利己主義の国、狂人たちの集い⑧
グロテスクな表現が含まれていますのでご注意ください。
その日は夜まで手のひらで火を出したり、風を起こしたり様々な検証を行った。
熊の肉は念のため再度加熱をし、焦げた部分を削いで食べたため全て消費してしまったが、残しても困るから食べきれてよかった。
段々と日が暮れ、辺りに闇と静寂が訪れる。先ほどまで聞こえていた鳥たちの囀りも聞こえない。
「近くに、魔物以外の生き物はいるか?」
「確認する」
そう言うと、クロから薄い魔力の放出を感じる。
最初は気がつかなかったが、魔力を四散させて対象物の確認をしているのだろうか? 魔力の波を感じられるようになったのは成長の証と見て良いだろう。
「魔物しかいない、あくまで近くにだが」
完全に日が落ちる前に森を抜けよう、クロに確認したが最短ルートを通れば一時間ほどで森を抜けられるそうだ。
焚き火での練習のおかげなのか、以前より魔力制御が上手くなったので足にだけ身体強化をかけることを覚えた、無意味に全身を強化することなく部分的に使えば、消費量を抑えられることは事前に確認済みだ。
「よし、行くか」
今後の行動は日中にクロと話し合って決めた。両親の埋葬を終えたら、王都に行き生活基盤を確保する。冒険者ギルドに登録すれば仕事が請けられるから、そこで生活費を稼ごう。
一番の心配は俺が指名手配されていないか? と言う所だが、クロが言うには”考えにくい”とのことだ。理由は簡単、俺の事を報告したらあいつらの収入が減る可能性が高い。
優秀な生徒を出せば特別給金ってことは、俺のような不適格者が輩出されたと分かれば、あいつらの評価に響くはず……ゆえに隠蔽工作としてお前を殺そうとした。以上の理由で俺のことは十中八九黙殺されているに違いない、と。
なるほど、と思った。聞く分には説得力がある。
まぁ万が一指名手配されていたとしても、名前を変えてリオン・メルディスが使えるはずのない魔法を目の前で使えば最悪の事態は避けられるだろう。余計な体力を消耗したくなかったので、魔物を避けて移動をしていたが、いつの間にか森の出口が見えてきた。
行きは半日以上かかったのに、帰りは一時間もかからなかった……どれだけ迷っていたのかを考えたくもないな。久しぶりの平地だ、森を抜けると見慣れた景色なので、運良く家の近くに出る事ができたようである。
「クロ、近くに誰かいるか」
「……近くに反応はない」
三十分で全てを片付けるぞ、急いで家の中に飛び込む。家の中は月明かりで照らされているが、少し暗い……が、十六年も住んだ家なので、少しくらい暗くても何がどこにあるのかは手に取るようにわかる。
まずは両親を埋葬しないと、と思い食卓に近づくがそこにあるはずの両親の亡骸はなかった……どういうことだ? まさか、村人が埋葬をしてくれたのだろうか。色々と考えていると、何か異臭がすることに気がついた。
一階の部屋を探すが、臭いの原因はわからない……二階か? ついでに自分の私物も持って行きたかったので、二階に上がる。階段の途中から、臭いが強くなってきた。
「……こいつは強烈だな」
二階には部屋が二つあり、奥の部屋が自分の部屋である。自分の部屋に向かおうとしたときに、手前の部屋、両親の寝室から物音が聞こえてきた……誰かいるのか? おそるおそる扉を開けてみる……臭いの元凶がそこにはいた。
父さん手製のテーブルと二つの椅子、そこに首と体を乱雑に縫い付けられた両親が、腐敗を進行させながら座っていたのだ。母にいたっては首が半分捥げており、信じられない光景に言葉を失う。口を押さえてはいたが嗚咽が漏れてしまい、両親であったもの達がこちらを向き話しかけてきた。
「おがエリ、リオン」
「たダイま、がないワヨ」
ぎこちないしゃべり方、ところどころ首の隙間から空気が抜けてしまっているためか、うまく発音ができていない。開いた口から、血と一緒に蛆虫が滴り落ちてくる。
母さんが俺に向かって手を上げると、皮一枚でかろうじて繋がっていた肘から下が湿った音をさせて床に落ちた。
「死霊魔法でアンデットにされているな、術者の程度も低いためか腐敗速度が尋常ではない……いかに腐らせないかが腕の見せどこ……」
「黙ってくれクロ!」
クロの言葉を遮るように怒鳴り散らす。悪気があって言っていないのは理解できるが、冷静に分析された内容を聞けるほど落ち着いてもいない。クロも少しは俺の気持ちが理解できたのか”すまない”と呟いている。
……それにしても、どこまで鬼畜な連中だ。腐りかけてウジの沸いている両親を目の前にして、何をしていいのか分からなかった。
長い時間? それとも一瞬なのか、一歩も動くことが出来ない。すると父が立ち上がり、傍らにおいてあった剣を抜いて近づいてきた。
「リオン、もヒトリジャさみしいだロウ、トウさんとまたイッショにクラそう」
まるで体が動かない、混乱しているとはこのことを言うのだろう。
「これはもうお前の知っている両親ではない、魔法をかけた奴の操り人形だ。両親の事を思うなら、消滅させる以外に手はない」
「無責任な事を言うな! 俺の父さんと母さんだぞ!」
「あのままでいいのか? 魂が囚われたまま苦痛が永遠に続く」
……頭ではわかっている。もうどうしようもないことは、それでも……簡単に両親を殺せるような人にはなりたくない! 何か良い手はないのかと悩んでいると左肩に激痛が走った。ゆっくりと近づいてきた父が剣を突き刺してきたのだ。血と涎を垂らしながら、剣を持つ父の手が小刻みに震えていた。
「……リオン、コロシテくれ……少しの間しか正気が保てなイ」
父の目を見ると、白く濁った目の奥に少しだけ生気が戻っている。急所を外してきたのは、父の最後の抵抗だったのかもしれない。
「で……できないよ!」
何かを振り払うように、父さんが激しく頭を左右に振った。爪の剥がれた手でくずれかけた顔をかきむしる。父が何かに抵抗をしているようにも見えた。
そんな姿を見ても何もできない自分を余所に、変な方向を向いた左足をひきずりながら、母さんがこちらに近づいてくる。手には果物ナイフが握られていた。
「とにかく一度表に出ろ!」
クロが焦っている、このままでは殺されてしまうと感じたのだろう。殺す以外に方法はないのか、考えろ! これでは何のために魔法を習得したのか分からない。両親を救う力が欲しいと願ったのに、最初に殺さなければならない相手になるなんて、皮肉すぎる。
両親はアンデット化の影響なのか動きが遅い。とは言ってもそのままでは襲いかかって来るので両親の寝室から飛び出し、階段を駆け下りる。
考えがまとまらないまま、家の外で両親を出てくるのを待つ……僅かな時間だが俺にはとてつもなく長く感じた。
……割り切らなければ生きていけない。あんな姿になっても、父さんは俺を守ろうとしていた……殺して欲しい、それはおそらく最初で最後の父さんからの頼みごとだ。両親のために、と思うならやることは一つしかない。
外の冷たい空気を大きく吸い込む。学校から、両親が殺されたとき、両親に教われたとき、俺の弱さゆえ三度も逃げたが、俺はもう逃げない、逃げないと決めたんだ!
「クロ、俺の考えは分かるよな?」
「ああ、父親は私がやろう」
少しの間を置いて、家のドアが開く。父さんが足を引きずりながら表に出てきた。手にぶら下がっている剣を引きずりながら近づいてくる。
あれほど勇敢な剣を振るった父は見る影も無い。涎を垂らしている顔には生気がなく、濁った目も焦点があっていない……もはや話しかけても無駄であることは明白だ。
俺はクロに「頼む」と小さく呟いた。
「火葬」
クロが唱えた火葬と呼ばれる魔法は、アンデットと悪魔に絶大な効果がある。
生半可な攻撃ではアンデット化した者の動きを止める事はできず、余計な苦痛を与えてしまうため、一撃で葬る必要があった。父の足元に見慣れぬ魔方陣が浮び上がり、次の瞬間真っ赤な火柱が上がる。
使った事のない魔法だが、今のでイメージは掴めた。後ろから出てきた母は燃えている父を気にも留めずに近づいてきている。
「……さようなら、父さん、母さん」
俺は母さんに対して同じ魔法を唱える。火に包まれる直前に母が父のほうに倒れこむ、気のせいかもしれないが父と母が手を握り合っているように見えた。
「キャアアアー!!!」
両親が真っ赤な火柱の中で悲鳴を上げている。十六年、俺を愛し、育ててくれた父と母の最後の姿を、唇をかんで必死に瞼に焼き付ける……燃え盛る炎の中で、父と母が一緒に灰になり空へと還っていく。
不思議と悲しみは沸いてこなかった。次第に炎は収束して行き、そこには何も残っていない。
「……お前は間違えていない。無数の選択肢の中、お前の出した答えは常に正解であると私は信じている」
俺の心配をしたのかクロが声をかけてきた。
慰めの言葉にはなっていないが、クロの中では間違えているかいないかが、かなり重要な判断基準だということだけは伝わってきた。それにしてもヒヨコに慰められるとは、俺もまだまだだな。
「大丈夫だ、最後に父と母に別れを言えた」
もう感情は麻痺してしまっている。目的は達したし、身支度を整えたらこの村から離れよう。
「両親をあんな風にした奴に、復讐はしなくていいのか?」
「憎いけど、たとえば俺がバリスの親父を殺したら今度はバリスが俺を殺しにくるだろう。終わりがないんだよ、復讐には……両親を狂った世界から解放できた、それで十分だ」
「そうか」
クロは短く答え、それ以上は何も言ってこなかった。