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2話




「兄ちゃん、本当に行くんか?」



「まあね。この森の何処かにはじまりの地があるっていうんだから、精霊師としては無視出来ないでしょ」






御者台に乗った男が、心配そうに少年に訊ねるが、ルイス・ザインと名乗った少年は楽しそうに笑って答えた。

どうやら決意は固いようだ。




帰らずの森の危険度は、世界広しと言えども他に類を見ない程高い。

それにも関わらず、何故森に入る者が絶えないのか?

答えは、ルイスが口にした事に相違(そうい)ない。


「はじまりの地」である。



「はじまりの地」とは、精霊神や精霊王が生まれたという地のことで、世界の何処かにあると謂われている。

(ほとん)ど、おとぎ話のようなものである。



そして、この帰らずの森は大陸のほぼ中央にあり、尚且(なおかつ)、入った者が誰も帰ってこないという曰く付きだ。


遥か昔、誰かが言ったのだろう。




「はじまりの地はこの森の中にあるに違いない」




それ故、いくら危険であっても、森へと足を踏み入れる者が後を絶たないのである。




帰らずの森の近くにある村で育った男は、子供の頃から帰らずの森が如何に恐ろしいのか聞かされてきた。

そのため、余所から来た者達よりもその恐怖心は一入(ひとしお)だった。


村人達の制止も聞かず、森へ入った余所者が帰ってくる事など一度もなかったのを間近で見てきたのだ。




まだ年若い少年が、その者達と同じ道を辿ろうとしているのを黙って見ている事など出来なかった。

此処まで来るのに、何度も何度も説得しようとしたが終ぞ敵わなかった。





「おっちゃん、ありがとな!」



「やばいと思ったら、直ぐ引き返すんだぞ…」






お礼を言うルイスに、最後の忠告をする。



それに対し、「分かった分かった」と、ルイスはおざなりに頷く。

全然分かっていない。



男の心配そうな顔を見て、ルイスは何を思ったか、左耳に手を伸ばし、片方だけにしていた緑色の石が付いたピアスを外した。


それを男に差し出してくる。


咄嗟に受け取ったが、そのピアスを見て驚いた。



風の魔法石だったのだ。

しかも長細いが大粒な上、金で精緻(せいち)な装飾が施されている。



魔法石というのは、その名の通り魔力が宿った鉱物のことで、風の魔法石というのは、風属性の魔力が宿った魔法石のことである。

通常の魔法石は乳白色で、それぞれの属性の色がほんのり着いている程度だ。

その通常の魔法石も、男のような地方の農村の者ではなかなか手が出せない値段である。

色が濃く透明度が高いほど、含有魔力が多い。

勿論、それに比例して価格も上がる。



ルイスから渡された風の魔法石は、ルイスの目のように鮮やかな緑で透明度が高い。最高級品だ。




男が一生かかっても手に入れる事は出来ないだろう。




「こ、こここここここれ」



「ぷっくくく、おっちゃん、(にわとり)になってるよ」





思いもよらず、高価なものを手にしてしまった男は焦る。当然のことだろう。

だが、男が焦って口にした言葉が笑いのツボに()まったのか、ルイスは片手で口を押さえ、笑いを堪えている。





「に、鶏とか言ってる場合でねえ!!俺にどうしろってんだ!?」




男が怒鳴るのすら笑いを誘うのか、未だ笑いが漏れている。




「1ヶ月…」



「は?」



「森から帰ってきたら、またおっちゃんに会いに行くからさ…1ヶ月経っても俺が帰ってこなかったら、これを俺の実家に届けて欲しいんだ」




その風の魔法石のピアスは、ルイスが旅立つ日に二番目の兄がくれたものだった。


「離れていても繋がっている」と渡された。

右の方は、兄が持っているのだ。



もし帰ってこれなければ、森に入って遺体を回収など出来ない。

自分の代わりに、兄に貰ったピアスだけでも郷里へと帰って欲しい。




今ここで男に渡せば、盗まれてしまう可能性があるが、



(お人好しのおっちゃんなら大丈夫かな…)




と、思う。




恐れている森まで送ってくれ、ほっておけば良いのに、ここまで来る間、心配そうに森へ入るのを何度も止めてくれた、この男ならば信頼できる。





先程まで笑っていたルイスは真剣な表情で男を見た。

男はルイスの覚悟を読み取った。




「はあ…仕方ねえ。絶対戻ってこいよ」



「ありがとう!」




男は溜め息をつきながらも、了承した。


ルイスはというと、真剣な表情も何処へやら、もう笑みが浮かんでいる。




届けるにしても場所が分からなければ、届けれない。

実家が何処か訊いてみれば、なんと西の大国カルディア王国の子爵家だという。

育ちが良さそうだとは思っていたが、裕福な商家あたりだろうと推察していた。まさか、貴族だったとは…



「命知らずのお貴族様もいたもんだ」



「俺は三男だからいいんだよ」



「いや、そういう問題でもねえんでねえか?」




「跡継ぎでもないし、予備の次男もいるし」と、笑うルイスに男はなんとも言えなかった。

悲観しているでもなし、本当に心からの笑顔だった。

不思議な少年である。





「じゃあ、おっちゃん、またね」



「ああ、またな…」



片手を挙げ、明るく「また」と言って去っていくルイスに、「また」と再会の言葉を口にして、ルイスの背が森の中に消えていくまで見送った。




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