6話
二、三回深呼吸を繰り返し、漸く心が落ち着いてきた。
再び精霊神と思わしき像へと視線を向ける。
白一色に見えた像だが、ようく見れば、何故かフクロウの目だけ琥珀らしき石が嵌め込まれていた。
「精霊神の方にはないのに変だな…」
フクロウは使いであって、言い方は悪いがおまけだ。あくまで主は精霊神のはずである。
不思議に思ってフクロウを観察しているとその琥珀色の目が光ったような気がした。
「あれ?気のせいか?」
もう少し近付いて見ようと、一歩足を踏み出す。
しかし、先程までの床の感覚と明らかに違った感触がした。
先程までの硬質な床ではなく、まるで粘土質な上水をたっぷりと含んだ土の中へと足を突っ込んだような、そんな感覚だった。
この感覚には覚えがある。
あれは確か、一年程前、大陸の北にあるとある湿原へ幻の花を探しに行った時のことである。
その湿原の中を歩いていると、今のように突然足元の感覚が変わった。
一年前のことを思い出している間に、足元が沈んでいくような感覚がした。
「って、ホントに沈んでるぅううう!?」
足元を見れば、足首の辺りまで床に沈んでいた。
驚いている間にもどんどん沈んでいき、膝の辺りまできている。
そう一年前、ルイスが北の湿原で体験したのは、底なし沼だった。
「ちょ、え?マジですか?え?」
まさか建物の中に底なし沼(仮)があるなどとは、流石のルイスも初めてである。
あの時はどうやって脱け出したっけ、と記憶を呼び起こす。
「そうだ!風の精霊の力で脱け出したんだった!」
《天つ風》という魔法で自分を引っ張りあげるように上へと吹く強風を興し、底なし沼からあの時は脱した。
「《風の精霊よ我が意を得たり》」
始詞と呼ばれる詠唱を唱える。
これは、それぞれの属性の魔法を使う前に唱えるものだ。
今ルイスが使ったのは、風属性の始詞だ。
次は継詞なのだが、ルイスはこれを飛ばして本詞を唱えることが多い。
継詞を飛ばせば魔法の威力は下がるが、このような突発的な時は勿論、魔法を使うような事態になった時はほとんどの場合、継詞を唱えているような暇はない。
「《天つ風》」
…………
「ん?あれ?可笑しいな。《天つ風》」
本詞を唱えたのだが、一向に変化が現れない。
神殿の中は、依然として静まり返っている。
もう一度本詞を唱えたが、やはり何も起こらない。
そこでルイスは、はたとあることに気付いた。
今まで気付かなかった方が可笑しい。
神聖な精霊神の神殿に、いや、神殿に限らず比較的何処にでもいるはずのあれがいないのだ。
「風の精霊が……いない!?」
ルイスは今ほど契約精霊を持っていないことを悔やんだことはない。
契約してさえいれば、何処であろうと呼び出せる。
風の精霊が何処にでもいるため、その必要性を感じず、契約をしなかった。
それが仇になったのだ。
「げ、やばっ!?」
底なし沼(仮)へとルイスは呑み込まれていった。