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エンチャント!  作者: もっこす
旅立ち編
10/24

Act.10 『説明会』

【某日 10:02 テスカ村北西部:ローウェル邸】



イレーネとエビルの訪問から更に数日が経過した。


ラグニル行きを決めた二人の意思はすぐさま小さなテスカの村中に広がり、我が子のように可愛がっていた村人たちは一様に寂しそうな表情を浮かべるも、二人の門出に偽りのない喜びの言葉を掛けた。


エザルに至ってはイスカの力の話を聞くや否や、いつもの飄々とした表情をがらりとかえたが、すぐさま満面の笑みを湛えながら、そうかそうかとイスカの背中をばんばんと叩いた。


--『不器用なお前らしい魔法だ』--


というエザルの言葉が妙にイスカの耳に残っていたが、それはなるほど確かにと思わされたからではなく、自分のことをしっかり理解してくれていた友人への感謝の念からだということに、イスカはしっかりと気づいていた。


--『ま、俺様にかかれば皆不器用だけどな!』--


と、次に続く言葉さえなければ美談になったはずなのにと、イスカは思い出すように苦笑いを浮かべると、こんこんと扉を叩く来訪者を家の中へと迎え入れた。


「おはようございます、イスカ」

「時間が掛かってしまって申し訳ありませんでした」


「おはよう、イレーネ。」

「今リアを呼んでくるから、先に座って待っててくれ」


「はい、分かりました」


そう言ってイスカが二階に居るリアを呼びにいくのを見て、イレーネはいつも通りの白と紺のローブを翻し、目深に被っていたフードを下ろすと手に持っていた杖を壁に立て掛けて椅子へと腰を下ろした。


すると程なくして階段を下りてくる二つの足音が聞こえてきたのに気づき視線を送ると、イスカの背中からひょっこりとリアが顔を出し、元気そうな笑顔で挨拶をしてきた。


「イレーネさん、おはようございます」

「今日はよろしくお願いしますね」


「はい、こちらこそお願いします」


挨拶を済ませたリアは、先に席へと座ったイスカの隣にちょこんと座り、手に持っていたメモ取り用のスクロールを取り出し、テーブルの上へと置いた。


これよりローウェル邸では、イレーネによる進学説明会が行われようとしていた。


突然の話ということでイスカとリアも事前の情報をまるで知らされていなかったこともあり、入学に当たってイレーネから聞いておかねばならないことが山ほどあったのだ。


「それでは説明を始めますね」


いつもの優しい声色でイレーネが話し始め、イスカとリアはメモを取る姿勢に入った。


「まず出立の日時ですが、今から十日後の06:00を予定しています」

「王都までは馬車を使っても片道6時間は掛かりますので、向こうに到着する頃にはちょうどお昼ですね」


「起きれるかな・・・」


「私が起こしてあげるから大丈夫だよ!」


早起きが苦手なイスカはイレーネの口から聞こえた早朝の時刻に不安そうな表情を浮かべた。


「王都に到着したら、一緒に昼食をとりましょう」

「そしてお二人は14:00開始の入学式典に参加するために学園へ」

「私とはそこでお別れですね」


「意外と予定は詰まってるんだな」


「そうですね、少しだけ強行軍になると思います」

「ただ推薦した時期が遅かったので、こればかりはしょうがないですね」


「あー、なんだ、その、申し訳ない・・・」


イレーネの言葉を聞き頭を下げるイスカであったが、イレーネは手を振りながらそれを否定した。


「イスカが悪いわけではありませんよ」

「ただちょっと、時期と事件が重なりすぎてしまったというだけですから」


「そう言ってもらえると俺も救われるよ」


イスカの言葉に笑みを返すと、イレーネはそのまま説明を続ける。


「そしてこれが王立第一魔法学園高等科のパンフレットです」


「わぁ!大きいですね!」


「確かにこれはでかいな・・・」


イレーネから手渡された学園にパンフレットの表紙には、でかでかと学園の外観図が描かれており、白を基調とした校舎は異様なまでの高級感を漂わせていた。


「少しだけ王立魔法学園の説明をしておきますね」


そう前置きしたイレーネは、ゆっくりと二人に向かって説明を始めた。


多くの教育関係施設を有する王都ラグニルではあるが、その中でも王立の名を冠することが許された七つの学園は特にレベルが高いことで有名である。


そして更に、校名につく第一、第二の名はそのままその学園の歴史のふるさと敷居の高さを表しており、文字通り王立第一魔法学園高等科はエリート中のエリートが集う世界でも有数の学園なのだ。


「つまり、周りは化け物だらけってことか」

「俺こんな所でやっていけるのかな・・・」


「だ、大丈夫だよお兄ちゃん!」

「一緒に頑張って一番になろう!」


「いや、一番はちょっと・・・」


「エリートといっても、皆貴方達と同じ学生です」

「何も心配することはありませんよ」


どんどんと現実味を帯びていく嘘のような出来事に、イスカもその身に少しずつ真剣さが宿りつつあることを実感していた。


「学園は全寮制で、入学式典の後お二人はすぐに入寮する予定となっています」

「事前に言って頂ければ、先に荷物を送ることも出来ますよ」


「寮か・・・」


イレーネの言葉にメモを取る手を止めたイスカは、当たり前の答えが返ってくることを予想していながらも、イレーネに向かって質問を投げかけた。


「なぁイレーネ、もしかしなくても部屋って男女別々だよな?」


「えぇ、そうですね。」

「学年と男女で、それぞれフロアが分かれています」

「部屋も一人一部屋を割り当てられていますね」


「だよなぁ」


自分の言葉を聞いてうなだれるイスカを見たイレーネは、不思議そうに小首を傾げながら持ち上がった疑問を口にした。


「何か問題があるのですか?」


「お兄ちゃん、自炊したことないんですよ」

「私が家のことは全部やっちゃってたので・・・」


「あら、そうなのですか?」


「いや、手伝おうとはしたんだけどな?」

「リアの奴手を出すと怒るもんだから、そのままずるずると・・・」


言い訳をするようにあたふたとするイスカを見てイレーネは思わず笑みを浮かべたが、それは二人の背景にある複雑な家庭環境が影響していることを知っていたイレーネには、このときなんと言葉を掛ければいいのかが分からなかった。


「大丈夫!私がお片付けとかお料理しにいってあげるから」


「おう、情けないお兄ちゃんでごめんな・・・」


それでも無邪気に話す二人を見て、イレーネは出来る限りの笑みを浮かべながら口を開く。


「残念ながら、男女の部屋の行き来も寮則で禁止となっています」


「うわ、そうなのか・・・」


「えっ!?そうなんですか?」

「お兄ちゃん大丈夫?死んじゃわない?」


「いや、流石に死にはしない、と思う、思いたい・・・」

「まぁここまで来たら腹を括るよ」

「いい機会だし、出発までの間に色々教えてくれ」


「うん、頑張って覚えよう!」


新たな一歩を踏み出そうとする二人を見て、実は寮内には共同食堂も簡易ランドリーもあることをイレーネはこっそりと内緒にしておくことにした。


すると今度はリアが小さく右手を上げて、イレーネに向かって質問を投げかけた。


「イレーネさん、寮のパンフレットはないんですか?」


「えぇ、実はちょっと入手が出来なかったのですよ」


「ん、いつも準備がいいイレーネにしては珍しいな」


「学園に勤める友人に資料を一式送ってほしいと頼んだのですが、学生寮のものだけ入れ忘れてしまったようで」


「あ、そうなんですか」


「えぇ、大方また遅くまでお酒でも飲んでいたのでしょうね」


そういうと、イレーネは胡坐をかきながら並々とカップに注がれたエールを飲み干す友人を思い浮かべ、再びリアに向かって言葉を続けた。


「部屋自体は一人で生活するには十分な広さですよ」

「家具も寝具から洋服棚も一通り揃っていますし、台所も浴室も完備してあります」

「貴族の方たちの中には実家から家具や調度品を持ってくる人もいるようですね」


「あ、意外とちゃんと揃ってるんですね」


「まぁ校舎がこんなに立派なのに学生寮がボロボロで部屋には何もありませんってことはないだろ」


「パンフレットに関しては入学式典前にもう一度貰える筈ですよ」

「待ち時間の間に目を通しておくといいかもしれませんね」


「はい、ありがとうございました」


「いえいえ、他に何か質問はありますか?」


最後の確認というように、イレーネは二人の顔へ交互に視線を送る。するとどこか思案顔だったイスカが何かに閃いた様な表情を浮かべると、そのまま質問を口にした。


「学園関係の質問じゃないけど一ついいかな」


「えぇ、なんでも結構ですよ」


「いや、この前初めて推薦の話をした時俺の能力を研究したいっていってたけど、具体的には俺はどうやってイレーネを手伝えばいいんだ?」


突然のイスカの指摘に、イレーネの思考は完全に置いていかれていた。


ここ数日二人の快適な学園生活のためにでき得る限りのことをしてあげようとしていたイレーネは、すっかり自分の目的を忘れてしまっていたのだ。


研究の虫と周りから評され、寝食忘れて研究に没頭することもある自分がまさかこんなことになるとは、イレーネ自身も露程も思っていなかったが、それと同時に目の前の小さな友人が自分よりも先にそのことを気に掛けてくれていたことに、イレーネは言い知れぬ喜びを感じていた。


「あ、すいません、それを伝えるのを忘れていましたね」


故にイレーネは、弾む心をそのまま声に乗せてイスカに向かって言葉を続けた。


「その事なのですが、イスカには私が呼んだらすぐに私の研究室へ来てほしいのですよ」


「ん、そんだけでいいのか?それならお安い御用だけど」


「授業中もですよ?」


「へ?えぇ!?授業中もか!?」


「はい」


くすくすと笑うように手を口の前に持っていくイレーネに、イスカは戸惑いながらも口を開く。


「いや、別に俺はいいんだけど、先生にはどう説明すればいいんだ?」


「勿論、学校側には全て事情を伝えてありますよ」

「学園から私の研究所もそこまで距離はありませんし」


「そ、そうか?まぁそれならいい・・・のか?」


「でもお兄ちゃん、授業中に抜け出すって結構恥ずかしいよ?」


「言うな、リア。お兄ちゃんは今そのことだけが心配なんだ・・・」


「ふふふ」


頬が自然に緩んでいくのを自分でも感じていたイレーネは、一度咳払いをして少しだけ気を引き締め直した。


「私も好きな時に好きな研究が出来れば良いのですが、そうも言ってられないのですよ」


「主席ともなるとそうなるか」

「俺は別にいつでも構わないから、好きな時に呼んでくれ」

「生活費も学費も面倒になるし、個人的にイレーネのことは手伝いたいと思ってるから」


「私も、何か手が必要になったときは呼んでくださいね!」


「・・・ありがとうございます」


二人から向けられる温かい言葉を聞き、今の自分は一体どういう表情をしているのだろうかとイレーネはふと思った。


その後もそういえばと細かな思い出しや質問の対応をしていたイレーネであったが、時計の短針がちょうど真上を指そうとしているのが目に入り、そろそろ頃合と改めて言葉を続けた。


「他にご質問はありますか?」


「俺はない・・・かな?」


「私も、多分大丈夫です」


「では、これで終了ですね」

「何かありましたら宿に訪ねてきてください」

「明後日に一度ラグニルに帰りますが、それ以外はテスカには居ますので」


「わかった、わざわざありがとう」


「ありがとうございました」


二人の挨拶を聞きイレーネは席から立ち上がった。


それに習うようにイスカとリアも立ち上がり去ろうとするイレーネを送ろうとしたが、ふとイレーネから注がれるいつもとは違った視線に気がつき、イスカは今思い出したといわんばかりに手を叩いて口を開いた。


「あぁそうだ、この前イレーネ、俺たちの家の中を見たいって言ってたよな?」

「どうだ?このまま帰るのもあれだし、見ていかないか?」


「良く覚えていましたね」

「でも良いのですか?もうお昼の時間ですが」


「あ!じゃあイレーネさんも食べていってくださいよ!」

「私美味しいご飯作りますから」


「そうですね、ではお言葉に甘えさせていただきます」


「じゃあお兄ちゃんは、イレーネさんのエスコート役ね!」


「あいよ、隅々まで案内してやろう」


「それは楽しみですね」


いってらっしゃいというリアの声を背中に、イスカを先頭に二人は階段を上っていく。その間に会話は一切生まれず、淀みなく歩いていくイスカの後をイレーネはただ静かについていった。


そして突き当たりにあるイスカの部屋の中へと二人が入り、イレーネが後ろ手で扉を閉めたのを確認したイスカは、深く吸った息をゆっくりと吐きながらイレーネに向かって言葉を投げかけた。


「これでいいのか?」


「良く分かりましたね」

「私が考えていた作戦だと少々不自然だったので助かりました」


自分の考えが間違っていなかったことに安堵したイスカは、部屋の中央まで歩き踵を返すと、真っ直ぐイレーネの目を見つめて口を開いた。


「それで、リアにも聞かれたくない話っていうと・・・」

「魔獣、か?」


「お話しが早くて助かります」


そういうと、イレーネはイスカの脇を通り過ぎ真っ直ぐベッドまで歩くと、ゆっくり腰を下ろした後に言葉を続けた。


「実は、例の魔獣の件で進展がありました」


イスカの心臓が、とくんと跳ね上がった。

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