偏愛の国、無責任な想い①
ミトラニアを出発してから一ヶ月が経過していた。一日で二十キロ前後を移動しているため、六百キロは進んだ計算だ。
一週間ほど前に国境は抜けたのだが、途中にあるのは廃村ばかりだった。
国境が近くなるほど魔物の数は増えていき、クロが言うにはカグラの領土で索敵を使うと数え切れないほどの反応があるとのことだ。適当に石を投げても魔物に当たると言うべきか……とにかく多い。
ミトラニアは一般市民も魔法が使えたため魔物に襲われても対抗できたのだが、他の国では違うらしく魔物に襲われたら高い確率で死んでしまうようだ。そんな過酷な環境で生きていけるはずもなく、廃村が増えていったのだろう。
……普通なら騎士団や自警団が定期的に魔物の駆除をしたり、村に護衛がいたりするものだと思うのだが、一体この国はどうなっているんだ?
気になっていたクリスのクラスは魔拳士、クラススキルはすでに二個発現しており、魔力点火と減速領域、能力を聞いたのだが、もはや強いを通り越して卑怯と言える。
魔力点火は、魔力を打撃力に変換する能力で、変換する魔力に上限はないそうだ。
減速領域は、十分間だけ周りの速度を五分の一程度で認識するスキルらしい。早い話が、自分の動きは制御しやすくなり、相手の動きは止まって見える。反動として、六時間は激しい眩暈がするらしいので、多用は出来ないといっていたが……バカじゃないの? 強すぎるでしょ。
一応、クリスにも俺の能力とクロと契約していることを道中説明しておいた。最初は半信半疑のようだったが、クロと話をしていく内に信じてくれたようだ。
俺のスキル弱くない? とクロに愚痴ったら『クリスの力を借りることができるだろ?』と、笑いながら言ってきたので、かなりイラっときた。
「リオン様、クロ様、この山を抜ければ帝都カグロスが見えるはずです」
「やっと着くのか、魔物の肉にも飽きてきたからな。おっさんの料理が懐かしいよ」
「おっさんがどなたかは存じ上げませんが、私も料理は得意ですよ」
初耳だ、クロは味にうるさいからな……あまりハードルを上げない方がいいよ。
先ほどから魔物が襲ってきてはいるのだが、クリスが埃を払うかのごとく蹴散らしている。アンネリーゼにいたっては、笑いながら大量の魔物を吹き飛ばしていた……こいつらサドだな。
『お前は根っからのマゾだから丁度いいだろ』
『……聞き捨てならないな、俺のどこがマゾなんだよ』
ハンカチに包まった黒いヒヨコがポケットから顔を出して相変わらずの悪態をつく。少し肌寒くなってきたため、ポケットの中で丸まっており外には出てこない。
『厄介ごとに首を突っ込んでは、進んで痛い思いをしているだろう? よほど気持ちが良いのかと思っていたよ』
ポケットから引きずり出して、地面に落としてやろうか……いやいや、氷柱棺で氷漬けもいいな。
「リオン様、山が赤く染まっております。もう秋なのですね」
山を見上げると燃えるような深紅色に彩られている。見る者の心を奪う景色とはこの事だろうか。
『お前が山に入ったら見分けがつかないな』
たしかに真紅のローブを着ているけどさ、そこまでじゃないだろう。
「……遠くから、金属音が聞こえないか?」
言ってあたりを見回す……気のせいかとも思ったが、間違いない! この先からだ。
「こっちだ!」
全力で山に向かって駆け出す、音が大きくなるにつれて血の臭いが強くなってきた。原因は周りに転がっている、おびただしい数の魔物の死体だと思われる。
全ての魔物が一撃で切り伏せられていた……切り口は非常に美しく、血が流れていなければ寝ているだけと思えるほどだ。一瞬のうちに魔物の命を刈り取ったのだろう。
「ガアアアァァッ!」
叫び声とともに、二メートルほどの大きな狼が目の前に飛び出してきた。突然の事に驚きつつ、慌ててバックステップで距離を取る。
こいつは、初めて遭遇する魔物だな……単純に狼を大きくしただけなのだが、その大きな口と牙は人の腕を簡単に噛み千切りそうだ。
「どけぇ!」
その間に割って入ってきたのは、黒く長い髪の剣士だった……剣士だと思う、と言うべきか。その両手に持っている一本の剣は今まで見たことがない形状をしている。
刀身は反っており、刃には美しい波のような紋様が刻まれている。血に濡れた刀身は何百、何千の魔物を切り伏せてきたのだろう……その怪しい輝きに魂が吸い込まれそうな錯覚に陥る。
「聞こえなかったのか! 逃げろと言っているんだ」
剣士が後ろを振り向き、大声を出していた。
背丈は俺と同じくらいか少し低い程度、見たことがない服装は体のラインを隠しているため、体形はわからない。
その上、顔の上半分は鬼のような仮面に隠されているので表情も見てとることは出来なかった。
『つまり、何も分からないってことだろう』
『はい、そのとおりです』
剣士が後ろを振り向いたのを狼が見逃すはずもない。絶好の機会と判断したのか、狼が涎を撒き散らしながら突進してきた。
「しまっ……」
一瞬の隙を突かれた形となり、剣士の対応が遅れる。
「危ない!」
身体強化を使い、剣士の脇をすり抜けながら黒双剣を抜く。まずはその大きな口を閉じてもらおう!
即座に無詠唱の捕縛月季で開いていた口を縛り上げ、そのまま顔を真っ二つに切り裂いた。
剣に付いた血を振り払い鞘にしまうと、呻き声をあげながら魔物が倒れる。
「怪我は無いか?」
そう言って後ろを振り向くと、右頬に衝撃が走った……思いっきりビンタをされたようだ、かなり痛い。
「何を考えている! 冬が近くなると鮮血狼が山に下りて来るのは知っているだろう。それに、お前に助けられなくても十分に対処できた。顔を真っ二つにするなど……頭骨で剣が滑ったらどうするつもりだったんだ? 素人丸出しだな」
余りの勢いに呆気にとられヒリヒリする右頬を擦っていると、背後からただならぬ気配を感じた。振り返るとクリスが殺気を放っている。
「リオン様、こいつ殺しましょう」
とても静かで感情がこもっていない声だった。これ、本気でヤルときの声だ。
「まてまて! 何も知らずに近づいた俺たちも悪い」
慌てて静止するが、魔力を抑える気配がない。そんなクリスの様子を意にも介さず剣士は周りを見渡している。
「こいつはまだ子供だ、親がどこかにいるはず……お前達は早く街に戻るんだな」
そう言い残して剣士は走り去ってしまった。気のせいかも知れないが、去り際に「ありがとう」と聞こえた気がする……まぁ、聞き間違いだろう。
『ああ、変態野郎と言っていた』
……それはない。
「クリスも二言目に殺す、は止めてくれ。解決することもしなくなってしまうぞ」
俺の言葉にクリスは笑顔で頷き。
「わかりました。一言目にするか、言わずに殺します」
「…………」
もう何も言うまい。狼から牙と爪を剥ぎ取る、迷宮と違って魔石などが排出されないので素材を集める必要があるからだ。
少しでも貯めておかないと、すぐに金欠になってしまう……カバンの中は魔物の体の一部で溢れていた。
山を越える道のりは魔物に遭遇しなかった。大量の死体が転がっていたので、あの剣士が片付けたのだろう。




