Act.18 『住処を求めて』
【同日 15:40 王立第一魔法学園高等科:学生寮前】
「え?いや、どういうことですか?」
「そのままの意味だ」
「この学生寮には、既に貴様の分の部屋の空きがない」
「な、何かの手違いという可能性は・・・」
「いや、こちらもこの事態は想定してはいなかったからな」
「今責任者をここへ呼んでいるから、少し待っていろ」
威圧的な態度から放たれる言葉に、最初は酷く突き放された印象を抱いていたイスカであったが、事態の解明に協力してくれる目の前の先輩の姿が今は頼もしく思えた。
すると程なくして学生寮の入口の硝子扉の奥から、長い赤髪を有した女性が欠伸をして頭をボリボリと書きながらこちらへと向かってくる姿が見えた。
そしてイスカたちの前に現れた女性は、大柄な男子生徒に向かって溜息をつきながら口を開いた。
「ったく・・・、コイツがそうか?」
「はい、学生証を改めましたが間違いありません」
「この新入生が、今年のゴールドです」
男子生徒にそう言われた責任者と思しき女性は、イスカを値踏みするように隅々まで見渡した後に、はき捨てるように言葉をぶつけた。
「実はお前の推薦の話が決まったのが急な話過ぎて、お前用の部屋が用意出来てねぇ」
「だから手違いでも何でもなくて、この寮にお前の部屋はない」
「えぇ!?折角推薦してもらったのにこんな所で躓くなんて・・・」
「あの、なんとかする方法はないんですか?」
これまで尽力してくれたイレーネの優しい表情を思い浮かべると、こんな所で諦められるとはとても思えずイスカは食い留まった。
すると女性も少しだけ考える素振りを見せた後、少しだけ陰のある笑みを浮かべながら口を開いた。
「まぁ、部屋ならないこともない」
「はぁ、しょうがねぇ。ほら、ついてきな」
「あ、はい!」
消えかけた希望の炎が再びその勢いを取り戻したように、イスカの心は少しだけ晴れた。
そして先にぐいぐいと歩いていってしまう女性を追うためにイスカは対応をしてくれた男子生徒二人にお辞儀をした後、急いで女性の下まで走って行った。
その後もすたすたと淀みなく目的地に向かって歩いていく女性は、学生寮に入って少し奥目にある階段を上り始めた。
事前にパンフレットで見取図を確認していたイスカはこの時、生徒たちの居住フロアは3階以上にかたまっていることを思い出し、これで何とか安心して学園生活が送れそうだと安心していた。
しかし目の前を歩く女性の足は3階へと向かう階段に掛かることはなく、何故かそのまま2階のフロアをぐんぐんと歩いていく。
そして長い廊下を最後まで歩ききり、突き当たりにある部屋の前にたどり着くと、ぐるりとイスカの方に向き直り扉に手を叩いて宣言した。
「今日からここが、お前の部屋だ!」
「・・・え?」
そうしてイスカが見上げた視線の先に映っていたのは、見取図の2階フロアに書かれていた、とある施設の名前であった。
「よっ、用具室!?」
「え、ここって空き部屋なんですか?」
「んなもん用具室なんだから色々入ってるに決まってんだろ」
「掃除用具に学園祭の時に作った看板、ボール、あと平均台なんかもあったな」
「は!?そ、そんな中で生活してけってのか!?」
あまりの理不尽な物言いに、イスカは相手が年上であることも忘れて取り繕うのを忘れてしまっていた。
「その代わりに中の物も内装も好きにしてもらって構わないぜ?」
「用具室って言っても結局使わなくなった物をぼんぼんぶち込んでただけだからな」
「いや、ベッドとかどうするんだよ」
「それなら中に大き目の運動用マットがあるからそれでも使っとけ」
「いやぁ、あたいも前酔っ払ってそこのマットで寝たことあったんだが、これがまた意外と快適でな?」
「はぁ!?ま、マット!?」
「そんなので寝れるわけないだろ!?」
聞く耳を持たない女性になんとか言葉を響かせようと努力をしたが、逆にその諦めない姿勢が癇に障ったのか、女性は小さく溜息をついた。
「はぁ、いいか少年、この際だから一ついいことを教えてやる」
「な、なんだよ・・・」
そしてそういって近づけてきた女性の体からは、どこか嗅ぎなれたタバコの臭いがしていた。
そして改めて腰に手を当てずいっと顔を近づけてきたことで、イスカは今までの言動を振り替えり少しだけ反省をした。
しかし彼女の言葉を聞いた瞬間、そんな風に思ってしまった自分を思い切り殴りたくなってしまった。
「困難は、乗り越えられる人の前にしか訪れないんだゾっ?」
「なっ!?」
「はっはっは!まぁ精々快適な学園生活を目指して頑張ることだな、少年」
「お前の部屋なんだ、しっかりレイアウト考えろよ?」
「じゃ、後はよろしく頼むぞ~」
「えぇ!?おい!本当にこれでいいのか!?」
「あんた一応ここの責任者じゃないのかよ!?」
イスカの最後の叫びも虚しく、女性は片手をひらひらと振りズボンのポケットに手を突っ込みながら歩いていき、やがて階段へ向かう曲がり角でその姿を消した。
「ま、マジか・・・」
一人取り残されたイスカは再び用具室と書かれた札を見上げ、一つ大きな溜息をついた。
「まぁ野宿させられるよりかマシか・・・」
「悩んでてもしょうがないし、とりあえず中を見てみるか」
持ち前の前向き思考で暗くなりかけた心を奮い立たせたイスカは、色々詰まっているという女性の言葉を思い出しながらゆっくりと用具室の扉を開けてみた。
「うっわ!?なんだこりゃ!?」
「ゴホッ!?ウ、ウェ!?ほ、埃臭ぇ!?」
扉を開けた瞬間に室内に立ち込める埃を思い切り吸ってしまったイスカむせ返り、涙目になりながら舞う埃を腕をぶんぶんと振り回して振り払った。
「こりゃ予想以上に時間が掛かりそうだな・・・」
「大物系は一人じゃ無理そうだし、とりあえず寝る場所だけでも確保するか」
今日中に全てを片付けることは無理だと判断し、イスカは一先ず塵取りと箒を手にして、埃を集めながら一人で持ち運べそうなものを部屋から外へ持ち出した。
「マットってこれか?結構大きいな・・・」
「なんか変な跡付いてるけど、これあの人の涎じゃないだろうな・・・?」
部屋の中は女性が言っていたように様々な物が無秩序に放り込まれており、奥の方にはやたら大きな看板の様なものが立て掛けられ、その脇には草臥れた兎の着ぐるみが平均台に腰を下ろしていたりと、まさにカオス状態であった。
明り取り用の小さな窓しかない部屋は熱気が篭り、イスカはアリシアからもらったタオルで汗を拭きながら只管掃除に没頭した。
まさかリアから教わったスキルをこんな所で使うハメになるとは思いもしなかったが、それでもどうにか部屋の中央部に大きめのマットが一枚置けるだけのスペースは確保することが出来た。
すると突然扉を開けていた廊下の先から、女性の声で寮内放送が聞こえてきた。
『食堂を開放しました。新入生は全員食堂へとお集まりください』
『繰り返します、食堂を開放しました。新入生は~』
「もうそんな時間か・・・」
汗をタオルで拭きながら、イスカは壁に掛けられた古めかしい時計の短針が真下に来ていることを確認した。
「最低限のスペースは作れたし、一先ずはこれでよしとしよう」
「大物系は折を見て少しずつ運び出すか・・・」
「というより、これで満足しかけてる自分が怖い・・・」
はぁと溜息を吐き、イスカは集めた埃と小さなゴミを廊下に設置されたゴミ箱へ捨て、タオルを腰に挟むと体についた埃を叩き落とし扉を閉めると、真っ直ぐ廊下を歩き始めた。
「確か見取図だと食堂は1階にあったっけ」
長い廊下は一人で歩くイスカの足音と独り言だけが響いていたが、ちょうど中腹辺りにある階段前まで来ると、がやがやと話をしながら上の階から降りてくる新入生達と合流した。
イスカもその流れにのって1階の食堂を目指し階段を下り、程なくして大きな扉が開放されている食堂へと辿りついた。
食堂には沢山のテーブルと椅子が規則正しく並べられていたが、既にその半数は埋まっているような状態で、その中には料理を載せたトレイを手に持っている生徒もいた。
流石にここまでは男女別々にはならないかと安堵したイスカは、とりあえずリアと合流しようと目を凝らしてその姿を探し始めた。
するとちょうど中央あたりの丸テーブルに、人目も憚らず手をぶんぶんとこちらに向けて振っている妹の姿を発見したイスカは、周りから注がれる視線をひしひしと感じながら足早に目的地へと向かった。
「お兄ちゃん遅いよー」
「すまん、ちょっと部屋の片づけをしてたら遅くなった」
「そっちはちゃんと部屋には入れたか?」
「ん?一人一部屋なんだから当たり前だよー」
「あぁ、うん、そうだよな・・・」
「?」
妹の口から聞かされる当たり前の大切さを改めて思い知ったイスカは、ふとリアの隣に腰を下ろしている綺麗な長い黒髪の少女に気が付き声を掛けた。
「あれ、リアのお友達かな?」
「うん!ユーリちゃんって言うの!」
「リアの兄上か、それならばきちんと自己紹介をしないとな」
そういってにこにこと笑み送るリアに微笑み返した少女は、椅子から立ち上がると小さくお辞儀をしてから自己紹介を始めた。
「始めまして。私はYuli Artstar、ユーリと呼んでくれ」
「妹さんとは入学式典の際に席が近かったので、そこから親しくしてもらっている」
「若輩者故色々と迷惑を掛けると思うが、仲良くしてくれると嬉しい」
そう自己紹介をしたユーリの背筋を真っ直ぐと伸ばし凛とした立ち姿は、とても同い年の女の子には見えなかった。
しかしそれと同時に、彼女の左腰にぶら下がっている剣のようなものが気になったイスカであったが、返礼を欠く訳にもいかないとすぐさま自己紹介を始めた。
「始めまして、ユーリ」
「俺はイスカ・ローウェル。皆からはイスカって呼ばれることが多いかな」
「一緒に進学した知り合いが居ないから、妹共々仲良くしてくれると助かる」
「それは私も同様だ、イスカ」
「しかしリアがもう友達を作ってたとは驚いたな」
「部屋も隣同士だったんだよね~」
そういってユーリの腕を組むリアから聞こえた部屋という単語を聞くと、イスカの心は妙に落ち着かなくなった。
すると、あれだけ整然とした言動をしていたユーリが、少しだけ体をもじもじとさせながらイスカに質問をしてきた。
「時にイスカ、学生証の使い方は覚えているか?」
「なにやら食堂では学生証を使って料理を注文するらしいが」
「ん?初めて使うけど多分大丈夫だと思うぞ?」
「この『Achievement Point』って書かれた頁を使うんだろ?」
ズボンのポケットから学生証を取り出しペラペラと目的の頁を開いたイスカは、そこに書かれたAchievement Pointという項目を指で触れると、新たに頁に浮かび上がってきた数字をユーリにも見えるようにテーブルへと置いた。
王立学園監修の下魔法研究所が設計した学生証は、魔道書の各種機能を模倣して作られたマジックアイテムで、見た目は普通の学生証ではあるが各頁に書かれた項目を指で触れることで、触れた項目に対応する内容が変わりに頁の中に描きだされる仕組みとなっている。
学生証の頁には全てこの仕組みが施されており、また頁毎の機能や役割も多岐にわたる。
その中でも最も多く使用するであろう機能の一つが、このアチーブメント・ポイント、通称『AP』を使用した生活支援制度だ。
APは学園エリア内だけで使用することが出来る通貨のようなもので、月に一度学園側から纏まったAPが支給されるほか、週に二度授業内で設定されている「奉仕日」を行うことである程度APを手に入れることが出来る。
学園エリア内のあらゆる施設や店舗ではこのAPを使用するための装置が置かれており、その上に学生証を置いて装置の管理者が魔力反応を起こすことで決まった額のAPが払いだされるのだ。
「俺たちもさっさと料理取りに行こうぜ」
「あまり時間掛けると列が長くなりそうだ」
「そうだね。ほら、ユーリちゃんも行こ?」
「あ、あぁ、そうだな」
何故か歯切れの悪い態度を見せるユーリが少しだけ気にはなったが、先ほどまで体を動かしていたイスカは腹の虫が大合唱を始めてしまう前にと、食堂入口付近に並んでいる列へと向かった。
するとどうやら列は3つに分かれているようで、それがそれぞれのメニュー毎に分かれて並んでいることに気が付くと、イスカは少し悩んだ後に魚介系のメニューが並ぶ列へと加わった。
「お兄ちゃんはお魚?」
「私もお昼はお肉だったしそうしよっかな~」
「俺もまさにそれが理由だな」
「ユーリちゃんはお野菜?」
「う、うむ。二人がそちらに並ぶのなら、私もそうしようかな?」
「じゃあユーリちゃんは私の前ね!」
そう言ってリアは強引にリアの手を掴むと、自分とイスカの間にユーリを滑り込ませた。
そして列に並んでから5分が経とうとした頃、ようやくイスカの番が回ってきた。
「ええと、APの項目を押してから端末の上に置いてっと・・・」
「お、出来た出来た」
学生証を端末の上においてからすぐにピロンという音が鳴ったのを聞いたイスカは、手順通りに上手くいったことを確認すると近くに積まれていたトレイを手に取り、後ろに並ぶ二人に声を掛けた。
「んじゃ俺は先に行ってるぞー」
「わかったー」
しかしふと、端末を前に学生証とにらめっこをしているユーリの姿が気になり、イスカは受け取りカウンターへと向かう足を止め、ユーリに向かって声を掛けた。
「どうしたユーリ、やり方わからないか?」
するとイスカの声に反応したユーリは、頬を掻きながら恥ずかしそうな表情を浮かべながら答えた。
「実は、私はこういった機械的な物が昔から苦手でな・・・」
「あの、だからその・・・や、やり方を教えてはもらえないだろうか」
「あぁなんだ、そんなことか、お安い御用だ」
イスカは慣れない手つきで頁を捲りながらあたふたとしているユーリの隣に立ち、どうやら最後の一工程である、項目に指で触れるという部分が上手くいっていないことが分かると、彼女の手をとり目的の項目まで指を持っていってあげた。
「ここを触ればいいだけだよ」
「ほら、出てきた」
するとユーリは、いつも凛とした雰囲気を纏っている彼女にしては珍しく、肩を丸めて縮こまるようにして顔を俯かせたまま、囁くような声でイスカへお礼をした。
「へ?あ、その、あ、あ、あの・・・」
「あ・・・りがとう・・・」
「困ったときはお互い様だ」
少しだけ頬が赤くなり、元気がなくなってしまった様子のユーリが気になったイスカであったが、あまり長居をしすぎると後ろに並んでいる人たちに迷惑が掛かると思い、縮こまったままのユーリを連れ立って料理を受け取ると、再び先ほど座っていたテーブルへと戻り腰を下ろした。
そして程なくして戻ってきたリアも含め、三人はいただきますと声を合わせて食事を始めた。