Act.12 『祭りと先生』
【某日 19:37 テスカ村ハーヴェスタ会場:待合用テント内】
「やっぱりお前は馬鹿だな」
「もう少し妹を見習えよ」
「なんだよ!しょうがないだろ!」
「一日目は家から出させてもらえなかったんだから」
「っっ痛ぅ・・・」
テントの外から聞こえてくる楽しそうな声を聞きながら、イスカは椅子に座って右足を目の前に座るエビルに向かって差し出していた。
イレーネに魔獣の件について聞かされてからさらに数日が経過していた。
未だ魔獣の脅威が去っていないことを知る国軍が村中に出入りをしている光景は少し異様に映ってはいたが、そのお陰かどうかはさておいて今になっても魔獣の発見報告や討伐報告は上がってきてはいなかった。
そして無事に迎えることの出来たこの日は、ハーヴェスタの二日目。
魔獣騒動から立ち直り無事に開催された年に一度の大祭りということもあり、テスカには例年に比べて多くの観光客が詰め寄り、会場はさながらすし詰め状態の様相を呈していた。
そんな中エザルと二人で屋台の食べ物を全制覇しようと人ごみを掻き分けて走り回っていたイスカは、その最中に地面に躓き思い切り右の足首を捻っていた。
もとより魔獣事件で負っていた傷も完全に治りきっていない上に、さらに追い討ちを掛けるように負傷した右足は誰の目にも明らかなほど真っ赤に晴れ上がり、偶々近くに居合わせたエビルに引っ張らる形で待合用の仮設テントへとやってきたのだ。
「ったく、おいこら、動くなっての。手元が狂うだろうが」
「いやだって、エビ先Heal下手糞でむず痒いんだよ」
「最近魔法が使えるようになったお前に言われたかないわ!」
「第一ヒールが使えるのが今俺しかいないんだから我慢しろ」
悪態をつきながらも右手をイスカの足首に向け、絶やさずヒールを掛け続けるエビルを見ていたイスカは、思わず笑みを零しながら言葉を続けた。
「エビ先、もういいよ。折角のハーヴェスタなんだからエビ先も楽しんできなよ」
「馬鹿言え、教職員は全員祭り中は生徒の監視業務だ」
「お前みたいな馬鹿がいた時に対処するために、な!」
「あ、痛ぇ!?」
一瞬詠唱紋を破棄してぱちんと足を叩かれ、イスカは急激に体中に駆け巡る痛みに悶えた。
そんなエビルに意趣返しも兼ねて、イスカは前々から気になっていたことを聞いてみようと、エビルに向かって声を掛けた。
「イレーネ誘ってデートでもしてくればいいのに」
「二人とも仲いいんだろ?」
「旧友ってだけだ、それ以上でも以下でもない」
「第一あいつは今王都に戻ってここにはいねぇよ」
観光だけは失敗しないでしょと言っていた彼女の言葉を思い出し、エビルは思わず口元が緩んだ。
「え、そうなのか?」
「なんかそう聞くと申し訳なくなってくるな・・・」
「俺たちの推薦の為に戻ってるんだろ?」
「だろうな」
「あとはまぁ・・・魔獣の件か」
「聞いたぞ、イレーネから。話聞かされたってな?」
エビルの言葉にぴくんと反応したイスカは、数日前に自分の部屋で繰り広げられた嘘のような本当の話を思い出していた。
「エビ先も口止めされてた?」
「まぁな。これでも一端の教職員のつもりだし、奴さんもそう思ってくれてたみたいだな」
「自分のケツは自分で拭くから放っておけって感じだが」
「なんか今回の件で、大人の汚い部分が見えた気がするよ」
「国の規模で考えたら、テスカの住人の安全と収益の天秤がどっちに傾くかは俺にでもわかるけどさ」
「それもあるが、どっちかといえば国軍のプライドの方が重要だったはずだ」
「過去数百年大きな戦争がなかったとはいえ、国戦力の低下を他国に知られるわけにもいかないからな」
「実際今の国軍にいる若い奴らの殆どは実際に魔獣と戦ったことなんかないし、今回の一件を片付ける事で質は落ちちゃいないってのを他国に証明できれば、ってところだろうな」
「・・・なんかエビ先がマジメに語ってる・・・」
「おいこら、お前は俺をどういう目で見てるんだ」
「子供の前では大好きなタバコも吸わないヘビースモーカー」
「・・・言ってろ」
イスカの言葉に眉がぴくりと動いたエビルは、ニヤ付いた表情を浮かべるイスカを一瞥して視線をテントの外を楽しそうに歩く観光客達へと向けた。
各々が様々な料理や民芸品を手に取り、遠くからは数分前に始まった奉納の儀のリアの歌声が、道行く全ての観光客の耳を楽しませていた。
そしてそんな歌声を聴いていたイスカは、今まで気にはなっていたが深くは知ろうとしなかったリアの歌声について質問をした。
「エビ先、リアのディーヴァの力って、具体的にはどういうものなんだ?」
「何だお前、兄貴のくせに妹のこともわからねぇのか?」
「リアのやつ、歌は好きだけどあまりディーヴァの力とか、そういう話は好きじゃなかったんだよ」
「多分俺が魔法を使えないからって遠慮してたんだろうけど」
「・・・そうか」
リアらしい兄への思いやりにエビルも少し軽率であったと、改めてイスカに言葉を続けた。
「ディーヴァは様々な系統がある魔法の中で、最も古く、尊いとされる魔法だ」
「それは女神スーザリアが、魔王ネサリアンを打ち倒した力と同じとされているからだ」
「アズガルド創世記、だよな」
「流石にその辺は覚えたか」
「女神の歌声に魔王は悶え苦しみ、その喉元に神狼ルコエルが牙をつきたてた」
「そうやって生まれた俺たち人間の中には、極稀にリア見たいに女神の力が強く宿ることがあるんだよ」
「そしてディーヴァの発する声は、聞いた者に様々な効果を与える」
「そういえば、料理中に鼻歌歌ってたら水道の水が暴走したこともあったなぁ」
そういいながら、イスカは台所でびしょびしょに濡れながらも笑っているリアの顔を思い出していた。
「水も振動を敏感に感じ取るからな」
ディーヴァの力の本質は声、つまりディーヴァが発する空気振動に魔力が宿り、それを聞いたものの鼓膜に独特な振動を与えることで様々な効果を発現させることにある。
「つまりディーヴァの魔法はその声が届く範囲が有効射程範囲の、超広範囲魔法なんだ」
「だからイレーネはリアにも正しく力を成長させてほしいって言ってたのか」
「まぁあいつの場合、他の誰よりもディーヴァへの思い入れ・・・」
「いや、なんでもない、忘れてくれ」
途中まで言いかけた言葉を飲み込んだエビルが気になったイスカであったが、少し辛そうな表情を浮かべるエビルを見て話題を変えようと少し早口気味に話しかけた。
「エビ先ってイレーネといつから友達なんだ?」
「ってかエビ先って先生になってテスカに来る前ってどこにいたの?」
あまり自分のことを話すことが好きでも得意でもなかったエビルであったが、先ほど言いかけた話題から話しが逸れるなら好都合と、思い出すような素振りを見せながら答えた。
「お前らと似たような歳だよ、高等科一年の時だな」
「三年間同じ学び舎で過ごして、あいつは王都に残って俺は転勤でテスカってわけだな」
「思えばあの頃の仲間で王都にいないの俺だけか・・・」
「あ、学園って王都だったんだ」
「エビ先って都会っ子だったのかぁ」
「見えねぇか?」
「ううん、寧ろテスカとエビ先の組み合わせが似合ってない」
「というか緑豊か、空気も美味しいテスカでタバコ吸ってるのなんてエビ先だけだぞ?」
「イレーネと同じ台詞を吐くな」
「テスカの雄大な大地に俺一人が害悪を撒き散らしたところでなにもかわらねぇよ」
「うわ、一気に汚い大人になった」
突っ込みを入れるイスカに口元を僅かに緩めたエビルは、少しだけヒールに割く魔力を減らしながら詠唱紋を見つめた。
そして自分でも不思議なくらいに自然に質問を投げかけていた。
「あの後あの力は使ってるのか?」
少しだけきょとんとした表情が見えたが、すぐさま答えが返ってきたこともありエビルは少しだけ胸を撫で下ろした。
「イレーネに言われたとおり毎日続けてるよ」
「ただやっぱり、あのタオル以外はどうしても無理なんだよなぁ」
思うように魔法が使えずに思い悩むという状況をこの年になって初めて味わっている教え子に、エビルは淡々とした声色で声を掛けた。
「魔法は魔力を生成して発現したい魔法を分類し、術式を構築することで発現する」
「文字にすると分かりにくいが、結局のところ魔法を発現させようとしてる時に術者がやってるのは『強いイメージ』を持つことだけだ」
「強いイメージ?」
「要は気持ちの問題ってことだ」
「魔法は燃やしたり氷らせたり、結局は使う人の願いを叶えるための道具でしかない」
「だから燃やしたい、氷らせたいっていう強いイメージを持てば、おのずと魔力はそれに反応する」
「俺があの犬の絵が書いてあるタオルでは上手くいってそれ以外では駄目なのは、タオルへのイメージの強さの問題ってこと?」
「多分な」
「お前が初めてその力を使ったときのことは俺も話にしか聞いてないからわからねぇけど、きっとどこかにそのタオルに強いイメージがもてるところがあったんだろ」
エビルにそういわれ、イスカはあの時咄嗟にアリシアを守ろうとタオルを広げたときに見えた犬の絵を思い出すと、心がすっと軽くなった気がした。
「じゃあいずれはあのタオル以外も硬化させれるようになるってことか」
「それはお前の努力次第ってところだろうな」
「ちなみに毎日やってるってどんくらいやってんだ?」
「ん?イレーネには慣れるまでは10分を3セットって言われてるからそれくらいかな」
「でも全然疲れないからもう少しやっても平気だと思うんだけど」
「馬鹿、そりゃお前の魔力量が多すぎるからだ」
「普通はお前ぐらいの歳の奴らはそれで息が乱れるぐらいの疲労は感じる」
「イレーネにも聞いたよ、やっぱ9000って凄い高いんだな・・・」
「お前らぐらいの歳の平均魔力値は大体2300から2600だ」
「お前はその約4倍だ。どうだ、実感が湧いてきたか?」
「逆になくなったよ・・・」
改めて数値をだして比較をされると少し居心地の悪さを感じたが、それでもいつかはこの膨大な魔力が役に立つときが来るだろうと、イスカを変わらず足を包み込む暖かい感触を味わった。
「おし、最後の仕上げだ」
「ちょっと痛むぞ」
「・・・んっ」
そしてエビルの声にあわせて詠唱紋が肥大化し足に感じる温かみが一層増したかと思うと、瞬時に足元で光り輝いていた詠唱紋は消え去っていった。
「ほら、ぐるっとまわしてみろ。まだ痛むか?」
「・・・うん、平気そう」
「ありがとうエビ先」
そう言って椅子から立ち上がりぐるぐると足首を回すイスカを見てエビルも立ち上がると、ポケットに手を突っ込みながらテントの出口へと歩き始めた。
「んじゃ俺は行くぞ」
「あんま妹に心配掛けるなよ」
「えー、一緒に祭り周ろうぜ」
「だから俺には監視業務が」
「いいじゃん、ほら、俺のこと監視してないとまたなんかおこすかもよ?」
「・・・なんだその脅迫は」
「・・・チッ、おら、いくぞ」
「そうこなくっちゃ」
「よ~し、何買ってもらおうかなぁ」
「おいまて、なにちゃっかり集ろうとしてんだ」
自分の隣を軽やかな足取りで歩くイスカの頭を、エビルはぐりぐりと撫で回す。
既に耳に心地よかった教え子の歌声は聞こえず、変わりに響くのは大勢の足音とにぎやかな声。
暗がりに広がる鮮やかな光の道を、二人は同じ歩幅で歩いていった。
「そういえばエビ先に聞きたいことがあったんだ」
「ん、なんだ?」
「魔力を生成してるイメージってどんな感じなの?」
「・・・パン生地を捏ねる感じだよ」
「なにそれ」
「いずれ分かる」
釣り合いの取れない二つの後姿は、人ごみにまぎれるように消えていったのだった。