偏愛の国、無責任な想い③
後ろを振り向くと、二人組と同じような服装をした大男が立っていた。額に大きな傷があるのだが、頭部に生えている二本の角がそれ以上に目立っている。
身の丈は二メートルを優に超し、ドワーフに匹敵する太い腕は殴りつけるだけでも人を簡単に殺せそうだ。年齢は四十歳前後だろうか? 顔に刻まれた皺からは若さを感じることは出来ないが、全身から放たれる雰囲気は突き刺さるような殺気を含んでいる。
『あれは純血の鬼だな、さっきの混ぜ物とはレベルが違う。まだ生き残りがいたとは驚きだ』
『鬼の説明が断片的すぎて、全然分からない。詳しく教えてくれ』
目の前の大男は、俺とクロとのやり取りを知るはずも無く、頭を軽く下げてきた。
「すまなかったな、ウチの若いのは血の気が多くて……あいつらにはキツイお灸をすえておく」
「その程度の謝罪で許されるとでも? わが主に剣を抜いた罪は死を持って償ってもらう」
言って魔力を高め始めるのを感じたので、慌ててクリスと大男の前に割り込み会話を遮る。
「クリス、相手は謝っているんだ、これ以上騒ぎを大きくするな」
俺の声を聞くと、納得はしていないようだったが少し後ろに下がった。だが、魔力を抑えていないので、いつ爆発するかわからない……あいつ俺の僕とか言っていたけど、俺が気を使ってばかりだな。
「お前の従者か? 言っていることは間違ってはいない。本来刀を抜いた時点で斬られても文句は言えない。俺の名はドウキ……お前は、鬼のことに詳しいようだな? 是非とも話を聞かせてもらいたい。明日以降で構わないから北西にある俺の屋敷に来てくれ、ドウキの家と言えば、誰でも分かるはずだ。そこで今回の礼もする」
ドウキと言う名の大男は、倒れていた二人を軽々と担ぎ上げて立ち去ってしまった。クロの不用意な発言のせいで、危険度最大級のトラブルに巻き込まれた可能性が高い。
「ありがとうございます! 助かりました」
ヒューマンと思われる夫婦が、泣きながらお礼を言っている。
泣きたいのはこっちのほうだが、命を助けることが出来てよかった。あのままでも、ドウキが止めに入った気もしなくはないが、そこは気にしない。
周りにいた野次馬を睨みつけると、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「子供も怖がっているみたいだし、早く帰った方がいいよ」
俺がそう言うと、夫婦は顔を見合わせて首をかしげている。
「子供は今から売りに行くんです、もう必要ありませんから」
今何て言いました? 子供が、必要、無い? 売る?
「冗談だよな? 嘘でも子供が傷つくからやめたほうがいいぞ」
「冗談じゃありませんよ……この国に来て気が付いたんです。私達は夫婦でいれば満足だって。子供は必要ないんですよ、仕事だったら子供の面倒みてもいいですけど、あなたがお金をくれるんですか?」
言って夫婦は子供を連れてその場を立ち去ってしまった。何も分かっていない子供は、こちらを見て手を振っている。
何とも後味の悪い結末になってしまった。死ぬよりは良いと思うのだが、スッキリしない。
そんな様子に気が付いたクリスが、呆然としている俺を見かねてなのか、ポツリと呟いた。
「愛情を与えられないくらいなら、別々に暮らした方が幸せです。少なくとも私はそうでした」
「誰もがクリスみたいに強いわけではないよ。愛されていないとしても……それでも親と一緒にいたいと願う子だっているさ」
クリスは「私には分かりかねます」と言い、黙ってしまった。
『全く……お前の悪いところだぞ、今回の目的は何だ? あの家族の命を救うことだったのじゃないのか? あの子供の行く末は別の問題だ。いつまでも考え込むな』
『そうなんだけどさ……何が正しいのか俺には分からないよ』
クロの言うとおり、いつまでもクヨクヨしていても仕方がない。気を取り直して大通りを歩くと、すぐに道具屋を見つけることが出来たので、お目当てである街の地図を購入した。
ミトラニアの地図と見比べても数倍の広さだ。さすがは、世界中の亜人たちが集まる街、自然と大きくなっていったのだろう。
「日も暮れてきたし、飯を食ったら寝床を探そう」
食べ物を売っている露店を見ながら、適当に見繕う。寒い地域だからか味付けは少し塩辛かった。だが、魔物ではない食べ物は久しぶりなので、それだけでも十分価値がある。
クロは文句を言わずに食べているが、うまい! と言わないってことは口に合わないのだろう。
少し食休みをしてから地図を広げると、ここから近くに数件の宿屋がありそうだ。
近場から宿泊できるか確認をするが、最初の二件は俺たちの種族がヒューマンであることを理由に断られてしまった。
三件目の宿屋は見た目がかなりボロイ、入り口の看板は傾いており、受付には宿泊名簿と思われる帳票類が乱雑に置かれている。とても、宿泊客を迎える準備ができているとは思えない。また、天井には蜘蛛の巣が張っており、掃除をしているのかも怪しいところだ。
受付を見ると、浅黒い肌をした少女が座っており、今までの宿屋と違って嫌悪の眼差しを向けられることは無かった。
「いらっしゃい、ウチに来るなんて物好きね」
他は入れてもらえませんでした……なんて言えない。
「……一泊おいくらですか?」
「一部屋一泊三千トラス、食事はナシよ」
「それでは二部屋を五泊ほどお願いします」
「三万トラス」
計算早っ! 今までの悠長な雰囲気から一転、早く金をよこせと言わんばかりに手を出してきた。
ギルドカードで払おうと思ったのだが”カード払いは受け付けていない”とのことだったので、クリスに返そうと思っていた金貨一枚をカバンから取り出し、少女に渡す。
「お釣りを持ってくるからここで待っていて」
━━━━待つこと十分…………帰ってこない。
お釣りを探しにどこまで行ったんだよ、幾ら何でも遅すぎる。
「様子を見てきましょうか?」
「そうだなぁ、倒れているとは考えにくいけど、一応見に行くか」
受付の少女の様子を見に行こうとしたところで、入り口のドアが大きな音を立てながら開く。反射的に振り返ると、大きな帽子を被った少女が入ってきた。
手に大きな買い物袋を抱えているため顔が見えない、おぼつかない足取りで歩いている。確実に前が見えていませんよね? 荷物を手近な机に置き一息ついたところでこちらに気が付いたようだ。
「あれ? お客様ですか……申し訳ありませんが、ウチは宿屋ではありませんよ」
「え? さっき宿泊料金を払ったんだけど?」
クリスが即座にカウンターの奥の扉を開ける……視界に入ってきたのは、何もない部屋と開いた窓だけだった。
『クロ、索敵で追えるか?』
『無理だな、これだけ時間が経ってしまっては確実に索敵範囲から外れている。おまけを言うと索敵は魔力を測定するだけで、個人を特定できない』
騙されてしまった……銀貨三枚ではなく金貨一枚持ってかれたため余計に痛い。クリスに返却するお金をカードから取り出すと、所持金は残り二万四千トラスだ。少し高い宿に泊まると一泊で金が尽きる。
「リオン様、さっきの奴は私が必ず見つけ出して腕の一本でも持ち帰りましょう。金を盗む腕など必要ないでしょうから」
「あの……」
後ろから少女が声をかけてきたのだが声が震えている。いまの会話を聞かれていたのだろう、俺達を怖がっているようだ。
見知らぬ男二人が自分の家に上がりこんでいるだけでも不安材料なのに、腕を持ち帰るなんて聞いた日には恐怖の対象でしかないだろう。
「怖がらせていたらゴメンよ、俺たちはすぐに出て行くから」
言って部屋から出ようとしたら、少女が再び声をかけてきた。
「ごめんなさい! 皆さんからお金を取ったのは多分私の姉です」
ほえ? 肌の色……というか、種族から違いますよね? 目の前にいる少女は、金色の髪に白い肌だ。種族はヒューマンだろうか?
「でもキミとさっきの子は種族が違うようだけど……」
彼女が帽子を脱ぐとかわいい猫のような耳がチョコンと立っている。
「私はハーフキャット、姉さんはダークエルフとよく間違えられるんですけど、ダークウルフという種族です……ここは元々孤児院で、今は私と姉さんしか残っていません」
「孤児院? 表には宿屋って書いてあったけど」
「宿屋だった建物を院長が買い取って、孤児院を始めたらしいです。でも院長はヒューマンであることを理由に鬼に処刑されてしまいました。孤児院を始めてすぐだったので、内装とかもそのままなんですよ」
鬼は本当にヒューマンが嫌いみたいだな。ドウキと話した感じはそこまで嫌悪されている気はしなかったのだが、根深い何かがあるのかもしれない。




