3話
帰らずの森の中は、至って普通の森だった。
いや、普通の森と言ってしまっては少々語弊がある。
一時間ほど森を歩いているが、拍子抜けするほど何も起こらない。
通常であれば、森を一時間も歩けば下級の魔物の一匹とも遭遇しないなど滅多にあることではない。
魔物とは、そもそも精霊が堕ちた姿のことだ。
精霊の時は、常人には見えないが魔物になれば実体を持ち、常人にも見えるようになる。
その魔物が、この森に入ってから一度もルイスの目には映らないのだ。
目に入るのは、一般的な森に住む動物達と風の精霊達である。
森にはあまりいない火の精霊は見受けられない。
ルイスは、火属性と風属性の精霊師だ。
精霊を見ることが出来る者でも、自分の持っている属性以外の精霊は基本見ることは出来ない。
よって、風の精霊や火の精霊以外の精霊がいたとしても、その属性を持っていないルイスには見ることは出来ない。
ルイスは立ち止まり、改めて森を見回してみる。
しかし、どう見ても普通の森が広がっているだけである。
異常は見当たらない。
「それが逆に不気味なんだよなぁ…」
こんな普通の森から何故帰えってこれないのか?
謎はますます深まるばかりだ。
ルイスの頭に不安が過る。
覚悟をして帰らずの森に入ったつもりだったが、先程から家族の顔が頭から離れない。
何も起こらないことが、より一層ルイスの不安を掻き立てていた。
ルイスは、ザイン子爵家の三男に生を受けた。
陽気だがテンションが高すぎて扱いづらい父に優しいが時偶強引な母。無口無表情だが頼りになる長兄。
軟派で軽いが誰よりもルイスを可愛がってくれた次兄。
そんな家族に囲まれながら育ったルイスは、幼い頃から好奇心旺盛で、加えて放浪癖があった。
ある時は古代王の秘宝を探しに洞窟に入ったり、またある時は伝説の大商人の埋蔵金を発掘しにその大商人所縁の地に行ってそこら中を掘り起こしたり、またある時は伝説の聖獣の竜を見るため大陸一高い山に登ったりと気が赴くままにふらふらと出掛けて行ってひょっこり帰ってくるのだ。
そのように冒険と称して行方不明になる事、この十八年の生涯で最早三桁に到達しようとする勢いである。
初めは心配して大騒ぎしていた家族も、二桁に入ったあたりから「またか…」と溜め息をつくだけであった。
そんなある日、ルイスは「世界を見たい」と思い立ち、家を飛び出した。
「いや、今まででも十分見ただろ」という家族の突っ込みもスルーされた。
旅は楽しいばかりの甘いものではなく、死にかけた事も一度や二度ではなかった。
それでも、ルイスは旅を続けた。
彼の中の何がそうさせるのか…
そんな旅も三年続き、流石の彼も三年も家に帰らなかったのは初めてで、この帰らずの森と呼ばれている森を最後にそろそろ帰郷しようかと思っていた。