Act.17 『入学式典』
【同日 13:12 王都ラグニル西部:学園エリア】
イレーネと分かれた後、イスカとリアは学園エリア前にある検問所周辺に設置されている入学手続き会場へとやってきていた。
会場には大きめの白いテントが設置され、その中には色々な制服に身を包んだ生徒たちが一人一人新入生の入学対応をしていた。
ざっと見渡した限りではどこの窓口でも同じ手続きが行えることがわかると、イスカとリアはテントの奥のほうで手招きをしている学生がいることに気がつき、真っ直ぐ歩を進めた。
「ご入学おめでとうございます」
「こちらで入学先の学園毎にご案内しますので、お名前と、お持ちになった資料をお願いします」
「お持ちのゲストパスもこちらで受け取らせていただきますね」
そう言われ、イスカとリアは肩から提げていたバッグから入学に必要な資料一式を取り出し、首から提げていたゲストパスと一緒に男子生徒へと手渡した。
「イスカ・ローウェルです」
「リア・ローウェルです!」
「資料はこれでいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。ご兄妹一緒でのご入学とは珍しいですね」
「・・・え!?しかもお二人とも王立第一ですか!?これは凄い!」
「兄妹での入学ってそこまで珍しいんですか?」
「王立学園に限って言えば極端に少ないと思いますよ?」
「勿論学年違いであればそれなりにいると思いますが、同学年ともなると相当稀かと」
男子生徒は話しながらも器用に資料を捲り、羽ペンにインクをつけながら何かを記載していたが、作業が全て終わると渡した資料の変わりに別の資料を手渡された。
「はい、こちらが王立第一の資料です」
「このスクロールは入学式典会場の入口に立っている係員の学生に渡してください」
そう言って受け取った資料にざっと目を通すと、以前イレーネが話していた学生寮のパンフレットが少しだけ見えた。
「あの、入学式典の会場はどうやっていけばいいんですか?」
「王立学園の全七校は全て学園エリアのやや西よりに固まってます」
「ただ第一はその中でも一番西側なので、ここからだと他の六校に比べてちょっと遠いですね」
「え、じゃあちょっと急いだ方がいいかな?」
「あ、遠いといっても式典には間に合う距離なので問題ないですよ」
「このテントを出て右に曲がると検問所がありますが、今日はここが検問所の代わりなのでそのまま通っちゃってください」
「そのまま道なりに行くと学生商店街がありますので、そこから更に案内に沿って歩いていけば見つかると思います」
「わかりました、探してみます」
「ありがとうございました!」
「いえ、ご入学おめでとうございます」
親切にも詳しい説明を添えてくれる男子生徒にお辞儀をしたイスカとリアは、教えてもらったとおりにテントを出て右に曲がり、ゲートキーパーに会釈をするとまっすぐに式典会場へと向かっていった。
途中説明を受けた学生商店街と呼ばれる広場は、王都の中を馬車で移動していた時に見た風景をまるで小さくしたような光景が広がっており、様々な制服に身を包んだ学生たちが思い思いの店舗へと足を運んでいた。
すると程なくして大き目の施設の前に到着した二人は、手書きで書かれた「王立第一魔法学園高等科入学式典会場入口」という立て札を見つけ、そのままの案内どおりに歩を進めた。
室内に入ると少しだけ暖かい空気に包まれ、外とは違った明かりに少しだけ眩しさを感じていた。
すると奥の方で男子生徒と女子生徒が、なにやら大きな声を出していることに気がつき、イスカとリアは顔を見合わせるとその二人の学生の方へと歩いていった。
「男子の新入生はこちらからお願いしまーす!」
「女子の新入生はこっちでーす!お間違えの無いようにー!」
「ここで男女別々になるのか」
「リア、一旦ここでお別れだな」
「うん・・・」
別行動になる不安からか、少しだけ元気がなさそうに返事をするリアに、イスカはリアの頭に手を置くと言葉を掛けた。
「まぁ多分またすぐに会えるだろ」
「別々の学校に入学するわけじゃないんだし、元気出せ」
「ほら、お前が見たがってた学生寮のパンフレットもあったし、これ読んで時間潰してようぜ」
「そうだね、うん、ありがとうお兄ちゃん」
「おし、んじゃまた後でな」
「うん!またね!」
元気良く手を振りながら案内役の女子生徒の方へと走っていくリアを見送り、イスカもさてと気合を入れなおすと案内係の腕章を着けた男子生徒に声を掛けた。
「こんにちは、新入生なんですが・・・」
「こんにちは、受付でもらったスクロールをもらえますか?」
「ええっと・・・これですか?」
受付で男子生徒に手渡された青い封蝋で止められたスクロールを取り出したイスカは、少し鋭い目つきの男子生徒へとそれを手渡した。
そして男子生徒が封蝋と解き中身を改めた瞬間、その表情が一気に険しくなるのが見えた。
(うおっ!?ゴールド!?は、初めて見たぞ・・・)
「あ、あの、何か問題でもありましたか?」
「へ?あ、いや、なんでもないよ」
「君はここから入って、ほらあそこ、一番後ろの一番端っこだから」
「式典が始まるまでそこで座って待ってて」
「はぁ、わかりました」
怪しい視線を背中に感じながら、イスカは式典会場の中へと足を踏み入れた。
会場の中には沢山の椅子が並べられており、既に学生も相当数が席についていた。
どうやら男子生徒と女子生徒は部屋の中央で二分する形で別々に座らされるようで、単純に男子が会場の前の扉から、女子が後ろの扉から入場させられただけで、女子生徒が座る椅子の方へ目を向けると、リアも自分が指示されたのと同じように一番後方の端の席に腰を下ろしていた。
そんな視線に気がつき笑みを浮かべるリアを一瞥し、イスカも周りからひしひしと感じる視線を跳ね返しながら、隅の席へと腰を下ろした。
するとイスカが座った途端、目の前に座っていた男子生徒の背中がぐるんと向きを変えたかと思うと、椅子に跨るように座りなおしながら声を掛けてきた。
「よっ!随分ギリギリに来たな!」
「オレはKai Rockfieldってんだ!」
「カイって呼んでくれ!よろしくな!」
いきなりの自己紹介に面喰ったイスカであったが、差し出された手を無碍にも出来ずにその手を握りながら合わせるように自己紹介をした。
「イスカ・ローウェルだ、そのままイスカと呼んでくれ」
「他に知り合いが居ないから、仲良くしてくれると助かる」
「おし、イスカな!オレも他に居なくてちょっと心細かったんだよ」
元気良く喋るカイからは全く心細そうな感じは見て取れなかったが、それよりも耳に馴染みのある単語が聞こえてきたことの方が気になっていた。
「なぁ、カイの親戚の人で、ガモンっていう名前の人いないか?」
「ん?ガモンさんはオレの伯父さんの名前だな」
「今は夫婦二人、テスカで練成師やってるけど、良く知ってるな」
「知ってるも何も、俺テスカ出身なんだよ」
「ガモンさんには小さい頃から色々お世話になってたんだ」
「お!なんだよそうだったのか!いやぁ凄い偶然だなぁ」
「うん、イスカとは仲良くやっていけそうだ!」
そう言ってもう一度握手を求めるカイの手を握り返すと、会場の明かりが次第に暗くなり始めた。
「お、始まるみたいだな!」
「また後で話そうぜ!」
「あぁ、また後でな」
そうしてカイは、跨ぐようにして座っていた格好を再び座り直した。
イスカも次第にざわめきが収まっていく会場に少しずつ式典の開始が近づいていることを感じ、静かにその時を待った。
既に会場の前にある壇上には男女数名の生徒が背筋を真っ直ぐにして立っており、その中でも肩に掛かるか掛からないかぐらいの長さの髪の女子生徒が一人、ゆっくりと拡声器の前に向かうと会場から音が一切消え去った。
そしてその静寂を破るかのような大きな声が、会場中に響き渡った。
「新入生起立!」
「っ!?」
いきなりのことで出遅れたイスカ以外は、全員声に合わせて椅子から立ち上がっており、一番後ろに座っていたイスカは幸いにも誰にも見つかることなく遅れて椅子から立ち上がることができた。
何故か姿を見せない声だけの学園長の挨拶だけが唯一気になったが、その後も来賓の挨拶や新入生代表の挨拶など、入学式典としてはありきたりなプログラムが次々と消費されていった。
話され続ける代わり映えのない内容に流石のイスカも少し瞼が重くなり始めていたが、プログラムの代わり際に必ずといっていいほど新入生は立ち上がらされていたため、完全に意識が落ちてしまうことはなかった。
その後も似たような話が繰り返し話され続け、偉い人なのか凄い人なのかも分からないような人からの有り難いお言葉を聞き続けているうちに、殆どの生徒が気だるそうな表情を浮かべていた。
(いくらエリート校の生徒になるとはいえ、流石にこれは堪えるか・・・)
どこか他の新入生達を超人のような存在だと思っていたイスカは、自分と同じように疲労を感じる姿に親近感を覚え始めていたが、そんな中とうとう最後のプログラムである生徒会長の挨拶を向かえた頃には、既に会場は負のオーラに満ち満ちていた。
しかし司会進行を勤めていた女子生徒はそんな空気の中でも涼しげな表情を浮かべ、壇上へ昇ってきた生徒会長である女子生徒も拡声器を渡されると、一度目を閉じた後にゆっくりと話し始めた。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
「生徒会長のAlia Moonrunnerです」
「本日皆さんは、様々な思いを胸に当学園へご入学されたと思います」
「魔法を学ぶため、スポーツを学ぶため、勿論将来のためという漠然とした願いの人もいるでしょう」
「当学園は、そんな何かを学びたいと思う生徒全員に、広く門戸を開いています」
「しかしそれは、皆さんが自ら学ぶ意志を持って、初めて成立する関係です」
「皆さん、どうか自ら動くことを躊躇わないでください」
「そして三年後、大きく成長出来たという自信を胸に、この学園を卒業していってください」
用意された挨拶の中でも少しだけ響くものを感じ取ったのか、既に居住まいなどどうでもよくなっていた生徒たちは、少しだけ背筋を伸ばし始めていた。
そして既に挨拶が終わったと思い、数人の学生が拍手を始めた瞬間、再び会場内に声が響いた。
「でも!そんなに勉強ばかりだと、皆さん疲れちゃいますよね?」
「皆さんの中でも既に探索をされた人も多いと思いますが、学園エリアには遊ぶところも沢山用意されています」
「友達と遊んで、競い合って、そしてきっと、誰かを好きになることもあると思います」
「そしてそれは、この学園で過ごす三年間でしか味わうことの出来ないものです」
「皆さん!勉強に、遊びに、私達と素敵な学園生活を送っていきましょう!」
そして最後の彼女の一言に、会場中がわぁっという歓声と拍手の音で包まれた。
女子も男子も皆一様に椅子から立ち上がり、既に会場はアリアの名を呼ぶ声で一杯になっていた。
「アリアさんって面白い人だな!」
「あぁ、生徒会長っていうからもっとお堅い人を想像してたんだけど」
「ああいうのをカリスマっていうのかな・・・」
「どっちにしろ、面白いのは大歓迎だ!」
一向に静まる様子のない会場に流石に教職員たちが鎮圧に動き、司会進行役の女子生徒もアリアの演説が終わった途端頭を抱えながらしゃがみこんでいたが、今は騒ぎを収めるために必死に拡声器に向かって声をぶつけている。
その後ようやく騒ぎが収まった後は、明日以降のスケジュールの説明とこれから学生寮へと移動する旨がそれぞれ男子代表寮長と女子代表寮長から伝えられ、女子側の前に座っていた生徒から少しずつ学生寮へと向かい始めていた。
「部屋近いといいな!」
「この席の座り順通りだったら近そうだな」
「座る時に場所指定されたし、案外可能性はありそうだけど」
「だな!おっと、先に行ってるぜ!」
そういうとカイは席から立ち上がるとイスカに軽く手を上げ、長く続く列に加わっていった。
その後すぐにイスカ以外の生徒も並びについたため、一番後ろの席に座っていたイスカは列の最後尾につきゆっくりと進む列に合わせて歩を進め始めた。
すると会場を抜けて少し歩いた先に、赤い煉瓦で造られた巨大な施設が見えてきた。
列の先頭がその施設の先へと続いていることから、イスカは目の前の建物が学生寮であることにすぐに合点がいった。
しかしゆっくりではあるものの一定のペースで進んでいた列が、途端に進んでは止まりを繰り返すようになったあたりで、話し相手もいなくなってしまったイスカは手持ち無沙汰になってしまっていた。
「・・・パンフレットでも読むか」
リアに時間潰しに使えばどうかと提案していた学生寮のパンフレットをまさか自分が開くことになるとは思っていなかったが、時間の流れを早く感じれるならとイスカは目的のものを手に取った。
パンフレットの表紙には目の前に広がる施設と同じ、赤々とした外壁と硝子張りの窓に光が綺麗に映りこんでいる外観が描かれており、その上には「ラグニル王立第一魔法学園高等科学生寮」という文字が書かれていた。
「こんな高級宿泊施設みたいなのが学生寮って言われても実感湧かないな・・・」
思わず感想が口から出てしまっていたが、一歩二歩と歩を進めながらイスカはパンフレットの中身に視線を落とした。
すると最初の頁には「ラグニル王立第一魔法学園高等科:学生寮概要」という文字の下に説明書きが長々と書かれていた。
【ラグニル王立第一魔法学園高等科:学生寮概要】
『ラグニル王立第一魔法学園高等科(以下王立第一)では、学生の自立と自律を目指すために全寮制度を採用しています。寮内に設置された各種施設は、当学園に入学された学生全員に等しく解放され、王立学園全ての共通理念である~』
時間潰しの為にとはじめは真面目に最後まで読もうとしていたイスカであったが、文字で埋め尽くされた頁よりも隣に描かれた絵図の方が気になり、説明書きもそこそこにそちらへと視線を移した。
そこには「ラグニル王立第一魔法学園高等科:学生寮内見取図」という題目が書かれており、その下には学生寮の大まかな内観や施設の説明が書かれていた。
【ラグニル王立第一魔法学園高等科:学生寮内見取図】
【9階:空きフロア】(増改築中)
【8階:三年生男子生徒居住フロア】
【7階:三年生女子生徒居住フロア】
【6階:二年生男子生徒居住フロア】
【5階:二年生女子生徒居住フロア】
【4階:一年生男子生徒居住フロア】
【3階:一年生女子生徒居住フロア】
【2階:共同浴場・自習室・多目的室・ランドリー・各種用具室】
【1階:受付カウンター・ラウンジ・共有スペース・食堂・管理人室】
※二階トレーニングルームは、昨年改修が終了した室内実技演習場へ移設されました
※室内実技演習場は一階共有スペース奥にある扉からもアクセス可能です
※昨年より進めております9階増改築部の完成は来夏を予定しております
「なんだよ、食堂もランドリーもあるじゃねえか・・・」
以前のイレーネの説明会で彼女が妙ににやにやと笑っていたのを思い出し、既にあの時から騙され続けていたのかもしれないことを思うと少し面白くはなかったが、必要に迫られてリアから教わったスキルは決して無駄ではなかっただろうと、イスカはペラペラとパンフレットの頁を捲りながら思った。
すると突然、自分の名を呼ぶ声がしたようなイスカはふと視線をパンフレットから前に向けると、入学受付の時のように椅子に座って机の上にスクロールを広げた男子学生が、自分に向かって声を掛けていた。
「君、次は君の番だよ」
「あっ!すみませんでした」
「気にしないで。名前を教えてもらえるかい?」
「イスカ・ローウェルです」
慌てるイスカに優しく微笑む眼鏡を掛けた男子生徒の顔は、どこかいつも微笑みを絶やさないイレーネに似ている気がした。
「イスカ・ローウェル君ね」
「ちょっと待っててね。ええっと・・・」
そう言った男子生徒はスクロールに目を落とすと、なにやら端の方から指を上から下へとなぞりながら何かを確認し始めた。
そんな様子を眺めていたイスカの視界の隅には、数字の隣に人の名前がずらっと書かれ、その殆どが上から横線を引かれているものが映っていた。
「はは、ごめんね。僕こういう沢山ある中から探すの苦手なんだ」
「あぁ、いえ、お構いなく」
それが寮の部屋番号と、そこに入寮する学生の名前であると辺りを付けたイスカは、既に最後の一人となった自分の名前は線で消されていないものを探せばすぐに見つかるだろうと思っていた。
しかし上から下へなぞる指がなん往復しても、一向に事態は進展する様子がなかった。
「あれ、おかしいな・・・」
「ごめんね、ちょっと待っててくれるかい?」
「は、はぁ」
すると男子学生は椅子から立ち上がると学生寮の中へ入って行き、教職員と思しき人物と話をしていた大柄な男子生徒に声を掛けていた。
すると話しかけられた男子生徒はすたすたと眼鏡をかけた男子生徒を連れだってイスカの元へと戻ってきたかと思うと、見た目に違わぬとても低く威圧感のある声でイスカに向かって口を開いた。
「学生証を見せろ」
「学生証・・・これですか?」
真新しい学生証を見せると、目の前の男子学生はその熊の様な巨大な手で乱暴にイスカから学生証を受け取ると、ペラペラと中身を確認し始めた。
「うむ・・・、貴様が今年のゴールドか」
「確かに、間違いはないようだな」
すると確認が終わったのか、男子生徒は学生証を再び乱暴な手つきでイスカへと着き返した。
その一連の対応にイスカは少しだけむっとしたが、次に出てきた男子生徒の言葉を聞いたとき、そんな感情はどこか遠くへ吹き飛んでしまっていた。
「イスカ・ローウェル」
「悪いがこの学生寮に貴様の部屋は、ない」
「・・・は?」