でも出来るような簡単な魔法も使えなかったよ」
そういって肩を竦めるイスカ。
すると、ユーリが少し恥ずかしそうにしながらイスカへと言葉を掛けた。
「その、差し支えなければそのタオルを触らせてはもらえないか?」
「あぁ、いいよ。ほら」
そう言って目の前に座るユーリに少しだけ身を乗り出したイスカは固まったままのタオルを差し出した。
「ほ、本当に硬くなってるな・・・」
「確かに氷の類で固めてるわけじゃないらしい」
「いや、寧ろ・・・暖かい?」
「うん、お兄ちゃんの固めたタオルって、なんかほんわかして暖かいんだよね」
「あっ、オレも!オレにも触らせてくれ!」
玩具を強請るようなカイも含め、目の前ではあの時のアリシアとリアの様に代わる代わるタオルを触りあう光景が広がり始めた。
そんな様子を一頻り眺めていたイスカは、自然と元の柔らかい感触に戻ったタオルを残念そうに見つめる二人に向かって口を開いた。
「そういうわけで、俺のその魔法は正確にはまだ魔法って認められてないんだ」
「だから厳密に言うと、俺は魔法が一切使えない!」
「え、お兄ちゃん、そこ威張るところ?」
そんなリアの突っ込みに笑うユーリとカイ。
「しかし未解析魔法か。どうやら世界は私が思っていた以上に広かったらしい」
「小さい国から単身飛び出してきた甲斐もあったというものだ」
「でも流石にタオルしか硬化できないってワケじゃないんだろ?」
「今のところはこのタオル限定だけど、その辺は俺の努力次第らしい」
「そもそも魔法を使ったことすらなかったから、今は毎日ちょっとずつ特訓中だよ」
イスカの言葉になるほどと頷く二人。
するとカイは手に握っていたタオルをイスカへと手渡し、食堂の壁に掛けられた時計の針を確認すると、イスカに向かって声を掛けた。
「もうこんな時間か」
「イスカ!就寝時間までお前の部屋で続き話そうぜ!」
カイの提案を聞き、イスカの心臓はどくんと強く跳ね上がった。
「え?あ、そ、そうだな?」
「ってかお前の部屋どこだったんだよ」
「食堂開放の放送聞いてすぐ4階の踊り場で待ってたのに、全然見つけられなかったぞ?」
「あ~、まぁ、うん、そうだろうな・・・」
「ん、お兄ちゃん?」
まさか会話の流れの執着地点がこんなところになるとは思いもしなかったイスカであったが、ここまでくると既に誤魔化すことも出来ず、リアに心配をかけさせまいという兄の面目は意図も簡単に潰されてしまった。
「いや、ごめん、笑わないで聞いてくれるか?」
「ん?部屋の片づけが終わってないなら俺も似たようなもんだぜ?」
「いや、確かに片付けは終わってないんだけど、なんていうか、レベルが違いすぎるというか、片付けという範疇を超えているというか・・・」
煮え切らない態度で前置きをするイスカであったが、三人の不思議そうな表情を見続けるのも忍びなくなり、渋々真実を打ち明けた。
「実は、俺の部屋2階にあるんだよ」
「む、2階?」
「2階には生徒用の居住スペースは無かったと記憶しているが」
「ええっと、パンフレットには、共同浴場、自習室、多目的室、ラウンドリー、各種用具室って書いてあるね」
「リアちゃんなんで今パンフレット持ってるんだ?」
「ご飯食べ終わったら探検しようかなぁと思って」
「ユーリちゃんと後で冒険しようねって約束してたの」
そう言ってパンフレットをテーブルの上に置くと、イスカ以外の皆の目線は見取図の2階へと集まっていた。
「でイスカ、2階のどの辺なんだ?」
「こうみると多目的室とランドリーの間が結構空いてるし、ここか?」
「いや、そこは去年までトレーニングルームがあった場所らしい」
「私も3階から降りてくる時に少しだけ見たが、一面壁張りになっていたぞ?」
イスカの答えを聞く前に各々が宝探しのようにパンフレットに指を指しながら楽しそうに話し合う光景をみていたイスカは、その流れを断ち切るかのように申し訳なさそうに自分の今の住処を指し示した。
「私の部屋は、現在此処になっております・・・」
「え?・・・えぇ!?よ、用具室?」
「な、なんでお兄ちゃんの部屋がそんなところに!?」
「空き部屋なのか?」
自分が数刻前にした全く同じ質問をユーリからされたイスカは、頭を振りながら答えた。
「残念ながら宝の山だよ」
「でっかい看板に変な着ぐるみ、平均台にボールの入った籠と、まさにワンダーランドって感じだ」
「え、え~・・・」
「だから食堂が開くまでずっと片付けしてたんだよ」
「とりあえず寝床は確保したけど、まだまだ回りはゴミだらけだ」
他人事のように話すイスカであったが、途中から一言も喋らずに居たカイが突然、テーブルをばんばんと叩きながら大笑いを始めた。
「アッハッハッハッハ!」
「ヒ、ヒィ、お腹っ・・・お腹痛い・・・っ!」
「用具室って・・・特別枠が、用具室って・・・」
「だっ、駄目だっ・・・息ができねぇっ・・・」
「え?カイ君!?」
「こ、こらっ、カイっ!」
「人のっ、不幸を笑う、などっ・・・プフッ!」
「よっ、用具室っ・・・っ!」
「えぇ!?ユーリちゃんまで!?」
「お前ら・・・」
テーブルに突っ伏して笑い続けるカイを見ているうちに自らも堪えられなくなったのか、ユーリも肩をぷるぷると震わせながら必死に口から音が出てしまわないように耐えていた。
「あぁもう、だから言いたくなかったんだよ・・・」
「あ、あぁ、すまない、軽率だったな」
一足早く我に帰ったユーリに習い、遅れてカイも目に浮かぶ涙を拭いながらイスカへと謝罪した。
「あ~、いやっ!悪い悪い!悪かったって!」
「ただなんでそんなとこに放り込まれたんだ?」
「まさか自分で用具室がいいです!なんて言った訳じゃないんだろ?」
「そんなわけあるか!」
「なんか俺の推薦の話が急すぎて、部屋が確保できなかったらしくてな」
「それで連れて行かれた先が夢の国ってワケか」
「え?でも私だってお兄ちゃんと一緒の時期に推薦貰ったのに、なんでお兄ちゃんだけ?」
「恐らく女子の方で入学を辞退する者がいたのではないか?」
「王立第一の入学を蹴るなど、相当な事情がありそうではあるが」
ユーリの推測になるほどと全員が頷いた。
するとそんな中、カイは椅子から立ち上がるとある提案を皆に持ちかけた。
「おっし!それじゃあ今からイスカの部屋の掃除を皆で手伝おうぜ!」
「そうだね!皆でお兄ちゃんの快適な学園ライフを守ろう!」
「明日は大事な登校初日だし、出来る限り快適な環境で一夜を明かしたいところだな」
突然の申し出に驚いたイスカであったが、リアはともかくとして今日出会ったばかりの二人にまで手伝わせるのは申し訳なく感じ、首を横に振りながらそれに答えた。
「いや、流石にそこまではお願いできないよ」
「皆だって、まだ自分の部屋の片付け終わってないんだろ?」
「それにユーリが言った通り、明日は初日なんだからしっかり休まな」
「はーいストーップ!」
「それ以上は言わなくていいでーす!」
言葉の途中で遮るかのようにカイはブンブンと手を振ると、ニカっと白い歯を見せながらイスカに向かって宣言した。
「イスカはほんっと水臭いな!」
「もうオレたち友達だろ?ならこういう時はそのまま好意を受け取るもんだ」
「仲間が大変な時は手を差し伸べる」
「こんな時に友人へ手を差し伸べないほど、私は浅慮ではないぞ?」
「お兄ちゃん、手伝わせて?」
「折角お兄ちゃんも一緒に入学出来たんだもん、楽しい学園生活を送ってほしいよ」
笑顔を向けながら自分を友と呼んでくれる二人と、妹の真剣な表情を見たイスカは、故郷から遠く離れた地にやってきてもやっぱり自分の要領の悪さは直らないなと、苦笑いを浮かべながら皆の提案に答えた。
「・・・そう、だな」
「わかった、それならお願いするよ」
「おっし!決まりだな!」
カイの言葉に全員が力強く頷く。
しかしその時ふと思い出したかのように、リアが誰へともなく疑問を口にした。
「あれ?でも確か男女間の部屋の移動って寮則で禁止になってなかったっけ?」
「・・・あっ」
リアの素朴ではあるが的確な指摘に、イスカとユーリはそういえばといった表情で互いの顔を見合った。
しかしそんな中カイだけが腕を組みながら不敵な笑みを浮かべ、ふふんと自慢げに話し始めた。
「ふっふっふっ、それなら問題ないぜ!」
そういったカイはポケットから学生証を取り出すとぺらぺらと頁を捲り、あったと一言呟きながら学生証を開いたままテーブルの上へと置いた。
「ほら、コイツを見てくれ」
「ん、これって学生証の寮則の項目か?」
「そそ、んでもってここ、この寮則第三項のところ」
カイがテーブルに置いた学生証の見開きの頁にはびっしりと寮則が書き込まれていたが、その中でもイスカはカイの指を指し示す部分を口に出して読み上げた。
「ええっと、何々?」
「『王立第一学園高等科学生寮寮則第三項』」
「『学生寮内生徒居住フロアにおける、男女間の往来、及び部屋への訪問の一切を禁止とする』」
「・・・なんだよ、きっちり禁止されてるじゃん」
「カイ、この寮則があるから、私とリアはイスカの部屋へいけないのだが・・・」
ただの事実の確認をしただけではないかと、飽きれた様な表情でイスカとユーリはカイを見つめたが、失敬といわんばかりにカイが口を開いた。
「違う違う、ほら、ちゃんと読んでみろって」
「『学生寮内生徒居住フロアにおける』、の部分だ」
「生徒居住フロアってのは文字通り、生徒の部屋がある2階より上の、3階から8階の部分を指す言葉だ」
「だから用具室のある2階は、生徒居住フロアから除外されるってことになる」
「つまり!2階にあるイスカの部屋なら、女子が入って大丈夫!・・・のはず!」
「お~っ!」
パチパチと手を叩くカイ以外の三人。
ただその中でイスカだけは、少しだけ躊躇していた。
それは、こんなふわふわとした言葉遊びのような抜け道を使って、大切な友人や妹を寮則違反という危険な目にあわせてもいいのかという、イスカなりの配慮であった。
するとそんなイスカの気持ちを察してか、ユーリが力強い言葉をイスカへと投げ掛けた。
「言葉遊びをするようであまり感心はしないが、もとより正式な部屋が用意されていないことの方がおかしいのだ、気にすることもないだろう」
「お、意外と男前だなユーリは!」
「だよね、お兄ちゃんは何も悪いことしてないんだし!」
「よーし!それじゃぁ皆でお兄ちゃんの部屋のお片付けをするぞー!」
「おー!」「おう!」「うむ」
「ありがとう皆。よろしく頼む」
リアの掛け声に合わせて立ち上がり、リアとユーリはトレイを持って返却口のあるカウンターまで二人で歩いていった。
そんな二人の後を追うようにイスカもトレイをもって席を立つと返却口にトレイを置き、食堂の外で待っていた三人と合流をして目的地を目指した。
そしてイスカを先頭にたどり着いた用具室の中を除きこんだ三人は、予想以上の散らかり具合にそれぞれ驚きの声を上げていた。
「こ、これは流石に予想以上だな・・・」
「す、すごいねこの部屋・・・」
「でも、うん!お掃除のし甲斐があるよ!」
「うわぁ~、こりゃ想像してた以上にファンキーなことになってるな」
イスカが苦心して確保した部屋の中央のスペースに足を踏み入れた三人は、所狭しと乱雑に放り込まれた物品を驚いた表情で眺めていた。
しかし一頻り感想を言い終えると、リアを司令塔にした大掃除がいよいよ始まった。
「お兄ちゃんとカイ君はこっちの大きいもの優先ね!」
「私はお兄ちゃんたちがどかした後を掃いていくから」
「わかった」
「おし、カイ。まずはこの平均台を出しちまおう」
「おうよ!」
「リア、私はどうすればいい?」
「ユーリちゃんは小さいものを中心に廊下の外に出していってもらえる?」
「うおっ!?なんかここの床ベトつくぞ!?」
「あー、多分エールかなんか零れてると思う」
「なんかここに連れてきた女の人が酔っ払って寝たとかいってたし」
「このボールは廊下に置いておいたら転がっていってしまうだろうか・・・」
「あ、ユーリちゃん、そっちにボール入れる籠あったよ?」
狭いスペースでワイワイと声を出し合いながら、四人は一生懸命部屋の掃除に勤めた。
そして掃除を開始してから2時間程が経過しようとしていた当たりで、中央に敷かれたマットの回りに十分なスペースが出来たことを確認すると、イスカは時計の時刻を確認すると皆に向かって声を掛けた。
「皆、そろそろ終わりにしよう」
「これ以上は明日に響くし、これだけあれば十分快適に過ごせそうだ」
「お、もうこんな時間か」
「まだ結構あるね・・・」
「一先ず、寝ている時に倒れてきそうなものは排除できたか」
「それでも寝床がマットというのはあまりいいとは言えないが・・・」
「いや、ここまで出来れば十分だ」
「ありがとう皆、助かったよ」
そう言って頭を下げるイスカに、三人は笑顔を向けて答えた。
「意外と楽しかったな!」
「とりあえず明日も午前中で授業終わるし、その後またやるか?」
「それがいいな」
「明日と、その次の休日も使えば、恐らく残りも片付くだろう」
「そうだね!」
「おーっし!それじゃ部屋に戻って明日の準備しよっかな!」
「だな、俺もまだ制服だしてないし、戻って準備しておくか」
「それじゃ、皆お休み~」
「おう、また明日な!」
「それではイスカ、また明日」
「あぁ、お休み皆」
手を振りながら部屋から出て行く三人を、イスカも笑顔で送り出した。
ある程度片付けが進んだことで用具室という部屋の本当の広さを感じ始めていたイスカは、あれほど騒がしかった部屋に訪れた突然の静寂が、今はただただ耳に痛かった。
そしてそれと同時に体中を駆け巡る疲労感に、そのまま躓く形で足元のマットにぼふっと倒れこんだイスカは、瞼が次第に重くなっていくのを感じていた。
「流石に今日は疲れたな・・・」
たった一日の間に起きた様々な出来事が、イスカの脳裏に次々と蘇ってくる。
霞み始める世界に映った時計の時刻はまだ21:00を少し過ぎたあたりであったが、体を包み込み始める快い暖かさに抗うことが出来る程、今のイスカに気力は残っていなかった。
「風呂は朝入るか・・・」
そう呟き、イスカは謎の染みを避けるように身じろぎし、ゆっくりとまどろみの世界へと意識を沈めていった。
イスカの長い一日は、こうして終了を迎えたのだった。