Act.13 『二つの作戦』
【某日 22:17 テスカ村北西部:ローウェル邸】
大きな問題もなく大盛況の内に幕を閉じたハーヴェスタのニュースはアズガルド全土に広まり、テスカは祭りが終わった今でも少しだけ賑やかさを残していた。
失踪した魔獣を捜索していた国軍も名目上のハーヴェスタの支援という役割をしっかりと果たし、今では少しずつ分隊を王都へ帰還させている。
真実を知らない一部の人間は未だに村と森を行き来する鎧を着込んだ国軍兵士を不思議そうな目で見ていたが、大きな問題も混乱も起こらぬまま、それにあわせるように魔獣もその姿を完全に晦ませていた。
しかしそんな周りの思惑をまるで知らないリアは今、自室のベッドに寝転がりながら今回の作戦内容を繰り返し頭に叩き込んでいた。
最近のリアから見たアリシアのイスカに対する態度は前に比べぎこちなく映っており、またそんなアリシアのことに気が付かないイスカを、彼女は非常にもどかしく思えていた。
しかし自然な成り行きに任せては、頑固な性格のアリシアのことを考えると上手くいくとは到底思えないし、要領の悪いイスカのことを考えれば余計に事態が悪化するのは火を見るよりも明らかだった。
そして今回リアが決行を決意したのが、このパジャマパーティーである。
気心の知れた自分と二人だけなら、きっとアリシアも素直になってくれるはずと信じていたリアは、昼過ぎになって無理やりイスカを家の外に追い出したのだ。
そして今頃はエザルの家に厄介になっているだろう、エザルならきっと自分の真意に気がついてくれると、お気に入りの犬の人形を抱き抱えながら髪を乾かして戻ってくるアリシアを待っていた。
「ふぅ、さっぱりした」
「あ、その人形まだ持ってたんだ」
「一番のお気に入りだからね」
高鳴る心臓を押さえるように人形をぎゅっと抱きしめたリアは、少しだけあとが残る相棒をいつもの置き場所へと戻した。
「それじゃ、灯り消すよ?」
「そうね。まだ眠くないけど、横になって喋りましょうか」
「は~い、それじゃ消すよ~」
そういうとリアは天井からつるされた灯明石に軽く手を触れ、部屋から灯りを消し去った。
名づけて、『お兄ちゃんとシア姉仲直り大作戦』。
いよいよ、作戦開始である。
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【同日 23:02 テスカ村北西部:トールライダー邸】
エザルは今、急に押しかけてきたイスカを自室へと招き、それぞれ寝床へとついていた。
小さい頃は良く互いの家に泊まりに行っていたが、成長するにつれてそういったこともめっきり減っていったため、今回の夜の来訪が何時以来になるかも思い出せてはいなかった。
しかしエザルには、何故イスカが突然自分の下へとやってきた、もとい送り込まれてきたかは大体察しはついていた。
だからこそ、エザルの心中は複雑であった。
隣で暢気に寝息を立て今にも本当に眠ってしまいそうなこの男に、どうやったら上手く伝えることができるのであろうかと、器用を自負するエザルも流石に迷っていた。
しかし悩んでも仕方がないことは、誰よりも自分が良く知っている。
そうしてエザルは、いつも自分が設計図を用意しないように、会話の流れに身を委ねることにした。
「悪いな、突然押しかけちまって」
「別にいいさ。大方リアちゃんに追い出されたんだろ?」
「え、良く分かったな」
「シアの奴がリアちゃんに無理やり引っ張られていくのが見えたからな」
「まぁ俺も最近お前とじっくりと話す機会がなかったから良かったよ」
「・・・だな」
既に部屋の中には暗闇が広がっており友人の表情を窺い知ることは出来なかったが、それでも声の調子からその言葉に嘘偽りがないことは、エザルには十分良く分かっていた。
「向こうは全寮制だって?」
「そう、今リアに色々教わってるところ」
「エザル知ってるか?米の伽汁で洗濯すると汚れが良く落ちるんだぞ?」
「お前が炊事してるところとか想像つかねー」
「意外と楽しいぞ?お前もたまにはやってみろよ」
「俺は彫ってる方が楽しいので遠慮します」
つれない態度をとって見せるが、暗闇の中でもイスカがつまらなそうな顔をしているのはすぐに分かった。
「いつ出発なんだっけか」
「3日後、朝六時出発」
「そうか、もうそんなしか残ってないのか」
「じゃあこの村でのやり残しはもうなさそうだな」
「・・・いや、実は未だ一つあるんだよ」
自然の流れに任せていたはずだったが、エザルはイスカの言葉を聞くと思わず心臓が高鳴った。
「シアの態度が最近変わっちまったから、あいつの怒ってる原因を知りたい」
どうやらこの友人は、考えられるうちで最悪のスタート地点には立っていなかったようだ。
そして賽は投げられた。
名づけて、『朴念仁改造大作戦』スタートである。
「お前はどうしてあいつが怒ってるって思うんだ?」
「・・・最近かまってないから?」
「いや、そうじゃないな・・・」
(これは予想以上だな・・・)
「ん、すまん、なんか言ったか?」
「いや、多分そうじゃないとおもうぞ」
「いつからシアの態度が変わったか、その境目を思い出してみろよ」
「ん?ん~・・・確かイレーネとエビ先が家に来て、推薦の話が決まった日か?」
一つ一つ自分で気づくように、エザルを慎重に言葉を選んで語りかける。
「その日は最初っから怒ってたのか?」
「いや、最初はいつもみたいにどうでもいい話をしてたな」
「その後一緒に推薦の話しを聞いて、俺が魔法が使えるって分かって、あいつ滅茶苦茶喜んでた」
「まだそのときまではいつも通りみたいだな」
「あぁ、それで推薦の話を受けてイレーネとエビ先が帰ることになって、あいつもなんか急いで帰ってったな」
「それで終わりか?」
「あぁ、その後から態度が変わってた」
ここまで自分で思い出せているのに何故気がつけないのかと流石にやきもきしてきたエビルは、自分で気が付かせないと意味がないと分かりつつもついつい誘導してしまっていた。
「お前、もう自分で答え言ってたぞ」
「は?え、どこだ?」
「・・・あ、推薦の話を受けたところか?」
「でもなんであいつがそれで怒るんだ?」
そしてとうとう我慢が出来なくなったエビルは、少し強めの口調でイスカに言葉をぶつけた。
「んなもん寂しいからに決まってるだろうが」
「え、でもあいつ凄い喜んでたぞ?」
「魔法が使えて、誰かに認めてもらえてよかったねって」
「・・・お前それ本気で言ってるのか?」
「お前が周りから認められる嬉しさと、お前がどっかいっちまう寂しさが一緒なわけねぇだろ」
「・・・あ」
一度口から吐き出してしまうと、思いの乗った言葉ほど止めることは難しかった。
「お前だけじゃない。あいつにとってリアちゃんだって、子供の少ないテスカでは珍しい同世代の友達なんだ。」
「悲しくないわけないだろ?」
「・・・そう、だよな」
「シアのやつ、自分の事見たく喜んでくれてたから、勘違いしてたよ・・・」
沈んだ声を聞き流石にもう少し言い方があったかもしれないとエザルは少し後悔したが、沈黙の後に聞こえてきたイスカの声を聞き少しだけ重荷が下ろせた気がした。
「ありがとう、エザル」
「出発までに何とかしてみせる」
時折見せるイスカの本気を久々に感じ、エビルの頬は思わず緩んでしまった。
朴念仁改造大作戦は、なんとか成功の内に終われそうだ。
「もうこれ以上の世話はやかんぞ」
「わかってるよ」
やっぱり設計図は重要だなと思いながら、次第に体を支配する心地よい気分にエビルは身を委ねていった。
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【某日 23:40 テスカ村北西部:ローウェル邸】
リアは今、非常に焦っていた。
お兄ちゃんとシア姉仲直り大作戦と銘を打ち、勇んでおしゃべり会を始めたところまではよかったが、肝心のアリシアが昔話を湯水のように消費していくため、それを受け取るのに必死で肝心の問題提起が出来ずにいた。
暗闇に慣れた目は既に時計の短針が真上に指しかかろうとしているのを目撃し、脳へ警鐘を鳴らしている。
昔からアリシアは日付を超えて起きることが苦手で、どういうわけか時計が0時を指すと途端にその目がとろんと蕩けたようになり、数分もすると完全に寝息を立ててしまうのだ。
以前に立ったままでも寝るのか皆で実験をしたことがあったが、その時は立ったままどころか見事に目をあけたまま寝息を立て始めた。
と、アリシアの昔話を聞きながら自分もそんな昔話を思い返してほくそ笑んでいたリアであったが、頭に響く警告音に改めて意志を固めると、アリシアの問いかけに返事をしながら話題が切れるのを静かに待った。
「それであんとき、イスカってなんて言ったと思う?」
「絶対肉眼で見てやる!って言って一晩中ずっと空見てたのよ?」
「いやぁ、あの時は流石のあたしもあの馬鹿正直さにはびっくりしたわね」
「エビル先生に見えないって言われてたのに必死だったよね」
「結局次の日あいつだけ皆が遊んでる中寝てるんだから世話ないわよ」
「それで私が一緒に付き添うんだからね・・・本当、やんなっちゃうわ・・・」
少しだけ、雰囲気が変わった気がした。
「・・・シア姉、お兄ちゃん気にしてたよ」
「シア姉怒らせちゃったかなって」
「・・・別に怒ってないわよ」
「嘘、シア姉お兄ちゃんと目を合わせないじゃん」
「あいつのことだからどうせ何で怒ってるかなんて想像も出来ないわよね」
「・・・別に怒ってないけど」
予想以上の頑固さに、少しだけ眩暈がしてくる。
そんな大量の水を塞き止める岩壁に、リアは少しだけヒビを入れる。
「うん、シア姉は怒ってないよ」
「でも、自分には怒ってるんでしょ?」
「・・・」
小さな亀裂に、容赦なく楔を入れていく。
水は、少しずつ漏れ出し始めた。
「心の底からおめでとうって言えないのが、そんなに後ろめたい?」
「・・・そうね、怒ってるわ」
「嬉しいけど、怒ってる」
そして一度流れ始めた水は、もう止めることはできなかった。
「最初はね、あいつに魔力があって、魔法が使えるって分かったとき、本当に嬉しかった」
「拾われたとか、記憶がないとか、それでも腐らずで前向きに進んでったあいつがようやく誰かに認められたって、本当に嬉しかったんだ」
「うん・・・」
「諦めずに前を向き続けた結果がやっと出たって」
「だからあの時だって、最初は飛び上がるぐらい喜びたかったんだ」
「イスカのことを知らない、外の世界の人がやっとイスカを必要としてくれたって、すごく嬉しかったんだよ」
「うん・・・」
「でもやっぱり、このままの生活が続いていけばって、心のどこかで思ってたんだ」
「エザルとイスカが馬鹿やって、私が怒って、リアが笑って見てる風景が、ずっと続くと思ってた」
「そんなこと、有り得ないのにね」
「シア姉・・・」
そして水の流れが臨界点を超え、岩壁ごと全てを押し流していく。
「イスカはもう、あたしが必要としなくても大丈夫になったから・・・」
「あいつが大きく羽ばたこうとしてるのに・・・私はもう、邪魔だから・・・」
「でも、あだじが!あいつがら!とびだてないんだ!!」
「・・・うん」
押し留めていた感情を一気に吐き出すように、思い切り声を上げて泣くアリシアの元に寄り添い、リアは静かに抱きしめた。
「シア姉が邪魔になるわけないじゃん」
「ありがとう、シア姉。お兄ちゃんのために泣いてくれて」
「う゛ん・・・」
「お兄ちゃんって、泣かないから。誰かが泣いてあげないといけないんだよ」
「う゛ん・・・よぐじっでる・・・」
「・・・うぅ~、リア~」
「あぁもう、顔中ベトベトだよ」
気を抜くとこみ上げてきてしまうのか、差し出したタオルでごしごしと顔を拭いては泣き、拭いては泣きを繰り返す。
程なくして落ち着いたのか、少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべたアリシアは、一瞬リアから目を逸らした後すぐに視線を戻して口を開いた。
「・・・ありがとう、リア。お陰でスッキリした」
「どういたしまして」
憑き物が取れたようにさっぱりとした表情になったのを見て、リアもようやく背負っていた荷物を下ろせるとほっと一息ついた。
「もう大丈夫そう?」
それでも一応と確認をするリアであったが、それは要らぬ心配であったことは自分に向けられる表情ですぐに分かった。
「うん、もう迷わない」
「あたしはあたしなりに、あいつから飛び立つ」
「・・・やっぱシア姉は格好いいね」
「あいつより男前でしょ?」
「うん!」
胸の支えが取れ、リアは足取りも軽やかに寝床へと戻る。
衣擦れの音だけが部屋に響き、快い暖かさに包み込まれる。
お兄ちゃんとシア姉仲直り大作戦の前哨戦は、ひとまず成功だ。
そしてゆっくりと閉じていく視界に映る時計の針を見て、リアは静かに込み上げる快楽に身を委ねた。
(シア姉・・・記録更新だね・・・)
こうして様々な思惑を乗せた夜は、静かに更けていったのだった。