利己主義の国、狂人たちの集い⑨
派手な火柱をあげたので、誰かが気づいて来るかもしれない、急いで準備をしたほうが良いだろう。
気持ちを切り替えて家の中に戻り、救急箱を台所から引っ張り出す。
まずは左肩の治療を済ませないとな……手際よく傷口の治療を行うと、クロも「上手だな」とめずらしく褒めてくれた。父との剣術稽古や魔物狩りで怪我をたくさんしたからな、手当て腕も上達してしまったよ。
次に自分の部屋で必要なものを揃えてカバンに詰め込む、一つ一つ手に取るたび、色々なことを思い出してしまい手が止まる。
このカバンは入学祝に両親が買ってくれた最初の魔法具だったな。
忘れ物が多い俺のために、全ての教科書を入れられるようにと圧縮と展開の魔法がかけられた高級品だ。
”教科書全部入れていけば忘れる事はないな! 圧縮は何でもしまえるから、赤点のテストも隠せるぞ!”
”あなたは、悪い事ばかり教えないの、リオンを甘やかしすぎですよ。毎週カバンの中身はチェックしますからね!”
笑顔の両親が、俺に話しかけてくる……今はもういない。
「……大事に使うよ」
必要な荷物を詰め込み、少しずつお小遣いを貯めていた貯金箱を割り、中に入っている一万二千トラスを持っていく。トラスとは全世界共通の通貨単位で、硬貨の種類によって一枚ごとの価値が違う。
そろそろ、外に出ようと思い、両親の部屋をとおりかかったところで、視界の片隅に見慣れない白い箱が入ってきた。
「あれは何だ?」
これ以上は何が出ても驚かない自信はある。見慣れない白い箱に手をかけて中身を確認すると、そこには、新品の服と靴に父の持っている物と同じ片手剣、そして一通の手紙が入っていた。
もしかしたらと思い、手紙を開ける。
『リオンへ
卒業おめでとう。
お前には私たちのせいで肩身の狭い思いばかりさせてしまったね。
森の監視者は私の代で終わらせるつもりだ。
だから何も気にせず好きなことをしなさい。
お前は剣術の才能に恵まれている。
私と違って頭もいい。
自分の可能性を信じて世界を見て回るのもいいと思う。
でも、たまには家に帰ってこいよ。
父さん一人だと母さんの相手ができないからな!
最後に、お前は俺たちの自慢の息子だ。
胸を張って生きてほしい。
父と母より』
「……お前は本当に泣き虫だな」
言われて涙が頬を伝っていることに気がついた。気恥ずかしかったこともあり、慌てて涙を手で拭く。
「今までの涙とは違うのさ、クロには少し難しいかもしれないけどな」
「よく分からん」
クロは納得していない様子だが、いつか分かってもらえる日がくるだろう。手紙を丁寧に閉じ、カバンの奥にしまう。
次に服と靴に目をやると、真っ赤なローブに白いシャツ、黒いズボン、靴はいかにも高そうなブーツだ。
剣は父さんとお揃いの鋼の片手剣。お金ないのに無理をして……村で手に入る最高級の品ばかり揃えてあるのを見ると、かなり奮発してくれたみたいだ。
いつまでも制服のままではいられないと思ったので、早速着替えてみる。シャツとズボンは独特の質感からして鋼蜘蛛の糸を使っているようだ、これだけでも刃を通しにくくなるのでありがたい。
真っ赤なローブは非常に目立つが、着心地は非常によかった。薄っすらと赤く光っているので何か魔法効果が付加されているのかもしれない。
箱の底見ると麻袋が置いてあり、中には銀貨が十枚入っていた……一枚で一万トラスの価値があるので、合計で十万トラスだ。
「ここまでしなくてもいいのに……」
両親の顔を思い出しながら、銀貨を強く握り締めカバンに入れた。
そろそろ出発しなくてはいけないな。王都に行くためには北上していくのが一番早いのだが、村の中を突っ切る必要が出てしまう。
今の状況を考えると、それは避ける必要があったため、まずは東へ進み村を大きく外れたところから北上をしていくことにした。
両親の部屋を出て廊下から自分の部屋までをもう一度見る。この家には、もう戻ることはないかもしれない、一昨日の朝はこんなことになるとは思っていなかったな……一階に下りると、食卓の上はきれいに片付いている。
家族で使っているコップもきれいに三つ並んだままだ。俺はコップを手に取りテーブル並べてから牛乳を注いだ。
「感傷に浸っている暇は無いぞ」
……わかっているよ。わかっているけど、もう少しだけ……この家を出るまでは許してほしい。家の中を見回して脳裏に焼き付ける。
「いってきます!」
誰に伝えるわけでもなく、自然と出た言葉だった。
「いってらっしゃい! リオン」
両親の声が聞こえたような気がしたので、慌てて後ろを振り向くが、月明かりに照らされた椅子には誰も座っていなかった……いや、きっと見送ってくれたに違いない。俺はそう思い、冒険への最初の一歩を踏み出した。
表に出ると月明かりが眩しい。夜風が頬を撫でる、夜の森は圧倒的な存在感があり子供のころは怖くて外に出られなかった。
成人の儀はできなかったし、旅立ちの日としては最悪な出来事ばかり。だがそれでいい、一番下ならあとは上がるだけだ。
「クロ、何か反応があったら教えてくれ」
「わかった」
村を出るまでは油断できない、直線距離にして十キロメートルくらいか、森周辺には民家が無いのが不幸中の幸いだな。身体強化を使用し、見つかりにくいように森の近くを駆け抜ける。
新しいブーツが足への負担を軽減してくれているためか、いつもより速度を出しても問題ない。それにしても体が軽く感じる、契約をしたことによって基礎能力が全体的に向上しているようだ。
━━ 十分ほどで村はずれまで駆け抜けることができた。
「ちょっと待て」
クロから突然のストップがかかった。敵襲か?
「ものすごい速度で追いかけてきているヤツがいる」
「距離はどのくらいだ?」
「私の索敵範囲は五百メートルほどだ、あと十五秒で接触する。ここで応戦するぞ」
相手が俺よりも早い時点で逃げることはできない、背後をとられるわけにはいかないので、迎え撃つことにする。私は隠れていると言って、クロはシャツのポケットに入っていった。
もうすぐ見えるか……見えた! クレール学園長がものすごい速度で近づいてくる。
「リオンさん生きていたのですか! 私の人形まで壊して、これはもう死で償うしかありませんね」
私の人形? ……まさか両親のことだろうか。だとしたらこいつだけは許すことができない。
『リオン、あいつは少なくとも植物の精霊と死の精霊と契約している。どちらも阻害魔法が得意だからな、そこから推察するに奴の適正は守護の可能性が高い。分かっていると思うが捕まるなよ』
使用魔法で契約精霊がわかるのか、伊達に魔神じゃないな。
『わかった、あいつはまだ俺が魔法を使えることを知らないはずだ、隙を作ったら一撃で決める』
クレールを見ると俺の前方で立ち止まり、ゆっくりと近づいてきている。
前回の無表情とは一転、勝利を確信しているのか腹立たしい笑顔を浮かべている。俺のことを殺したくてウズウズしているのだろう。
「……最後に俺の質問に答えてくれ、なぜ俺の両親を殺した」
クレールは歩みを止め、こちらを一瞥するなり鼻で笑った。
「もともと気に入らなかったからですよ、魔法をロクに使えないくせに人と同じ暮らしをしている豚ども、その上忌み子までこの世に誕生させたとあっては……でも殺したことを後悔しました」
「後悔しただと?」
「誰も森の監視者なんて下種な仕事をしたくないのですよ、そこで私は考えました。代わりが見つかるまでは働いてもらおうと」
それだけの理由でアンデットにしたのか……自分たちがよければ他人の犠牲を厭わないのか!
さらにクレールは続ける。
「それなのに、反応が途切れてしまったので慌てて様子を見にきたら、死んだと思った忌み子がいるじゃありませんか、最初は眠いし見逃そうとも思ったのですが、復讐されても困るので殺すことにしたってところです」
丁寧な説明をありがとう、そしてさようならだ。